44話 弟子
ぼくは今日アリシアさんとレティさんに久しぶりに会うことになっていた。今日は冒険者としての活動ではなく、別の事がしたいということなので、闘技場のような場所へと来ていた。
これはたぶん、ぼくの実力を試してみたいとか、そういうことだろうか。
しばらく待っていると、アリシアさんとレティさんがやってきた。
「久しぶりだね、ユーリ君、アクア。カタリナさんとユーリヤさんは前も会っているけどね。今日は、ユーリ君が王都でどんなことをしたのか、確かめてみたくてね。こちらにもある程度の情報は入ってきているんだけど、本人から聞いた方がはっきり分かるからね。
それにしても、ユーリ君、水刃って呼ばれてるんだってね。私たちの弟子にぴったりの名前だ。ユーリ君、私たちは嬉しいよ」
そう言ってアリシアさんに頭を撫でられる。アリシアさんの撫で方はうまいわけでは無かったが、アリシアさんに撫でられているということが本当に心地よかった。顔に出ているかもしれないな。
それに、アリシアさんたちの弟子として認められたことも本当に嬉しい。
ぼくたちの関係はよくわからない何かのように思えていたので、こうしてアリシアさんたちの弟子だと本人から言ってもらえると、とても自信がついた。
「アリシアさん、ありがとうございます。アリシアさんたちの弟子として恥じないよう、これからも頑張りますね」
「ユーリ君ったらかわいいなあもう! わたしたちの弟子としてなら、今でも十分すぎるくらいだからね」
そう言いながらレティさんは抱き着いてくる。なんだかとても暖かくて、すごく落ち着いた。アリシアさんやレティさんに認めてもらえていると思うと、本当に気分が上がった。
ぼくたちは本当に素晴らしい人たちに師匠になってもらえた。それが、本当に嬉しい事だった。
「それにしても、ユーリ君。水刃なんて技を使っちゃうなんて、本当にわたしたちの事が大好きなんだね。絶対に風刃の真似したでしょ。かわいいアピールだなあ、このこの~」
アリシアさんたちが大好きなのは本当の事なんだけど、そう言われるととても恥ずかしくなってしまう。たぶんぼくの顔は真っ赤なことだろう。
「ユーリ、良かったじゃない。アリシアさんたちにあんたが憧れてるなんて事は誰でもわかることなんだから、そのアリシアさんたちにここまで認められて、嬉しくないはずがないでしょ」
「そ、そうだけど、本人たちの前でそんなことを言わないでよ! アリシアさん、レティさん、違いますからね! いえ、違うということは無いんですけど……」
「わかっているよ。ユーリ君が私たちの事を尊敬してくれているのは。だからこそ、君たちを弟子として扱いたいと思ったんだから。もちろん、君たちの才能も考えての事だけど。
君たちが私たちを尊敬してくれているように、私たちにとっても君たちは自慢できる存在だ。こんなに素晴らしい子たちが私たちの弟子なんだと思うと、本当に誇らしいよ」
「うんうん。あなたたちが、アリシアとレティの弟子なんだって、自信を持ってくれたら、わたしたちも嬉しいよ。あなたたちはどこに出しても恥ずかしくない、わたしたちの大切な弟子なんだよ」
アリシアさんとレティさんの言葉に、胸の奥が温かくなるような感じを受けた。こんなにすごい人たちに、自慢に思ってもらえるなんて、こんなに嬉しいことはない。アリシアさんたちの言葉を胸に、もっと頑張ろう。とても強く思った。
「アリシアさん……レティさん……本当にありがとうございますっ。ぼく、絶対この日の事、忘れませんから。アリシアさんたちに喜んでもらえるように、絶対に、アリシアさんたちと一緒に冒険出来る冒険者になって見せます!」
「うん。君たちなら、本当にそう遠くない未来にその日が来ると思えるよ。君たちは私たちの想像を大きく超える成長をしてきた。本当に、その日が来ることが楽しみだよ。君たちは私たちの希望なんだ……」
「そうだね、アリシア。冒険者なんてどいつもこいつもくだらない人たちで、こんな人たちと一緒の存在なんだって思うとつらかった。でも、あなたたちみたいな人と出会えたんだから、その時間も無駄じゃなかったって思えるよ」
アリシアさんたち、本当にろくでもない人ばかりに出会ってきたんだろうな。そんな顔を今していた。
ぼくの出会ってきた冒険者も、ミーナ以外はろくでもない人ばかりだったけど、アリシアさんたちは、もっといろんなひどい冒険者を見てきたのだろう。
でも、アリシアさんたちがそんな認識をする中で、ぼくたちはアリシアさんたちに出会えた。ぼくたちは本当に幸運だったんだな。
「アリシアさんたちにそう思ってもらえるなら嬉しいです。アリシアさんたちと出会えたおかげで、ぼくたちは冒険者としてやっていくことが出来た。
だから、アリシアさんたちに、その分を返したいんです。アリシアさん、絶対に良いお礼を返して見せますから」
「別に気にしなくてもいいよ。どうしてもお礼をしたいって言うのなら、私たちと一緒に冒険者としてやっていくだけの実力をつけて、一緒に冒険してほしい。
そうすれば、今までの日々は報われたって、きっと思えるから」
「分かりました。でしたら、絶対に叶えて見せます。ぼくたちにとっても、それは大切な目標ですから」
「そうね。誰かの下にずっといるなんてつまらないわ。並ぶと言わず、超えて見せるわよ」
「ユーリヤは、ユーリさんにどこまでもご一緒しますっ! その道の先にアリシアさんたちがいるというなら、そこまでだって行くだけですよっ」
「ユーリの望みがアクアの望み。絶対に叶える」
アリシアさんとレティさんはぼくたちをとても暖かい目で見てくれている。この人たちが見守ってくれていると思うと、勇気と力が湧いてくる気がする。
「君たち……うん。君たちを弟子にして、本当に良かった。もし一緒に冒険できるほどにならなかったとしても、その思いは変わらないけど……。本当に、君たちには期待を止められない。これからもよろしくね」
「うんうん。サーシャさんやステラさんには感謝しないとね。ユーリ君たちと出会う機会を作ってくれたんだから。こう言っちゃなんだけど、あのキラータイガーにも感謝したいくらい」
あのキラータイガーにはカインを殺されたから、良いことばかりではなかったけど、アリシアさんたちと出会うきっかけを作ってくれた事には、ぼくも感謝して良いと思っている。
こんな素晴らしい人たちと出会えなかったなんて、考えたくもない。カインは死んでしまったけど、あの時に戻れたとしても、この人たちとの出会いを優先してしまうかもしれない。
「それで、なんだけど。君たちをここに呼んだ理由は、ユーリ君の水刃を見てみたいからなんだ。ユーリヤさんやカタリナさんも見たことはないみたいだから、見ていくといい。ユーリ君、私と模擬戦をしてもらえるかな? もちろん、君に危ないけがをさせたりしないから」
アリシアさんと模擬戦か。胸を借りるいい機会だ。勝てない可能性の方が高いだろうけど、全力で勝ちに行く。それが、ぼくを弟子と言ってくれるアリシアさんたちへの礼儀だろう。
「わかりました。全力で行きます。アリシアさん、お願いします」
アリシアさんはぼくの前に立ち、構える。ぼくも構えに入った。レティさんが開始の合図をする。
ぼくはすぐさまアクア水をまとって動きの補助と防御を行って、全力でアリシアさんに向かいながら、いくつも水刃をぶつけに行く。
アリシアさんは、ぼくの剣を弾きながら、風刃でいくつかの水刃を相殺し、残りを素早く避けていく。
ぼくは水刃以外にも全力でアリシアさんの妨害をしていたが、それでもアリシアさんの速さについていけない。
アリシアさんの攻撃に合わせてアクア水をぶつけようとするが、全て避けられて、攻撃を当てられた。
アリシアさんは手加減してくれているから、アクア水の鎧を抜けられることはないが、ミーナ以上の威力を出せることは間違いないはずだから、これが実戦ならぼくはすでに負けていただろう。
だが、アリシアさんはぼくの動きを見たい様子で、それ以上の追い打ちはかけてこない。
ぼくはアクア水で加速しながら、今度は面でアクア水を出し、そこから避けようとするだろう所に水刃を置いておいた。するとアリシアさんは空中へ飛び、上からぼくに攻撃を仕掛けてきた。
慌てて逃げながらアクア水で妨害しようとしたけど、あっという間に追いつかれてしまい、また攻撃を受ける。
「ふふっ。地上しか移動できないと思ったのかな? 私もレティのように空中を移動することもできるんだ。これからは、空中からも攻撃するよ」
それからはアリシアさんの動きに翻弄されるだけで、全く手も足も出なかった。アリシアさんだけが空中にいる限り、どうやっても何も対処できない。
ぼくも空中に出るしかないが、アクア水をまとって空中を移動するだけの操作は、今は難しいだろう。
1方向に加速することが精いっぱいで、格好の的になる未来しか見えない。方向転換をどうにかしたいところだけど、無理矢理方向を変えると、アリシアさんが何もしなくてもダメージを受けていくだけだ。
方向転換か。ぼく自身が体勢を変えて、それをアクア水で加速するだけならおそらくできるだろう。
なら、やることは1つだ。ぼくはジャンプした後、アクア水を足元に出現させ、ぼくの方に力をかける。それを蹴り飛ばして体勢を変え、そこを背中からアクア水で加速した。
アリシアさんほど縦横無尽ではないが、ぼくも空中に出ることができた。
それでも、アリシアさんにまともに攻撃を当てることはできなかったが、さっきよりは勝負になっていた。そのままアリシアさんと戦っていると、アリシアさんがレティさんに向かって叫ぶ。
「レティ! いざという時にユーリ君を助けられる態勢に入って!」
「わかった、アリシア! いつでもいいよ!」
レティさんは空中に浮かび、構える。それを見たアリシアさんはぼくが空中を移動している最中に攻撃を仕掛けてきた。
体勢が崩れてアクア水の制御を失いそうになるが、ここで駄目になるようなら、あの日ユーリヤを助けられなかったときから練習してきた意味がない! ユーリヤに突き飛ばされて、アクア水の制御が出来なかったことをずっと後悔していた。
それで、ぼくはあれからずっとアクア水をどんな状況でも使えるように訓練していた。だから、できるはずだ!
ぼくはそのままくずれた体勢に合わせてアクア水を出し、それを足場にしてまた移動する。そのままアリシアさんに向かって攻撃を仕掛けた。アリシアさんは全て避けた後にとても満足そうな顔になった。
「ここまでかな。ユーリ君、地上に戻ろう」
アリシアさんにそう言われて、地上に戻り、戦闘態勢を解く。アリシアさんは本当に嬉しそうな顔で、今回の戦いの評価をする。
「ユーリ君、本当に素晴らしかったよ。私の契約技の使い方をよく理解して、自分なりに取り込めている。私が同じくらいの頃に、そこまでできたかどうか。私の戦い方を本当によく研究してくれたんだね。そこまで理解してくれていると思うと、本当に嬉しいよ。ユーリ君、頑張ったんだね」
そう言ってアリシアさんはぼくの頭を撫でてくれる。
アリシアさんの動きは、本当に目に焼き付いていたので、それをもとに何度も練習をした。それがアリシアさんに伝わっているのは、恥ずかしいような、嬉しいような。
「ユーリ君、わたしになら、何戦かやれば1回くらいは勝てるかもしれないね。アリシアはまだ遠いと思うけど。初めて会ったときからは想像できないくらいだよ。もう目いっぱい褒めちゃう! ユーリ君、えらいぞ~」
レティさんはそう言いながら抱き着いてくる。
レティさんに初めて会ったときには、こういうことをする人とは思わなかったけど、それだけ心を許してくれているってことかな。だとすると、本当に感激なんだけど。
アリシアさんとレティさんは、それからも、うんと褒めてくれた。
褒めてもらえるのは嬉しいけど、もっと頑張って、アリシアさんたちと一緒に冒険できるようになりたい。そうできたら、きっととても楽しいだろう。
「ユ、ユーリさん、本当にすごかったですっ。さすが、わたしを助けてくれた人ですねっ」
「あんた、本当に強くなったのね。見違えるようだわ。でも、あたしも負けやしないんだから」
ユーリヤとカタリナも褒めてくれる。この力で、もっとみんなの力になれるといいな。ぼくにとって大切な人たちのために、鍛えた力を使えるのなら、どんなに嬉しい事だろう。
「ユーリ君、今日は疲れただろう。もう帰って、休むといい。今日はユーリ君の成長が見られてうれしいよ。次は、サーシャさんの用意した祝いの会でだね。またね、ユーリ君」
アリシアさんとレティさんはそのまま去っていく。ぼくたちも家へと帰っていった。
アリシアさんとレティさんの弟子に認められたんだよね。今日は本当にいい日だったな。




