36話 水刃
ぼくは今日も大会の会場に来ていた。今日の試合に勝ち進めば、優勝することが出来る。ミーナと戦えるとしたら決勝なので、絶対勝ちあがるつもりだ。
今日もオリヴィエ様が壇上に立ち、演説をする。
「今日がこの大会の本番といっていい。よくぞここまで勝ち上がってきた。だが、ここからが本番だ。気を抜くことなく精進せよ。それにしても、中々今回は面白い物が勝ち上がっているな……?」
そう言ってオリヴィエ様は何ヵ所かを見る。
その最中、オリヴィエ様と目が合ったように感じた。気のせいか? そのままオリヴィエ様は演説を続ける。
「さて、今回は普段は勝ち上がらないようなものが勝ち上がっている。観客にとってもめったにない機会だ。幸運だぞ、今回の大会を見られたものは。出場者諸君、せいぜい余の勲章を賜れるように励めよ」
そう言ってオリヴィエ様は去っていく。今日も大会を観戦していくようだ。
そのまま大会は問題なく進んでいき、ぼくも何度か試合をすることになった。
契約技で力を強くする人や、炎を扱う契約者などと戦ったが、アクア水による防御を抜くことができる人はいなかった。
ミーナも順調に勝ち上がっており、決勝が楽しみだった。
次のぼくの試合。ここからは実況解説をする人がいるらしい。よくわからないが、邪魔にならなければ何でもいいか。そのまま会場へと向かう。
「さあ、エルフィール家の推薦で参加。冒険者チームであるオーバースカイのユーリだ! スライムと契約している水使いで、なんと、あの風刃アリシアに冒険者としてのいろはを学んでいるそうだ! ここまで危なげなく勝ちあがっており、冒険者としては今大会最高クラスの活躍をしているぞ!」
歓声が上がったので一応手を振っておく。すると、さらに歓声が大きくなった。こういうのは初めてだけど、案外悪くないな。そのまま相手も紹介される。
「つづいて、ブライト家が推薦する騎士の称号を持つオリアス! 騎士だけあって、その武技は大会随一だ! 猫モンスターと契約しており、契約技によって身体能力を上げているぞ! そのスピードからは目が離せない!」
今回の対戦相手はオリアスというらしい。分厚い鎧をまとって槍を構えている。
そのオリアスが、ぼくに話しかけてくる。
「あのアリシアが、人に何かを教えるなんてな。お前、アリシアの偽物に騙されてるんじゃねえの? そうでもなきゃ、あの女がまともに人を育てられるわけがねえんだ」
「アリシアさんの偽物は、数えきれないほどのキラータイガーを瞬殺できるんですか? それなら、もしかしたら偽物かもしれませんね」
そう言いながら、ぼくの心は怒りで燃え上がっていた。あの優しいアリシアさんが、まともに人を育てられない? ふざけたことを言うものだ。
こいつ、絶対ただではすませてやらない。ぼくの怒りを思い知らせてやる。
「へっ、そうかよ。そりゃあ確かに本物かもな。あの人を人とも思わねえ奴が、よくもまあ。お前、随分恵まれてるじゃあねえか」
こいつめ、アリシアさんを人を人とも思わない奴だと? そんなことを言う奴を絶対に許すものか。泣いて謝ったくらいで許されると思うなよ。
そしてぼくたちはお互いに構えた。今回は実況担当が開始の合図をするらしい。
「冒険者ユーリ、騎士オリアス、今この両者がぶつかります。試合、開始!」
掛け声と同時にオリアスは槍を振るってくる。ぼくは剣でそれを受け流したが、意外な重さに驚く。こいつはさすがに騎士だけあって強い。簡単にはいかないかもしれないな。
「さあ、オリアスが先手を取ります! ユーリ選手は防戦一方! このまま決まってしまうのか!?」
そんなわけないだろう。ぼくはアクア水も使っていないのだから。
でも、こいつもきっと本気じゃない。どこで手札を切るかはしっかり考えないと。
そのまましばらく受け続けていると、オリアスが挑発してくる。
「何だ、アリシアが教えたって言っても、こんなもんか。やっぱりアリシアに人に物を教えることなんてできねえんだな」
ぼくは冷静さを失いそうになるが、こらえる。
ここでこんな簡単な挑発に乗ることが、アリシアさんの教えに沿っているとは思わない。アリシアさんの事を思うなら、ここでしっかり勝つことの方が大事だ。
ぼくはそのまま受けを続け、アクア水の出し方を考える。ここまでこの大会で使った手札は、アクア水の鎧と、アクア水で敵の攻撃をずらすことだ。まずはそれから使っていくか。
そう考えたぼくは、相手の槍をアクア水でずらし、相手の体勢を歪める。
だが、そこで攻めようとすると嫌な予感がしたので、一歩下がる。そこに相手の槍が通り過ぎていった。さすがに何度も見せている技だ。対策はされていたか。
次はアクア水を複数個浮かべて、そこに槍が当たると押し返すようにしてみる。
オリアスはしばらく動きを鈍らせていたが、すぐにアクア水の軌道を読み、アクア水を避けて攻撃してくるようになった。
だけど、これでいい。直接アクア水で槍の軌道を変えること以外にも、槍の軌道を絞ることもできるんだ。その証拠に、先ほどより動きの速度が上がっているオリアスに対しても、十分剣で槍に対処することが出来ていた。
「さあ、お互い契約技を使っての攻防だ! 果敢に攻めるオリアス選手! だが、ユーリ選手も負けてはいない! 水を巧みに使い、きちんと対処できているぞ!」
「なかなかやるじゃねえか。アリシアとは似ても似つかねえが、確かにお前は強い。俺より10は若いだろうにそこまで出来るってんだから、羨ましいったらないぜ。だが、これならどうかな!?」
そう言ってオリアスは槍の速度をさらに上げる。何度かアクア水の鎧に当たるが、ぼくはダメージを受けていない。
そのまま何度か受けていると、オリアスが顔に向かって攻撃してくる。それをいなすと、オリアスは顔に向けて攻撃を集中させてきた。
「ちゃんと顔も防御しないからこうなるんだぜ。詰めが甘いよなあ!」
それからオリアスは攻撃の速度を再び上げ、顔に向けて攻撃してくる。アクア水を使ってずらしたり、剣を使って弾いたりしていたが、ついに攻撃が当たりそうになる。
「もらった!」
オリアスはそう言うが、ぼくは全身の周りにアクア水を出現させてぼくの動きを加速させることで対処する。アリシアさんがよく使うという風を使った移動をまねたものだ。
ぼくはキラータイガーたちを倒したアリシアさんの姿を見てから、この技をずっと練習してきた。だから、オリアスの素早い動きにも十分対抗できた。
「ユーリ選手、水で体を動かしているのか!? これはまさに、アリシアとの師弟関係を感じさせる動き! オリアス選手も全力で攻撃しているが、全く当たらないぞ!」
オリアスは攻撃に対処しているぼくの姿を見ると、いまいましそうに吐き捨てる。
「ちっ。本当にアリシアの動きそっくりじゃないか。冗談じゃねえ。あの女、俺の事はゴミみてえに扱いやがったくせによ!」
そう言ってオリアスは攻撃に力を入れている様子だが、ぼくに攻撃はまるで通らない。全身をアクア水で包んだメリットはぼくの加速以外にもあった。
防具を着ていなかった顔や、手足の端も防御できるようになったのだ。アクアに取り込まれたとき、呼吸できたことを参考にして、アクア水で顔を包んでも周りの空気をぼくの体に運んで問題なく呼吸できるようになった。
だから、顔を狙うオリアスの行動は無駄になった。ただ、何度か防御を抜かれそうになる場面はあったが、アクア水をうまく操作することで対処できた。
それにしても、オリアスはアリシアさんにゴミみたいに扱われたというけど、この態度の人だったら無理もないんじゃないかな。騎士ってわりにチンピラと見間違えそうなくらいだし。
どうせアリシアさんにろくでも無い態度でも取ったのだろう。あの優しいアリシアさんが、周りの人を積極的にゴミ扱いするなんてとても思えない。
しばらくオリアスの攻撃に対処し続けていると、オリアスは明らかにいら立ちを隠せない様子になった。
「もういい。次の試合なんて知ったことじゃねえ。今ここで、お前を終わらせてやるよ、アリシアの弟子さんよ!」
そう言うとオリアスは明らかに先ほどまでとは違う速度と威力でぼくに攻撃を仕掛けてきた。ぼくは全力でオリアスの攻撃をいなすことに集中する。
「おおっと、ここでオリアス選手、怒涛の連続攻撃! ユーリ選手、防戦一方だぞ!」
オリアスの体力を尽きさせることを目指したぼくは、そのままオリアスの攻撃を受け続ける。オリアスは動きが鈍くなるどころか、どんどん動きが良くなっていった。
ぼくは少しずつ、攻撃をまともに受けそうになっていった。
だが、そのまま粘っていると、オリアスの顔が明らかに変わった。これは渾身の一撃とかが来る顔かな。
案の定、オリアスは全力で攻撃してくる。ぼくは槍の前にアクア水の壁を張ったが、オリアスはそのまま突き刺そうとしてくる。
「これで、終わりにしてやるよ!」
オリアスは全力でぼくに向かって槍を突き出してくる。アクア水をものともせず、どんどんぼくに攻撃が近づいてきた。このままでは当たってしまうだろう。
けど、ぼくはまだ手を残していた。アリシアさんの真似をしようとした技はあれだけじゃない。アリシアさんの代名詞である風刃を、アクア水で何とか再現しようとしていたのだ。
今がそれを見せる時だ! オリアスの槍に向けて横から水を押し固めた刃を放つ。槍は真っ二つになり、ぼくに当たらない軌道へと変わっていった。
そのまま、ぼくはオリアスの防具をアクア水で破壊していった。オリアスはもうボロボロなので、少し様子を見ていると、オリアスは怒りを顔に浮かべてこちらに向かってくる。
「ふざけるな! アリシアの技を使って、さらに俺を憐れむのか! 何様だお前は! ここで俺を殺さないなら、必ずお前を俺が殺してやる!」
そうオリアスが言うので、アクア水でさらに痛めつけてオリアスの意識を失わせる。
「ユーリ選手、オリアス選手をノックアウト! ここで試合終了です! ユーリ選手の勝利です!」
オリアスはそのまま、運営らしき人に連れていかれた。さっきまでの試合では、こんな事は無かったんだけど。まあいいか。ぼくは剣を上に掲げて、勝利をアピールする。
「ユーリ選手、先ほどの一撃はまさに水の刃! アリシアの代名詞である、風刃を意識したのでしょうか!? ユーリ選手の動きはアリシアを継ぐもの。まさに水刃! 水刃のユーリと言っていいでしょう! 新時代の冒険者となるのでしょうか、水刃のユーリは!」
水刃か。アリシアさんとのつながりが感じられるいい名前だな。この大会もあと少し。優勝して、水刃の名を残したい。




