33話 運命
ぼくはいま、サーシャさんからの依頼でぼくたちが住む国アードラの王都ハイディケートへ向かっていた。
なんでも、そこで行われる大会に出てほしいらしい。ステラさんが王都へ向かう際のサポートとしてついて来てくれた。アクアもぼくについて来ていた。
道中では特にトラブルはなかったが、カタリナやユーリヤと別々に行動するのは、なんだか寂しかった。
カタリナとはだいぶ長く一緒にいたけど、ユーリヤは最近会ったばかりなのに、もう生活の一部になったような感覚だった。
ステラさんから説明を受けたが、今回出場する大会ではモンスターも出場権があるし、契約技も使っていいらしい。アクア水の使い方はいろいろ考えたから、しっかり役立てていきたい。
大会の前に一般予選という物が行われるらしいが、貴族の推薦を受けたものが中心の大会ということで、突破できるのは1人だ。
ぼくはサーシャさんの家であるエルフィール家の推薦を受けて大会に出場することになっている。
それからもまた移動を続け、ぼくたちはようやく王都へと到着した。王都はとにかく建物や道が整っていて、しっかり区画が分けられていた。エンブラの街やカーレルの街もぼくの故郷であるミストの町より都会だと思っていたが、ここは本当にすごいところだ。
大会まではまだしばらくあるが、今回は観光には時間を使わず、貴族の推薦なしでの参加者を決める一般予選を見ておくつもりだった。
ぼくはエルフィール家の推薦を受けているので、予選に参加する必要はないが、この大会にどんなレベルの人が参加するのか参考にするつもりだった。
ただ、結構長い歴史のある大会らしいが、一般の参加者が優勝したことはないし、良いところまで行ったこともほとんどないらしい。
つまり、本戦にはこの予選より数段高いレベルの参加者が出るだろう。
必ずしも参考にはならないかもしれないが、だからといって情報収集をしないのは、せっかく推薦してくれたサーシャさんに申し訳なかったので、しっかり見ておくことにする。
予選の見学のため、会場の近くの席へ行くと、すでに人がある程度いた。良く見えそうな場所に頑張って向かうと、隣の人が話しかけてきた。
「坊や、この予選に参加できる歳みたいだけど、坊やは参加しないの?」
話しかけられたので隣を見ると、褐色のラミアがぼくに話しかけてきていた。
ぼくにとって、街中でモンスターが普通に人に話しかけてくるのはレティさんやアクアくらいのものだったので、なんだか不思議な気分だった。
最近は人型モンスターは基本的に討伐するものだったから、親しげに知らないモンスターが話しかけてくると、少し警戒してしまう。
ただ、周りの人も普通の顔をしているので、王都では珍しいことではないのかもしれない。
「ぼくは本戦から参加する予定なので。予選より本戦の方がレベルは高いらしいですが、王都に来たのも初めてなので、何か参考になればいいんですけど」
「坊や、その歳で貴族の推薦をもらっているのね。大したものだわ。腕自慢程度の人なら、門前払いってのも珍しくないらしいのにね。それとも、上手く取り入ったのかしら……?」
サーシャさんに勧められなければこの大会が存在することすら知らなかったので、それはない。
それにしても、この人の発言からすると、今回の大会のレベルは高そうだな。
「さあ、どうでしょう。どうせぼくの本戦もそう遠くないですし、すぐわかるんじゃないでしょうか」
「そうね。なら、その時を楽しみにしておきましょうか。アタシは、知り合いが参加しているのよ。その子の応援に来たって感じかしら。あの子なら、きっと予選くらいは通過できるでしょ」
「そうなんですね。なら、ぼくも警戒しておく必要があるかもしれませんね」
「それがいいんじゃないかしら。ところで、坊やは契約技は使えるの?」
応援している人のための情報収集だろうか。ただの雑談だったとしても、できるだけ手の内を隠しておきたいから、話すつもりはない。
「あなたが応援している人が本戦に来るなら、あなたから伝わるかもしれませんし、それに答えることはできません。ところで、あなたは誰かと契約しているんですか?」
「こっちの質問には答えてくれないのに、坊やは質問しちゃうのね。
でも、いいわ。アタシが応援している子はね、アタシの契約者なの。たぶん、アタシと契約していなかったとしても、予選くらいは突破できるんじゃないかしら」
なるほど。そこまで強い人が契約技を持っているとなると、厄介かもしれない。
契約技ってどれも強いし、戦闘スタイルとの相性もあるとはいえ、さすがに弱くなるってことはないだろう。
「そうなんですか。なら、その人がどんな人か楽しみにするのもいいかもしれませんね」
「そういうつもりなら、アタシが応援している子は教えないでおくわね。ただ、すぐに分かると思うわ。明らかに強いんだもの」
それからもしばらくラミアと話していると、会場の方が動き出した。そろそろ始まるのかな。
すると、きれいな金髪をした高貴そうな女の人が会場にあがる。それと同時に、途轍もない歓声が沸いた。
一体なんだろう。疑問に思っていると、その女の人が話し始める。
「さて、一般予選の時間だ。予選から本戦に出たものがいい結果を残したことはないが、いい加減、その展開にも飽きてきたところだ。貴様ら、余が許す。せいぜい貴族どもの面子をつぶす結果にしてやるがよい。このオリヴィエを、少しは楽しませて見せることだな」
オリヴィエ様と言ったか。なるほど、歓声が沸くわけだ。この国の王女じゃないか。ぼくのところにもいろいろ噂は流れてきている。
なんでも、くすんだ金髪ばかりの王家の中に、美しい金髪で生まれたことから、この国を建国したアーデルハイドの再来だとか言われているらしい。
アーデルハイドはとても美人だったと伝えられているが、オリヴィエ様もその異名に似合う程に美人だ。この人に応援されれば、男はそれはそれは力を発揮するんじゃないかな。
まあ、今のが応援かどうかは怪しいけど。
そのままオリヴィエ様は観戦するつもりのようで、大会が良く見える位置に座っている。王女様まで観戦する大会なのか。
サーシャさんの頼みだからと軽く受けてしまったが、これは大ごとかもしれない。
それから、第1予選が始まった。ある程度の人数がまとめて戦うことを何度か繰り返し、トーナメントができる人数まで絞るようだ。
先ほどからぼくと話していたラミアの応援する相手は今は出ていないようで、特に集中している様子はない。
それにしても、契約技使いらしき人が何人かいるが、小さな火を出すのがせいぜいだったり、契約技を使っていなさそうな人に簡単にいなされていたりと、とても契約技とは思えないようなざまだった。
契約技は、使えるだけでも使えない人に対してかなりのアドバンテージがあると聞いていたが、結局第1試合の勝者は契約技を使っていない様子の人だった。
「契約技が使える人が勝つかと思っていましたけど、この試合、どの契約技使いも大したことなかったですね。あなたの応援している人は、今回の勝者と比べてどうなんですか?」
「契約技がなくても、あの男よりは間違いなく強いわ。契約技使いとしても、今回の試合にいた契約技使いとは比較にならないわね。でも、普通の契約技使いってあんなものよ。
この国に限らず、強い人を上から10人みたいに選んだら、間違いなく契約技使いで埋まるわ。でも、そこまで努力できる人なんて、案外いないものよ。坊や、強がりであれを大したことないって言ってる様子じゃないし、本当に強いのかもしれないわね」
「少なくともあそこの男の人なら、よほど厄介な手札を隠していない限りは負けないでしょうね。
まあ、それが本戦でどの程度まで通じるのかはわかりませんが。せっかく推薦してくれたんだから、できるだけいい結果を残して帰りたいですね」
「坊や、結構可愛らしいわね。アタシの応援している相手程とはいかないけど、せっかくの縁だから、それなりには応援してあげるわ。お姉さんの応援は嬉しいでしょう?」
「はい。そうですね。お姉さんと話しているのは結構楽しいですし。ただ、あなたが応援している人相手でも、手加減はしませんよ。そんな余裕はありませんし」
「それは当然の事ね。手加減された相手に勝っても、あの子は喜ばないでしょうし。でも、きっと苦戦じゃすまないわよ」
このラミアの感じだと、相方の腕には相当自信があるらしい。でも、ぼくも簡単に負けるつもりはない。アクアがくれたアクア水もあるし、サーシャさんやステラさんの期待にも応えたい。
この人には悪いけど、ぼくは絶対に勝ってやる。そう意気込んだ。
それから何試合か後、明らかに1人だけ強い剣士がいた。ピンク色の髪をしている。
もしかして。そう思っていると、その子が勝って勝者として顔が良く見える位置に立つ。あれは。
「ミーナ……? 前に戦った時より、はるかに強い。ミーナもぼくと同じように、本当に努力したんだな」
そう言うと、明らかに目の色を変えてラミアが話しかけてくる。
「坊や、ミーナを知っているの? ……そうね。さっきからずっと話していたのに、名前を聞いていなかったわね。アタシはヴァネア。坊やは何て言うの?」
ヴァネアというらしいこのラミアもミーナを知っているらしい。契約していると言っていたけど、エンブラの街では見かけなかった。あの時は契約していなかったのだろうか。
「ぼくはユーリです。ミーナとは、エンブラの街の闘技大会で戦ったんです」
「坊やが……! ミーナは、坊やに勝つためにアタシと契約したのよ。アタシは野良モンスターだったんだけど、ミーナに負けたのよ。
それで、ミーナの剣に惚れ込んだアタシが、契約を持ちかけたら、勝ちたい相手がいるからって、すぐ契約してくれたのよ。なるほど、坊やがね……ミーナが負けるほどの剣士と聞いていたから、本当に驚いたわ。坊や、とても剣士には見えないもの」
ミーナは野良の人型モンスターと契約したのか。
それにしても、人型モンスターの狡猾さを知っている身としては、よくその話を受けたなと思う。
ヴァネアにしろ、ミーナにしろ、お互いに幸運だったみたいだ。
「そうですね。剣の腕だけなら、あの時からミーナの方が上だと思います。でも、契約技が使えるなら、ぼくは何が何でもミーナに勝ちます。それが、ぼくと契約モンスターの絆の証ですから」
「ふふ。良い契約相手がいるのね、坊や。でも、ミーナとアタシの絆も大したものだと思うわよ。坊やに勝つために、お互い訓練を重ねてきたんだから。
それにしても、こんな偶然があるなんてね。ミーナも言ってたけど、本当に運命かもしれないわね。坊やとミーナは」
「ヴァネアさん、ミーナに伝えておいてください。絶対に戦おうって。ぼくはミーナに当たるまで負けませんから」
「ミーナのライバルなんだから、ヴァネアでいいわ。ふふ。それにしても、ミーナには良い楽しみができたんじゃないかしら。ちゃんと伝えておくわね」
それから予選が続いたが、結局ミーナは苦戦することすらなく予選を通過していた。本当にミーナは強くなった。ぼくも負けたくないな。強くそう思った。




