if フィーナとの未来
ぼくが王都での闘技大会を終えて、カーレルの街へと帰ってから少しした頃。
遠出をする依頼をこなしている最中に、とある女の人と出会った。
腰まで伸ばした茶髪が印象的な、少し暗そうな人。
モンスターが近くまで来ているのにぼーっとしていて、だから助けたんだ。
すると、何も映していないように見えた瞳がこちらを向いて。
そして、薄く微笑んでいた。
きれいな笑顔と言うには幸薄そうに見えたけれど、何故か目が惹きつけられたんだ。
「わたしを助けてくれたんですか……? ありがとうございます……」
「いえ、助けられてよかったです。危ないですから、これからは気をつけてくださいね」
「……あの、あなたの名前を聞いてもいいですか? わたしはフィーナといいます……」
「分かりました。ぼくはユーリ。冒険者です。よろしくお願いしますね、フィーナさん」
「フィーナで構いません……よければ、わたしもあなたについて行っていいですか……?」
なんとなく、フィーナの表情はすがるようなものに見えて。
だから、ここで置いていくという選択をする気にはなれなかった。
「いいですよ。なら、いつまでかは分かりませんが、よろしくお願いします」
「末永い付き合いになると嬉しいです……よろしくお願いしますね……」
フィーナは緩やかに頭を下げる。
なんというか、のんびりしたというか、落ち着いた雰囲気の人だな。
モンスターと戦おうともしていなかったし、戦闘には慣れていないのだろうか。
だとすると、どうしてモンスターの現れるところにいるのだろうか。
気になりはするけど、聞いていいような気もしないよね。
「長い付き合いになるといいですね。これから、色々と話とかをしていきたいですね」
「はい……わたしを助けてくれたあなたと、もっと親しくなりたいです……」
フィーナの物言いだと、これまでは助けられてこなかったのだろうか。
だとすると、フィーナを大切に思う人もいるのだと知ってほしい。
ぼくはもう、フィーナが死んだらとても悲しいと思うから。
とはいえ、いきなり初対面の人に言うことでもないよね。
ゆっくりと、フィーナの心を開いていければいいな。
「はい、大歓迎です。ぼくはカーレルの街で冒険者チームとして活動しているんですけど、そこまで来るつもりですか?」
「そうですね……あなたと同じところに居たいです……」
ただ一度助けただけの人に、ずいぶんな懐きようと言うか。
もしかして、この人には親しい人がいないのではないかとすら思えてしまう。
それにしても、カーレルの街へ来るのか。
だったら、家の手配なんかも手伝ったほうがいいのかな?
「宿については詳しくないですけど、そういう所に住むつもりですか?」
「できれば、あなたと一緒に住みたいです……」
思った以上に接近してくる人だな。
まあ、悪意がある感じはしないけれど。
だから、ステラさんの許可を得られるのなら問題はないと思う。
「同居人がいるので、その人に聞かないとわかりませんね。ただ、前向きに考えたいです」
「なら、期待していますね……」
フィーナとの会話をいったん切り上げて、フィーナを連れてカーレルの街へと帰る準備をした。
当たり前のようにフィーナは隣に陣取っていて、距離も近い。
嫌な気分というわけではないけれど、ちょっと疑問があるよね。
まあ、フィーナはぼくを気に入っているのだと前向きに考えよう。
それからカーレルの街へと帰る道中で、ぼくたちはお互いのことをある程度話していた。
フィーナはずっと1人だったから、ぼくとの関係を大事にしたいのだと。
ぼくは冒険者の頂点を目指していて、今はアリシアさんたちに師事していると話した。
ある程度打ち解けることができていて、フィーナもそれなりによどみなく話していると思う。
「ユーリさんは、冒険者としてどんな敵と戦ってきたんですか……?」
「キラータイガーとか、人型モンスターとかかな。昔はキラータイガーに大苦戦したんだよ」
「なるほど……だとすると、ずいぶん強くなられたんですね……」
「そうだね。まだ満足するつもりはないけれど、成長は実感できているよ」
「なら……いえ、なんでもありません。忘れてください」
フィーナは何を言おうとしてためらったのだろう。
まあ、聞かれたくないことを無理に聞く気はないけれど。
ただ、ぼくが冒険者をしていることに関係があるのだろう。
話を持ちかけるタイミングを考えるとね。
だとすると、もしかしてフィーナは戦えるのだろうか。
言いたくない事情があるのだろうし、気にしなくてもいいかな。
「フィーナには好きな食べ物とか、あるかな?」
「いえ、特には……ユーリさんの好物があるのなら、食べてみたいです……」
「ぼくは魚料理が好きかな。あとは、仲がいい人の手料理とか」
「それは、女の人の……?」
「そうだね。幼馴染とか、先生だった人とか」
カタリナが前に作ってくれたごちそうは最高だったし、ステラさんが作ってくれた料理も素晴らしかった。
思い返してみれば、色んな人が料理上手だな。
「なら、わたしも料理を覚えてみたいです……」
「ぼくは最低限の料理しかできないけど、基礎なら教えられるよ」
「では、教えてください……ユーリさんの料理も、食べてみたいです……」
フィーナに頼まれたので、道中で少しずつ料理を教えていった。
ぼくの料理を幸せそうに食べているのは嬉しかったけど、そんなに美味しいものでもないと思う。
まあ、フィーナが喜んでいる所に水をさすつもりはないから、黙っていたけど。
それから何度かフィーナに料理を教えて。
もう十分に上手いんじゃないかと判断できる腕になっていた。
「うん。だいぶ美味しいよ。始めてからすぐと考えれば、すごい上達速度だと思う」
「嬉しいです……また、わたしの料理を食べてくださいね」
「もちろんだよ。フィーナが望むのならば、何度でもかまわないよ」
「なら、何度でも、何度でも食べていただきますね……」
フィーナは笑顔を見せながらそう言ってくれる。
はじめに出会ったころよりも、自然な笑顔というか、楽しそうな顔というか。
それだけフィーナが幸せを感じてくれているのだと思うと、ぼくも嬉しい。
もう、ぼくにとってフィーナは大切な人だから。できる限り幸福でいてほしいね。
それからしばらく移動して、カーレルの街へとたどり着いた。
ステラさんにフィーナのことを相談すると、一緒に住んでいいことになったんだ。
ぼくもフィーナもとても喜んでいて。
これからはまた新しい幸せが増えるのだと信じられる。
その日から、ぼくの帰りを待ってくれる人が一人増えて。
だから、冒険者としての活動にも張りが出たような。
フィーナが笑顔をみせてくれる時間も多くなって、毎日の楽しみのひとつになったんだ。
それからしばらくの間、ゆっくりとフィーナと仲を深めていけた気がする。
フィーナに手料理をごちそうしてもらったことも何度かあって。
だんだん上達していくフィーナを見ることができて、嬉しかった。
そんなある日、フィーナと2人ででかけていると、モンスターにフィーナが襲われて。
そして、フィーナの目の前に行ったモンスターがなぜか倒れた。
慌ててフィーナの方へと駆け寄ると、フィーナは震えていたんだ。
きっとフィーナが何かしたのだと思う。モンスターを倒すために。
そして、それを見られたくなかった。
こんなことなら、もっと余裕を持ってモンスターを倒しておけばよかったのかもしれない。
フィーナを傷つけないために、範囲の狭い攻撃にしようとしていたから。
「ユーリさん、お願いします……わたしから離れないで……」
「離れるわけないよ。フィーナはぼくの大切な家族なんだから」
「わたしが化け物だとしても……?」
さっきの力というか、技? それは契約技だと思っていたけど。
だとすると、契約の紋章が見当たらないことはおかしい。
いや、人に見せられない部分にある可能性もあるのか。
そんなことはどうでもいい。フィーナを安心させてあげないと。
「フィーナが自分をどう思っていようと関係ないよ。ぼくはこれまでフィーナと一緒にいて幸せだった。それだけで十分だよ」
「ユーリさん、ユーリさん……!」
フィーナはぼくにしがみつきながら泣いていた。
ぼくはフィーナを落ち着かせたくて、頭を撫でることに。
ある程度の効果はあったようで、しばらくするとフィーナは泣き止んでくれた。
それから、ぽつりぽつりとフィーナはこれまでのことについて話してくれた。
フィーナが言うには、契約技ではない特殊な力を持っていて。
そして、その力によって周囲から排斥されてきたのだと。
人生がどうでもよくなって、世をはかなんでいた時にぼくと出会ったらしい。
それからの日々が幸せで、だからぼくには嫌われたくなかったのだと。
フィーナの悩みについては理解できた。
もちろん、フィーナを嫌うつもりなんてない。
フィーナが幸せでいてくれるのなら、いや、そうでなくてもフィーナを受け入れるのは当然だから。
「大丈夫だよ。ぼくも、きっと他のみんなもフィーナを拒絶したりしない。フィーナをずっと大好きでいるから」
「なら、わたしの手を握っていただけますか……?」
「もちろんだよ。ほら」
フィーナに手を差し出して、手をつなぐ。
暖かくて、小さくて、でもしっかりと感覚の伝わる手。
フィーナらしく、とても小さい力で握られていたんだ。
しばらく手をつないでいると、フィーナは頬へとぼくの手を持っていった。
そして、幸せそうにこすりつけて。
そんなフィーナを見て、ぼくはフィーナの傷を癒せたんだと思えた。
「ああ、暖かいです……ユーリさんの暖かさ、もっと感じたい。だから、抱きしめてください……」
フィーナの要望に応えて、フィーナを抱きしめていく。
なにか救われたような顔をするフィーナを見ていると、こっちまで嬉しくなる。
ただ、こんな軽いことで救われたような顔をするってことは……。
いや、これからもっとフィーナを大切にすればいいだけだよね。
だったら、そんなに難しい話じゃないと思う。
「ね、分かるでしょ。ぼくがフィーナを大好きだってこと。だから、何も心配しなくていいよ」
「分かります。でも、もっと……。ねえ、キスしてほしいです……」
「キスは……嫌なわけじゃないけど、恋人でもないわけだから」
ぼくの言葉に合わせて、フィーナはとても強い意志を秘めた目でぼくを見た。
きっと、何か大きな思いがあるのだろうけれど。なんだろう。
「わたしは! ……わたしは、ユーリさんが好きです。もっと、どこまでも仲良くなりたい。ずっと一緒にいたいんです……」
いつも静かなフィーナが大声を出していた。
つまり、それほど大きな気持ちを抱えていたのだろう。
だったら、ぼくも真剣に答えないとね。
ぼく自身はフィーナをどう思っているのだろうか。
もちろん、大切な存在であることは疑いようがない。
だから、それでいいのかな。
「ぼくはフィーナを恋や愛みたいな意味で好きかは分からない。それでもいいのなら」
「なら、これから好きになってくれればいいです……だから、お願いします……」
フィーナが望むのならば、ぼくは構わない。
だから、勇気を出してフィーナにキスをした。
フィーナはじっとこちらを見ていて、なんだか恥ずかしいな。
しばらくフィーナに抱きしめられていたけど、ゆっくりと離れていく。
ちょっと名残惜しさを感じたけれど、まあそれはいいか。
「ああ、幸せです……。ねえ、ユーリさん。これからもっともっと、何度でもしましょうね」
それがフィーナの望みだというのなら構わない。
だとすると、付き合うような関係になるのかな。
フィーナのことは大好きだから、きっとうまくやっていけるはず。
「これからよろしくね、フィーナ」
「もちろんです……! ずっと、ずっと一緒にいましょうね……」
アクアはユーリに近づくフィーナに対して、当初はなんとも思っていなかった。
ただ、フィーナの孤独を知って。
だから、自分と同じようにユーリに救われたのだと。
そう考えてからは、アクアはフィーナに共感のような思いを抱いていた。
それゆえ、ユーリとフィーナが距離を近づけることには賛成していたアクア。
だからこそ、ユーリとフィーナが結ばれたと聞いたときには素直に祝福できて。
これまではフィーナと関係を深めてこなかったけれど、もっと仲良くしようと。
そんな感情をもって、アクアはフィーナに近づいていった。
すると、思いの外フィーナとアクアは共感し合うことができて。
だから、これからフィーナとユーリがもっと関係を深めるのならば。
ユーリたちの幸せを増幅できるよう、自分も協力しようとアクアは考えた。
フィーナとユーリはゆっくりと仲を深めていく。
そんな2人を見ながら、アクアはのんびりと2人のそばを楽しんでいた。




