85話 支配
ぼくは久しぶりにアクアと2人きりになっていた。みんなは色々な用事で出かけている。
異変は完全に落ち着いたわけでは無いけど、ぼくたちが出ずっぱりにならなくてもいい程度には安定している。
アクアと一緒に朝ご飯を食べて、2人で一緒にのんびりとしていた。アクアはいつものようにペット用の餌を食べていたんだけど、ぼくたちで同じものを食べてみてもいいかもね。
昼は同じものを食べることにしようか。アクアは味があまり分からないみたいだけど、同じものを食べるのもきっと楽しいからね。
「アクア、昼ご飯は僕と同じものを食べてみようか。たまにはこういうのも良いでしょ?」
「別に何でもいい。でも、ユーリが用意してくれるのなら喜んで食べる」
アクアは本当にご飯に興味がなさそうだ。でも、ぼくが用意したなら喜んで食べるなんて、とっても可愛らしい言い方だ。そんなことを言われたら頑張って用意しないとね。
でも、昼までにはまだまだ時間があるから、アクアといろいろな遊びをしていよう。
何が良いかな。そうだ。アクア水を使った遊びがいいかもね。球遊びの応用みたいな感じで、出現させたアクア水を追いかけて触ってもらうとかどうだろう。
アクアはぼくがアクア水を使うと喜んでくれるし、そういう遊びだってきっと楽しんでもらえるはずだ。
アクアに思いついた遊びを提案すると、すぐに賛成してくれた。
「ユーリとアクア水を使って遊べる。嬉しい。遊びにもアクア水を使うのなら、ユーリはいつでもアクア水を操作できる」
アクアはとっても明るい顔でそんなことを言うので、ぼくまで嬉しくなってくる。
アクア水はアクアがくれた大切な技だから、ずっと使っていられるのはぼくも喜ばしいと思うけど、アクアにとってもアクア水は大切な技だってことだよね。
やっぱりアクアと契約したのは正解だったよね。強くなれたことはもちろん大切だけど、何よりこうしてアクアとのつながりが感じられることが良い。
何度でも考えている事だけど、アクアはぼくにとって何よりも大切な存在なんだ。
他にも大切な人はたくさんいるし、その人たちも大好きだけど、1番を決めるのなら間違いなくアクアだ。
アクアと一緒に居る時間はいつだって楽しいし、アクアもぼくと一緒に居ることを喜んでくれている。
進化する前からとっても大切な存在だったアクアが、進化することでさらにぼくと近い存在になったと感じられる。
アクアが進化してくれた事は本当にいい事だった。アクアとこうして会話できること、進化する前には出来なかった色々な遊びができること、アクア水という大切な技が使えるようになったこと。
何もかもがぼくにとって大切なことなんだ。
ぼくはこれまで色々と変わってきたけど、アクアと一緒に居る幸せだけは何があっても変わらないよね。
「それじゃあ、試しに1回やってみようか。アクア、とってこーい!」
球遊びと同じ掛け声にしちゃったけど、もうちょっと別の言い方でもよかったかもね。
それはさておき、アクアの正面にアクア水を出現させると、アクアは即座に右手でアクア水に触れる。
少し遠くに出現させてみると、アクアは走ってアクア水のもとへ向かっていく。
後ろに出現させたら気づかないかと思いきや、即座に後ろに振り向いてアクア水に触れていく。アクアはアクア水がどこにあるか感知できるのかな。契約技ってそういう物なのかな。まあいいか。
そのままアクアの上の方にアクア水を出現させると、アクアは跳び上がってアクア水に触れる。
ちょっとイタズラしてアクアのジャンプで届かないだろう所にアクア水を出してみると、アクアは何度も跳びあがっていた。
「ユーリ、いじわる。そんな事をするなら、後でアクアもいじわるするから」
アクアは特に表情を変えないままぼくを責めてくる。責めているというか、からかっているのかもしれないけど。
それにしても、アクアはいったいどんな意地悪をするつもりなんだろう。アクアの言い方がとても可愛らしかったこともあって、すっごく楽しみになってしまう。
それからもしばらくアクア水に触れらせる遊びを楽しんだ後、アクアはこちらに近寄ってきてぼくを後ろから拘束する。
さっき言っていた意地悪だろうか。どんなことをされるのかワクワクしながら待っていると、アクアに上の方を向かされてしまう。
そのままアクアにぼくの口を開かれて、ぼくは上を向いたまま口を開けているという、なんだかひな鳥か何かのような姿になってしまった。
「ユーリ、これから何をされるか分かる? ユーリにアクアをいっぱい刻み付けてあげるね」
ぼくにアクアを刻み付けられてしまう。一体何をされてしまうのだろう。もともとぼくにはアクアが刻み付けられていると言っていいと思うけど、これ以上って一体どうなってしまうのだろう。
でも、アクアになら何をされたって良い。ぼくがアクアを信じていることもあるし、アクアになら裏切られても構わないと思える。
アクアにこのまま殺されてしまったとしても、アクアと一緒に居たことを後悔なんてしない。ぼくはアクアがいたからこそ幸せを知る事ができたんだから。
そのままアクアが何をするのか待っていると、アクアはぼくの口の上に青くて透明な指を持ってくる。
アクアの指をきれいだと思いながら見ていると、指の先からぼくの口元へ水のようなものが落ちてきた。
そのまま雫はぼくの口に入る。甘くてまろやかな味がして、いくらでも飲みたいと思える程の美味しさだった。
「ユーリ、アクアはおいしい? ユーリの顔をみたら何も言わなくても分かるけど、ちゃんと聞かせて」
この水ってもしかしてアクアの一部なのかな。アクアが自分からわざわざぼくに飲ませるくらいなんだから、アクアに負担は無いと思うけど、少し心配になってしまう。
「美味しいよ……これまでに飲んだどんな物よりも美味しい。でも、アクアはぼくに飲まれて負担だったりしない?」
「ユーリが1億人居たってアクアを枯れさせるには足りない。だから、安心してユーリはアクアを味わっておくといい」
アクアを味わうなんて言い方をされると、なんだかいけない事をしているような気分になってくる。
アクアはそのままぼくの口の上にある指からもっと水を出し始めた。ぼくはアクアの一部である水をしばらくの間飲んでいた。
そうしていると、アクアは水を指から出すことを止め、ぼくの拘束を解除する。
少しの名残惜しさを感じていると、アクアはとんでもない事を言い出す。
「ユーリ、これからこの水を飲みたければ、アクアにおねだりすること。できるよね?」
びっくりするくらい美味しかったからもっと飲みたいことは事実だけど、おねだりしないといけないのか。
まだ喉は乾いているし、もう少しだけアクアから出る水を味わっていたかった。
覚悟を決めて、アクアにおねだりすることにする。とっても恥ずかしいけれど、仕方ない。
「アクア、アクアの水をもっと飲みたい。飲ませてほしい」
アクアはぼくの言葉を受けてにやりとした顔をした後、ぼくの口に指を突っ込んでくる。
勢いよく指を入れられたとはいえ、アクアが気を使ってくれたのか苦しさや痛さは全くない。
でも、アクアの指が口の中にあるのに、アクアの水は出てこなかった。思わずアクアの顔をじっと見ると、アクアはとても楽しそうな顔でこちらに要求を告げる。
「ほら、アクアの体液が飲みたければ、アクアの指を吸うこと。それができないなら、二度と飲ませてあげない」
体液って言い方をされるとなんだかおかしな物のように聞こえてしまう。
アクアから出てくる水はこれまで口にした物と比べる事すらできないほど美味しいので、二度と飲めないのは嫌だった。
これからこの水を飲みたければアクアの言う事を聞くしかない。出来るだけ我慢するつもりではあるけれど、大事なものをアクアに握られてしまったかもしれない。
まあ、特に罪のない人を殺すみたいなとんでもない要求をされない限りはアクアの願いはかなえてあげたい。
だから、大したことは無いはずだ。そう思いたい。でも、アクアの顔がなんだか悪い物に見えて、少し怖い。いや、アクアだから大丈夫。
しばらくの間葛藤していたけど、ここで断ったらアクアが悲しむという考えが浮かんだ時点でぼくのすることは決まった。
アクアの指に吸い付くと、ぼくの吸う動きに応じてアクアから水が出てくる。
飲み物を吸う容器の中にこういうものが有った気がするけど、思い出せない。
それよりも、ぼくが飲みたいタイミングで美味しい物が出てくる感覚が先ほどよりさらに美味しいと感じさせてくる。
美味しさと同時になんだか安心感も湧き上がってきて、この感覚に依存してしまいそうにすら感じる。
しばらくして喉の渇きが収まったのでアクアの指から口を離す。
またこの水を飲むのなら、何か名前を付けた方が良いかもしれない。アクアジュースとかどうだろう。
それよりも、次は普通に飲みたいよね。なんだかいけない事をしている感覚に襲われたので、できればコップとかに入れておいてほしい。
「ユーリ、よくできたね。えらいえらい。それで、またアクアの体液を飲みたい?」
「う、うん……でも、次は別の飲み方をさせてほしいな。お茶とか水みたいな飲み方が良いよ」
「ユーリはわがまま。でも、いいよ。ユーリが望むのなら、そうしてあげるね」
アクアは納得してくれたみたいだ。でも、今のアクアがした表情がびっくりするくらい妖艶で、なんだか目を引き寄せられてしまった。その姿を見たアクアが楽しげな顔をする。
「ふふ。ユーリがアクアの手のひらに居るのは楽しい。また何か面白い事を考えてみようかな」
さっきまでのぼくはアクアの言うようにアクアの手のひらの上だったと思う。
だけど、またこんな気分を味わうのは出来れば勘弁してほしい。アクアが楽しそうなのは嬉しいけど、ドキドキしすぎてどうにかなってしまいそうだから。
それからぼくが料理をして昼ご飯を用意して、アクアと一緒に食べた。
その時にぼくの飲み物として、アクアジュースをコップに注いでもらった。アクアジュースはとっても美味しいだけでは無くて、料理の味も引き立ててくれた。
「これ、すっごく美味しい。アクア水を料理に使っても美味しい物ができたけど、アクアジュースは別格かもしれない」
「そう呼ぶことに決めたんだ? また何度でも飲ませてあげるから、アクアをしっかり味わって」
アクアにはこれまで色々助けられてきたけど、これ以上アクアと一緒に居ると、ぼくはアクアが離れた時におかしくなってしまうかもしれない。
これまでのようにアクアと離れて他の人と出かける事が、できなくなってしまったらどうしよう。
いや、きっと大丈夫だよね。ぼくだって成長しているはずなんだから。




