79話 リディと
今日はリディさんがやってくる日だ。ぼくと一緒に出かけるらしい。
組合でリディさんを待っていると、随分とオシャレをしたリディさんがやってきた。
リディさんは小柄で可愛らしい感じの見た目だけれど、今日は大人っぽさがあった。
戦っている最中の鋭い雰囲気と違って、今日はとても柔らかい表情をしている。
リディさんの新鮮な姿に少しだけ見とれてしまった。
「ユーリ殿、おはようございます。今日は楽しい日にしましょうね」
「リディさん、今日はよろしくお願いします。目いっぱい楽しんでいこうと思います」
リディさんはぼくの言葉に対してふんわりと微笑んでくれた。リディさんもぼくと出かけることを楽しいと思ってくれているよね。
ぼくはリディさんと出かけることが楽しみだったけど、リディさんの今日の予定がオリヴィエ様の命令で仕方なくだったら悲しい。
きっと大丈夫だとは思うんだけどね。リディさんは楽しげな雰囲気を出しているし。
「ユーリ殿、着いてきてくださいね。今日は小生がもてなそうと思います」
リディさんに案内されるままついていくと、前にオリヴィエ様と一緒に居た時の家に案内された。
そのまま家の中にリディさんと入っていくと、前とは違う部屋に連れていかれた。
この感じだと、リディさんの部屋とオリヴィエ様の部屋で別れている感じなのかな。噂に聞く別荘とかだろうか。
カーレルの街と王都を繋ぐ転移装置があるのだから、王族のオリヴィエ様に宿が必要というのはなんとなくわかる。
リディさんはオリヴィエ様の近衛とのことだし、近くに部屋が必要なのだろうな。きっとイーリスの分もあるのだろう。
「ユーリ殿はそこでゆっくりしていて下さいね。小生が茶を用意しますから」
お茶の用意を手伝える気はしなかったのでリディさんに任せていると、しばらくして2人分のお茶を持ったリディさんがやってきた。
リディさんの用意したお茶は澄んだ色をしていて、ぼくの知っている濁ったものとはずいぶん違う。
「さあ、飲んでください。これでも茶を入れることは趣味ですから、満足していただけると思いますよ」
リディさんに促されるままお茶を飲むと、すっきりした甘さと若干の苦さがあった。
ぼくの知っているお茶は苦くてすっぱいものだったので、とてもびっくりした。
「これ、美味しいですね。ぼくにとってお茶ってどうしても喉が渇いたときに仕方なく飲むものだったので、驚きました」
「ユーリ殿、それはいけませんよ。茶というのは美味しくて楽しい時間を過ごせるものなのです。ユーリ殿がいい茶を知らなかったというのは分かりますが、これから小生と過ごすときにはしっかりと楽しんでいただかないと」
リディさんはとても圧の強い目でこちらを見ていた。よほどお茶の事が好きなのだろう。
ぼくは何度もうなずいたけど、リディさんの用意してくれるお茶ならば楽しい時間を過ごせるだろうというのはぼくの本音だった。
リディさんはゆっくりとお茶を飲んでいき、ゆっくりと呼吸をする。リディさんが落ち着いているのはよく分かって、眺めていて楽しかった。
「こういうのんびりした時間もいいですね。冒険者をしていると慌ただしい事も多くて」
「殿下のそばに居ても似たようなものですよ。せっかくの休日にユーリ殿と過ごせるのは嬉しいです」
そうだよね。オリヴィエ様に振り回される日々はきっと大変なのだろうな。
でも、きっとその大変さの中に楽しさもあると感じてしまうのはぼくがオリヴィエ様に絆されているからだろうか。
それにしても、そんな機会にリディさんがぼくと過ごすことを選んでくれるのはとっても嬉しい。
リディさんと仲良くなれているというのは、ぼくだけの思い込みじゃないと感じる。
「リディさんがそう言ってくれるのはありがたいですね。リディさんと過ごす時間は楽しいので、リディさんも同じように感じてくれていると嬉しいですよ」
「ユーリ殿は好意をはっきり示される方なのですね。顔を見ただけでも殿下や私たちに好意を抱いてくださるのは分かりますが、言葉にするのに照れなどはないのですか?」
もちろん照れはいっぱいある。それでも、言葉に示さないと好意はしっかり伝わらないというのは分かっているつもりだ。
アクアを不安にさせたことも、ノーラに心配させたこともある身としては、持っているだけの好意では駄目だと思う。
「恥ずかしさはありますけど、好きな人に好きって言わなきゃ分かってもらえないものだと思います。言わなくても伝わることもあるでしょうが、言葉よりはっきりと通じないと感じているので、積極的に言っていくつもりです」
「ユーリ殿の姿勢は好ましい物ですが、小生にとっては立場上難しい物ですね。うかつに言質を取られてはいけないものですから」
物語の世界だと、うっかり口約束してしまった結果とんでもない損をするというのはよく見る展開だけど、貴族の世界もそういう物なのだろうか。
いや、リディさんが貴族と決まったわけじゃ無いんだけどね。でも、近衛になるくらいなんだから血筋もいいとは思う。
「ぼくにはそういう事はよく分かりませんが、愚痴を聞く位ならできますよ。聞いた内容を他の人に伝えることはしません」
「ユーリ殿が言うのであれば信じてもいいと思えるのですが、それでも小生はうかつな言葉を口にできないのですよ。この場に聞き耳を立てる者がいないとは限りませんから」
リディさんにもいろいろな苦労があるのだろうな。ぼくにはよく分からないけど、ぼくとの時間でリディさんが癒されてくれたら嬉しいな。
リディさんには幸せになっていてほしいと思える。出会ってからそんなに交流はしていないと思うけど、ぼくはリディさんの事が好きになっているから。
「そうなんですね。リディさんの苦労はきっとぼくには理解できないでしょうけど、リディさんが楽しい時間を過ごせるように頑張りますね」
「本来はこちらがもてなすべきですが、ユーリ殿の言葉には甘えたくなってしまいますね。ユーリ殿には後ろ暗い考えは無いでしょうから」
ぼくが何かを企んでリディさんに楽しい時間を過ごして貰おうとしているわけでは無いと思う。
リディさんを通してオリヴィエ様に好印象を与えたいとかの考えは無いし。
それでも、リディさんはつい誰かを疑ってしまう状況に居るのだと感じて、少し寂しくなった。
この人が誰かに自分をさらけ出せる瞬間はあるのだろうか。
ぼくにはそういう人がいっぱいいるけど、その人たちのおかげで頑張る事ができたから。リディさんにもそういう人がいたら良いのだけれど。
「ユーリ殿、そんな顔をしなくても小生は十分恵まれていますよ。ユーリ殿の表情豊かな姿は見ていて楽しいですが、貴族社会には向かないでしょうね。幸い、殿下もそういう働きを求めているわけでは無いのですが」
「オリヴィエ様が求めているのは自分が楽しむ事だというのは分かります。そういう人なのにどこか優しさのようなものを感じるのが、なんというかずるいんですよね」
オリヴィエ様は一見傲慢に見えるけど、ぼくを無理矢理ものにしようとはしてこないし、ぼくが頑張ったらしっかりと褒めてくれるし、悪人だとは思えない。
リディさんがオリヴィエ様の行動に苦労しながらも、オリヴィエ様を嫌いなように見えないのも、オリヴィエ様の魅力あっての事だろう。
「ユーリ殿も殿下の事をよく理解できているようで。そんなユーリ殿に一つ小生の秘密を教えましょう」
「いいんですか? さっきは聞き耳がどうとか言っていたじゃないですか」
「殿下からも伝えるようにと言われていますし、この屋敷に居るものは知っている事ですから」
なるほど。ぼくが知らないだけで、大事な秘密という訳では無いのかな。
まあ、リディさんが秘密と言っている事だから、誰かに触れ回るつもりはないけど。
それにしても、リディさんの秘密っていったい何だろう。ぼくは姿勢を正して聞こうとする。
「そんなに畏まる必要はありませんよ。それでですね、じつは小生は王族の1人なのですよ」
「そうなんですね……そうなんですか!? すみません、大声を出してしまって。王族なのに近衛をしているんですね。守られる側のように思いますけど」
本当にびっくりした。言われてみればリディさんのくすんだ金髪は噂に流れている王族の特徴と一致するけど、まさかリディさんが王族だとは思わないよ。
これからはリディさんに丁寧というか、敬うような接し方をするべきなのだろうか。そうなってしまうと少し寂しいけど。
「王族だからと言って、全ての人間が王位の候補となるわけでは無いのですよ。小生は王位継承の資格はありませんから」
「そうなんですね。では、これからぼくはリディ様と呼んだ方が良いのでしょうか。出来ればこれまで通りに接したいのですが」
「ふふ。これまで通りで構いませんよ、ユーリ殿。そんな顔をされてまで様づけで呼べとは言えませんよ」
ぼくはいったいどんな顔をしていたのだろう。気になりはするけど、言葉にされると恥ずかしいだけかもね。
それはさておき、これまでと同じようにリディさんと接する事ができるのは嬉しい。
なんというか、様づけで呼んでいるとリディさんと距離ができてしまうように感じていた。
リディさんは王族なのに親しみやすいな。王族と言えば、サーシャさんが賜ったというモンスターの大本がいるんじゃなかったっけ。
リディさんはイーリスと契約しているけど、どういう事だろう。
「リディさんは木みたいな契約の証が出るモンスターとは契約していないんですね」
「ご存じでしたか。オリヴィエ様に伝えられたのですか? 小生はあのモンスターと契約することに乗り気ではなかったので、イーリスと契約したのですよ。それがきっかけで王位継承権を失ったのですが、後悔はしていません」
そんな過去があったのか。王家の人にも王家なりの苦労があるものなのだな。
でも、きっとその選択のおかげでぼくはリディさんと出会う事ができたんだよね。リディさんがオリヴィエ様の近衛になったのはたぶんその影響が大きいだろうし。
「リディさんのあの炎はとても強いですから、良い契約技ですよね。イーリスも悪い人じゃないですし」
「そうですね。そのおかげでこうしてユーリ殿と出会う事も出来たのですから、正しい選択だったと思いますよ」
「リディさんもぼくと出会えたことを喜んでくれるんですね。ぼくもリディさんと出会えて嬉しいです」
「それはありがたいですね。おっと、そろそろ帰る時間になってしまいましたね。ユーリ殿、組合まで一緒に向かいましょう」
そのままぼくはリディさんと一緒に組合へ向かって、それからリディさんは帰っていった。
リディさんの新しい一面が知れた気がして、なんだか嬉しい。またリディさんと会いたいな。




