閑話:庄内くん、ビルを買う 前編
冬のニューヨーク。ウォール街の石造りの本館、その取引フロアを見下ろせるバルコニーに俺は立っていた。
足元では数百人のトレーダーが慌ただしく動き、巨大なスクリーンには株価のティッカーが流れている。
鐘の前には報道陣の列ができ、無数のカメラがこちらを向いていた。フラッシュの光が反射し、眩しいほどだった。
「それでは、ミスター庄内。お願いします」
金色のハンマーを手に取り、鐘を打ち鳴らす。
カラン、カラン――。
取引フロアから拍手と歓声が湧き上がる。
この一年の努力が形になった瞬間だった。
俺が立ち上げた showzon が、ニューヨーク証券取引所に上場する。
新たに15%の株を市場に放出し、俺の持ち株比率は43%まで薄まった。
有能な経営陣を登用し、ベンチャーキャピタルには頼らず、社員にも株を配る。創業時からの理想を貫いた形だ。
「取引開始です! ミレニアムイヤーを締めくくる大型上場、showzon です!」
60ドルで売り出された株価は、瞬く間に100ドルを超えた。
取引所のモニターが青く輝き、周囲は拍手と歓声に包まれた。
証券会社は初値を低めに設定し、この派手な上場を演出したのだろう。結果、初値が安いこともあり取引はすべて成立し、その日のうちに30億ドルの資金を市場から調達できた。
上場セレモニーを終え、投資家との会食をいくつかこなして数日後――サンフランシスコの自宅に戻る頃には株価は250ドルに達していた。
2000年、ドットコムバブルの真っ只中。showzon はその象徴のひとつとなっていた。
俺の持ち株は5,000万株。1株250ドルだとすると、評価額にして125億ドル。
その他の資産を合わせると150億ドルを超える。
俺は世界で三番目の資産家になったらしい――新聞にはそう書かれていた。
もっとも、IPO 契約上、2年間は自社株を売ることができない。紙の上の資産ではあるが、それでも数字のインパクトは凄まじい。
球団関係者からも「もう働かなくていいんじゃないか」と冗談を言われたほどだ。
だが俺は、まだ現役だ。
試合映像を見返す時間も減ったせいで、今年の成績はあまり良くない。
それでもチーム内では一番の打撃成績だった。
契約更改のために球団事務所を訪れると、応接室には GM とオーナーが並んで立っていた。
オーナーは笑顔を浮かべて俺の手を握る。
「やぁ、ミスター庄内。上場おめでとう。私より金持ちになった気分はどうだい?」
「不思議なものですね。自分の所属する球団を三十回も買える資産を持つことになるとは思いませんでした」
俺がそう答えると、オーナーは疲れたように笑った。
「少しくらい年俸を譲ってもいいんじゃないか?」
俺は首を横に振り、静かに言った。
「譲りません。日本向けの放映権料が増えたでしょ。ボーナスをもらいたいくらいです」
オーナーは苦笑しながら、「さすがだ」とつぶやいた。
契約書にサインを終え、立ち上がる。
窓の外には、次のシーズンへ向けて準備を始める球場の照明が見えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は東京・汐留の建設現場に妻と子供を連れて見学に来ていた。
実はここに、俺が所有している会社の日本本社ビルを建てる予定だ。
一応、東京には小さめのビルも持っているが、今回は規模が違う。地上48階建て、高さ200メートル。これまでとは桁違いの巨大ビルになる。
ここに研究開発と経営の拠点を集約しようというわけだ。
もちろん、登記上の本社はアメリカ――正確に言えばデラウェア州にある。
だが、アジア圏での事業拡大を考えれば、東京に本格的な拠点を持つのは必然だった。
バブル崩壊以降、東京の地価は大きく下がり、再開発計画がいくつも凍結されたままになっていた。
俺はその一つに10億ドルほどの資金を注ぎ込み、建設を再開させた。
建築業界には余ったリソースが溢れていて、設計はほとんどそのまま流用できた。
そのおかげで、わずか2年で内装工事まで漕ぎつけ、一部ではすでに入居も始まっている。
ロサンゼルス郊外にも研究拠点はあるが、急拡大する組織を抱えるには手狭になってきた。
それに、アメリカという国は技術者のコスパが悪い。すぐ転職するし、あまり働かない。年俸も右肩上がりだ。
アジアで開発拠点を拡張する方が合理的だった。
専用のエレベーターで最上階まで登る。
目の前に広がる東京の街並みは、10年前よりどこか元気がない。
日本は平成不況、就職氷河期の真っ最中だ。大卒の就職率は70%、名門大学を出た優秀な人材ですら就職に苦しんでいる。
俺はこの光景を見ながら思った。この場所を、日本のシリコンバレーにしたいと。
世界中に事業を展開するには、まだまだ人材が足りない。
俺は世界中の携帯キャリアを買収し、スマートフォンを普及させようとしている。
携帯事業は赤字を垂れ流す穴の空いたバケツのような状態だが、いつかはアフリカの奥地でもスマホを持たない人間がいなくなる時代が来るはずだ。
そのためには優秀なエンジニアが必要だ。何万人も、何十万人も。
このビルは、外見こそ日本的な四角いデザインだが、敷地面積は馬鹿みたいに広い。
バブル時代の遺産である個性豊かなビル群に比べれば派手さはないが、俺はむしろこの堅実な造形を気に入っている。
外見よりも中に入っている企業の面白さで勝負をしたいと思っている。
昨日、本社ビルの最上階――ようやく内装工事が終わったばかりのフロアに、家族で来ていた。
我が息子は会長室の机の上で見事な逆立ちを披露している。
会長室の革張りの椅子に腰を沈めていると、妻が苦笑しながら言った。
「毅くん、やっぱりお小遣いでビル建てるのはやりすぎだと思うんだけど」
実はこのビルは、俺のポケットマネーで建てたビルだ。
結婚したとき、資産の2割までは自由に使っていいと妻に言われていたので、その範囲で建設した。
俺の会社は、もはや俺一人のものではない。
東京で人を集める方針は取締役会で承認されたが、自社ビルを建てるとなると反対意見も多かった。
だが、俺は人の気持ちを思いやり、意見を尊重することをモットーにしている。
持ち株比率の関係で押し通すこともできたが、それを避けて「お小遣い」で建てることにした。
自社株を担保にすれば、この程度の資金は簡単に動かせる。
このビルには、若いベンチャー企業にもどんどん入ってもらう予定だ。
低階層は小さく区切り、IT企業なら破格の賃料で貸す。
我が社自身も社内ベンチャーを推奨していて、俺の資産会社もベンチャーキャピタルとして融資を積極的に行っている。
例えば、うちの社員が去年作った謎の会社にも100万ドルほど出資した。
なんでもペットの言葉を翻訳するツールを開発するという。
うちでは勤務時間の2割を起業準備に使うよう奨励しているが、その時間で生まれた事業だ。
試しに愛犬のウブントゥに使ってみたら、液晶には「早く餌くれ」としか表示されなかった。
そんなはずはない。可愛いウブントゥが、俺を「歩く給餌器扱い」するわけがない。きっと不良品だ。
……そう思っていたのだが、このツールは「精度が高すぎる」と話題になり、まさかの大ヒット。
ネタのつもりで出資したのに、投資分をあっさり回収してしまった。悔しい。
このビルの2階は、野球の博物館として一般公開する予定だ。
家や実家に保管していたトロフィーや記念品を一堂に並べてある。
俺が今日ここに来たのは、その開館式を明日に控えていたからだ。
お世話になった人たちも招待している。
高校や大学のチームメイト、かつてのライバルたちも。
岸原は二つ返事で出席を決めてくれた。きっと暇なんだろう。
返信の手紙には「前のプレゼントの礼してやる」と書いてあったが、心当たりがない。なんかあげたっけな。
桑原は丁寧な返信をくれたが、残念ながら今回は予定が合わなかったらしい。
あとで人づてに聞いた話によると――その日は歯医者の定期検診が入っていたそうだ。
一瞬、「予約をずらせばいいのに」とも思ったが……まぁ、歯は大事だ。そう自分を納得させることにした。




