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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
序章

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8/81

第8話 大大阪時代

 関西大会、なんとか二回戦を勝ち切った俺たちは、三回戦で岸和田と戦うことになった。


 この時代のシニアで一番強いのは、どこか。大阪だ。

 西東京? 東東京? 勝負にならなかった。

 現代でも高校野球の大阪は年によってそれなりに強いイメージがあると思うが、中学生世代では隔絶のレベルが違う。

 大阪は高校球児の最大の産出地だ。

 大阪のシニアリーグには九百人の選手がいて、そのうち四百五十人が他府県に進学する。

 例えば、とある年の甲子園出場者のうち、大阪出身者は百人を超えていた。

 大阪のシニアでの競争に負けた球児は全国に散って、そこで甲子園を目指す。


 そんな大阪で覇権を握るチームが、弱いわけがない。


 三回戦。ここで勝てばベスト4、つまり全国大会への出場ができる。

 どうして地方大会で全国大会の決勝カードみたいな対戦をしなきゃいけないのかと、理不尽さに少し腹が立つ。

 だが、戦う相手が岸和田であることは予想していた。だから準備もしてきた。

 投手だけでなく、打者の傾向までデータはすべて集めてある。


 相手の一番から三番までは三年生で、全員が四割打者。

 ホームランも複数本打っている。明らかに重量打線だ。

 四番は一年生の岸原。怪物だ。五番の二年生も手強い。

 下位打線はそこまでではないが、それでもウチの二番手くらいの実力はある。

 投手も強い。シュートとスライダーの変化量が大きく、球速はたぶん百三十キロを超えている。


 ただ、リードは分析した限り比較的単調なのが救いかもしれない。


 そして、試合は予想通りの乱打戦になった。

 五回裏が終わって、九対七でこちらが負けている。

 俺の2打席はホームランと、敬遠。


 うちのエースはもう限界だ。ここまで百十球以上は投げている。

 仕方がない。俺が出るか。


 俺がマウンドに上がると、相手のベンチはざわついていた。

 登板経験のない一年生の四番が、突然出てくるんだ。驚くのも無理はない。


 一番打者からのスタート。

 俺は振りかぶり、ツーシームを投げる。球速は百十キロ程度だろうか。

 それでも、それなりに正確にミットに収まり、ストライク。

 ここで相手がタイムをかけてくる。まあ、見慣れないフォームだからだろう。


 アンダースロー。

 この世界では去年、阪急の田中が駆使して最多勝のタイトルを獲ったフォームだ。

 認知度は高いが、少年野球でこの投げ方をしているのは、おそらく俺しかいない。


 前世で肩の痛みを誤魔化すために覚えたこの投法を、俺は今では積極的に使っている。

 ツーシームも、当時の日本ではほとんど使う投手はいなかった球種だ。

 どちらも、まともな指導者ならまず矯正してくるような投げ方だ。


 実際、普段何も言ってこない監督からも一度だけ「投げ方を直したほうがいい」と言われたことがある。

 だが、俺は中継ぎしかやらない。裏をかける変態投手でいられるなら、それでいい。

 ありがたく、お断りした。


 二球目。バットの根元で詰まらせて、ワンアウト。

 続く打者も凡打。ツーシームは微妙に不規則に動くので、打たせて取るには向いている。

 三人目の打者。際どいコースを振らせた後、初めてシンカーを投げた。

 三振。これが決め球だ。


 アンダースローは、このシンカーのためにあると言っても過言じゃないと思う。

 俺のシンカーは、阪急の田中のようなチェンジアップ系ではなく、メジャーでよく使われるシンキングファストに近い。

 三者凡退。上々の結果だ。


 六回裏、下位打線の攻撃。一人出塁したが、後続が倒れて追加点ならず。


 そして七回表。岸和田の攻撃は、岸原から始まった。

 さすがの岸原も、アンダースローには戸惑っているようだった。

 バットに当たらない。そして、インハイの球を引っかけてショートゴロ。

 今回は俺の勝ちとさせてもらう。


 七回裏。俺の第3打席は、予想通りに敬遠された。

 そうして、俺の中一の夏は、終わった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 ベンチで道具を片付けていると、誰かが肩を叩いてきた。

 振り向くと、目の前に岸原が立っていた。


「よぉ。ちゃんと話すのは初めてやな」


 思っていた通り、コテコテの関西弁だった。

「お前、高校どこ行くんや?」

 軽く尋ねるその口調に、試合の余韻がまだ残っていた。


「まだ決めてない」と答えると、岸原がふっと笑って言った。


「PFから声かけられとるんや。お前もどうや? 一緒に来いよ」


 PF学園。近年急激に力を伸ばしてきた新興の宗教系の学校だ。

 ここ数年、甲子園をほぼ独占している。


「いや、俺はあそこは無理やわ。厳しすぎる」

 自然と口から出た言葉だった。

「そもそも、大阪で競争せんでもええやろ。わざわざ自分を潰しに行く意味がわからん」


 岸原が、また笑った。


「かわったやっちゃのー。お前の実力なら、大阪でも一年からレギュラーやれるで」

 そう言いながら、今日の試合を思い出すように続けた。

「今日のホームランもそうやけど、あの投球はなんや。意味わからんかったわ。

 バットに当てるのが精一杯やった。あんな投げ方する奴、他におらんし、どう対策せえっちゅうねん」


 俺も笑った。

「まぁ、シニアではまだ何回か当たるやろ。そのときまでに対策しといてくれ」


 すると岸原がポケットから紙切れを出して寄越した。

「これ、うちの電話番号。気が変わったら、いつでも電話してこいや」

 どうやら、ずいぶん気に入ってもらえたらしい。


 向こうのベンチから「岸原!」と呼ぶ声がかかる。

「ほな、またな」

 そう言い残して、岸原は走って戻っていった。


 この大会のあいだに、何校かのスカウトから声をかけられていた。

 全寮制の高校で、野球漬けの日々。

 それ自体には抵抗はない。野球に没頭することは、むしろ歓迎だ。


 でも――俺は、自分の長所を矯正されるような環境には行きたくなかった。

 型にはめるような指導、頭ごなしの精神論。

 そういうものがまだこの時代には、堂々と存在していた。


 特にPF学園は、その象徴のような高校だ。

 かつて聞いた話がある。

 ある新入生が、練習中にトイレの個室に入った。理由はとくにない。ただなんとなく。

 だがその直後、上級生に大目玉を食らったという。

 その個室は「練習中に水を飲めない部員が、こっそり水分補給するための場所」だったのだ。

 そんな環境で、こっそり水を飲まなければならないほど、厳しい精神論に縛られていた。


 俺が理想とするのは、そういうやり方じゃない。

 科学的なトレーニング。栄養学に基づいた食事。

 その上で、甲子園に行ける実力を身につけたい。


 いくつか、目星はつけている。


 高校選びは、俺の人生の中でもっとも重要な選択だ。

 今の知識はシニアでもある程度は通用している。

 だが、それを本当に活かせるのは、高校、そしてその先の世界だ。

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― 新着の感想 ―
今でもじゃない?(某高校を見ながら)
>現代でも高校野球の大阪は都市によってそれなりに強いイメージがあると思うが 年によって ですかね? 誤字報告させてもらいましたが自信がないのでこちらにも書いておきます
> この世界では去年、阪急の田中が駆使して沢村賞を獲ったフォームだ。 昭和の時代、沢村賞の選考対象はセリーグ限定なのでは?
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