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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
メジャー編

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72/81

第72話 挑戦の一区切り

 3年目は、俺にとって飛躍の年になった。


 ナ・リーグ西地区の投手陣は、データ分析チームの尽力により、ほぼ完全に解析していた。そのアドバンテージは非常に大きかった。

 この時代、多くの選手が個人で戦っている中、俺はチームと共に戦っている。サンフランシスコのダウンタウンで日夜データを解析してくれている山本先輩と、その部下たちの努力が、俺の成績を陰で支えているのだ。


 結果として、俺はナ・リーグの本塁打王と打点王を獲得した。特に本塁打は52本と、両リーグを通じて断トツのトップだった。

 ただし、打率は一位に遠く及ばず、三冠王には惜しくも手が届かなかった。


 まだプロ3年目の俺には年俸調停権がなく、球団の提示をそのまま受け入れるしかない立場だ。

 それでもGMからは「来季年俸は期待しておけ」と声をかけてもらっている。

 俺は分析チーム全体を食わせているので、いくら年俸があっても足りないのだ。


 表彰式を終えてサンフランシスコに戻る。

 俺のボロいアコードは街ではちょっとした名物で、信号待ちのたびに誰かに声をかけられる。


 せっかくだから、久しぶりに社屋にも顔を出してみた。

 中に入ると、俺に気づいた社員たちが拍手で迎えてくれる。数か月ぶりだが、スタッフの顔ぶれは大きく変わっていた。大学生アルバイトが多いため、入れ替わりは避けられない。

 それでも属人化せず仕事が回っているのは喜ばしいことだった。


 そこへ、奥の部屋から山本先輩が現れた。

 高校・大学とずっと世話になり、アメリカにもついてきてくれた頼れる先輩だ。今はスタッフの一人と結婚していて、俺も試合の合間を縫って式に出席し、祝辞を述べた。


 珍しく、山本先輩の方から声をかけてくる。


「庄内くん、おめでとう」

「ありがとうございます。タイトルは完全にチームのおかげです」


 俺が英語で「Thanks to everyone!!」と叫ぶと、社内から歓声が上がった。

 ふと、懐かしいマシンが目に入る。


 ――Sun-3。


 大学時代の愛機は、いまもデータ入力機として現役だった。

 狭い部屋で、慣れない英語に苦労しながら、Sun-3と向き合っていた日々。あの頃を思い出し、胸にこみ上げるものがあった。


 スタッフ全員と抱き合い、旧交を温めていると、出勤してきたスタッフと話していた山本先輩が、再び声をかけてくる。


「あの……外が大変なことになってるけど」


 ブラインドの隙間から外をのぞくと、俺が社屋に入るのを見たファンたちが、どっと詰めかけていた。

 この建物には「Shonai」の看板が出ているため、近所では俺の会社だと知れ渡っているのだ。


 社員の一人に整理をお願いし、家で待つ妻に電話を入れて事情を説明する。

 マジックペンを右手に、俺はサインの準備をしながら階段を降りていった。


 今夜は、ちょっと帰るのが遅くなりそうだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 家のドアを開けると、二匹の子犬が尻尾をぶんぶん振って飛びついてきた。

 家で留守番の多い先輩のために飼い始めた、ゴールデンレトリバーだ。


 しばらく帰れていなかったが、俺は昔から動物に懐かれるタイプ。

 飛びかかってきた二匹を抱きしめ、思う存分かわいがる。


 男の子が「Ubuntuウブントゥ」、女の子が「ラブリー」。

 ウブントゥは俺が名付けた。南アフリカの言葉で「他者への思いやり」という意味だ。


 じゃれ合っていると、玄関に先輩が顔を出した。どこかいつもと様子が違う。

 少し緊張しているようにも見える。

 とりあえず、抱きついて先輩成分を補給する。


「毅くん! 二冠王おめでとう!」

「ありがとうございます。先輩のおかげです」


 先輩が作ってくれたイワシのパイをつまみながら、テレビを眺める。

 画面には授賞式で表彰を受ける俺の姿。堂々とした表情で盾を受け取っていた。


 日本で支えてくれた人たち。母さん、高校の仲間、大学の先輩、そしてファンのみんな。

 海の向こうで、この映像を見てくれているだろうか。


 この時代に、何のために生まれてきたのか分からなかった。

 ただ、目の前の野球に必死で取り組んできた。

 精神論ばかりが先行する野球界に戸惑いもしたが、その熱気はいつも俺に力を与えてくれた。

 だからこそ、ここまで走り続けてこられた。


 メジャーに来てから出会ったチームメイトたち。

 夢を掴むために、体に害があると知りながらステロイドを打ち、プレーを続ける者もいた。

 仲良くなったアブレイユは、ドミニカに残してきた家族のために必死にプレーしていたが、今はマイナーリーグにいる。

 すべての選手が成功するわけじゃない。努力が報われるとも限らない。プロの世界は、実力だけが物を言う厳しい場所だ。

 華やかなメジャーの舞台の下には、数えきれないほどの夢の残骸が転がっている。


 物思いにふける俺の膝に、ウブントゥが飛び乗ってくる。

「お前はほんと、かわいいな」

 パイから飛び出たイワシの頭をちぎって与える。

 それを先輩が、苦笑しながら見ていた。


 食後、先輩が少し決意を込めたような表情で、俺に向き直る。


「毅くん、あのね……。昨日ちょっと体調悪くて、お医者さんに行ったの。そしたらね」

「……?」

「赤ちゃんがいるみたい」


 その言葉に、俺はしばらく固まった。

 中盤戦から二人で話し合って妊活を始めていたが、まさかこんなに早く結果が出るとは。


 動揺した俺は、慌てて先輩の手を握る。

「本当ですか!? どうしよう……男の子だったら名前はFedoraとか、どうですか!?」


 先輩は俺の予想外の反応に吹き出していた。

 俺がこんなにうろたえるのは、珍しいらしい。


「もう、落ち着いて。まだまだ先の話でしょ。……それに、毅くんにはもう絶対に名前つけさせないって決めてるから」


「そもそも、Ubuntuって犬の名前としてどうなのよ。発音しづらいし」

 そう文句を言う先輩に、ウブントゥが呼ばれたと勘違いして嬉しそうに寄っていった。


 母さんと二人三脚で始まった、俺の野球人生。

 仲間が増え、別れもあり、そして――家族ができた。

 これから、家族がもう一人増える。


 灼熱の昭和は終わり、始まったばかりの平成は前途多難だ。

 でも、先輩がいてくれれば。仲間たちがいてくれれば。

 きっと、やっていける。


 ――本編 完


【あとがき】


 ここまで、全72話にわたる本作をお読みいただき、本当にありがとうございました。


 当初は50話ほどでさっと締めくくる予定でしたが、皆さまから寄せられる数々のコメントが嬉しくて、ついつい筆が止まらなくなってしまいました。


 とはいえ、本編でメジャーリーグのシーズンを毎年描き続けていくと、どうしても展開が似通ってしまい、やがて読者の皆さまの興味も離れていってしまうだろう――そんな思いから、一度ここで物語を一区切りとすることにしました。


 高校時代や大学時代の描写がややダイジェスト気味になっていたのも、そうした構成上の理由によるものです。

「野球」を「小説」というかたちで描く難しさに、日々悩みながら書いていました。


 今後は「外伝」という形で、庄内くんの現役時代の裏側や、引退後の姿を描く連載を続けていく予定です。


 物語の中では、灼熱の昭和が終わり、激動の平成が幕を開けました。

 バブル崩壊、IT革命、9.11――たった30年しかなかった平成の間に、世界は幾度も変革を迫られました。

 そんな時代の中で、庄内くんがどんな歩みを見せるのか、楽しんでいただければ幸いです。


 改めまして、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 皆さまからいただいた感想、レビュ一つひとつが、執筆の大きなモチベーションでした。

 ちなみにカクヨムでは7話ほど番外編をすでに投稿しているので、なろうにもそのうち投稿します。

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― 新着の感想 ―
なかなか楽しめました。 でもこんだけ稼いでいて安月給とは? セレブらしく生活するならともかく
お疲れ様でした。とても楽しめました。
え。いつの間に本編だったんですか。 ずっーと序章だったので、この後日本球界に帰ってからが本編なのかなと思ってました。
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