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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
メジャー編

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第66話 握手会

 俺は悩んでいた。今度開催する握手会に来る人数が多すぎるのだ。


 グッズ販売は非常に順調らしい。

 その起爆剤になっているのが握手会だ。

 庄内グッズ10個買うと握手会に参加でき、30個買うと、記念撮影とその写真へのサインが付く。

 グッズはボッタクリ価格なのであんまり売れないと思ったが、もう小売りには在庫がなくて問屋に矢のような催促が来ているらしい。

 想定外に売れすぎて出荷制限をしているんだ。すまない。


 グッズの中で最も単価が安く、嵩張らない爪切りが特に売れているんだとか。一つ1200円するんだけどな。この商品は一個売れると俺の懐に500円入る。

 グッズは合計で40万個売れているので単純計算だと、最大4万人が握手会に来る計算だ。

 握手会目的でなく、普通に買ってる人もいると思うので会場に来るのは2万人程度と見込んでいる。


 東京大阪で合計4日間、大きめの箱を抑えて、握手会を予定している。

 ただ、思ったよりも握手会の来場人数が多くなった事で計画の修正を余儀なくされている形だ。

 特定の日に固まって来場者が来てしまえば、キャパオーバーが発生する可能性がある。握手会に来て握手できないって信用問題なんだよなぁ。

 ボトルネックになってるのはやはり、俺との握手時間だ。一人10秒だがチリが積もれば山となる。やっぱりここを改善する必要がある。

 俺の10%、5%でもいいから握手会の来場者を分散する事ができる人はいないだろうか。

 いいアイデアを思いついて、電話機に手を伸ばした。知り合いの西武スカウトの個人の電話番号だ。


「もしもし、庄内毅と申します。相澤スカウト、お久しぶりです。岸原君の電話番号分からなくて困ってるんですけど、教えてもらえますかー?」


 電話先のスカウトは仰天したようで、電話越しにバタバタ物音がした。なんか、いきなり大物芸能人から電話かかってきたような驚きようだな。

 高校時代は俺を視察に来た彼とグラウンド脇で仲良く雑談する仲だったのに距離を感じる。

 少しして電話番号を教えてもらう事ができた。

 無事、目当ての番号を手に入れた俺は電話をかけた。


「あー、岸原君。庄内だけどオフ暇? 日給300万で4日間バイトしない?」


「てめー。5年間一度も連絡して来なかったのにいきなりなんじゃボケ。喧嘩売ってんのか」


 めんどくさい彼女みたいなキレ方をしてきたが、最終的には日給プラス超高級焼肉を奢る事で合意する事ができた。

 よし、これで来場者の5%くらいを岸原に誘導する事ができるのではないだろうか。安全マージンとしては十分だ。

 俺のグッズを買って岸原と握手するのは変な話だが、一部のファン層は重なっているはずだ。


 俺の前の行列は多分極端に長くなる。なので妥協する人も多いと思う。

「庄内選手との握手は2時間待ちですが、岸原選手なら10分待ちです。しかもサイン付き」ってアナウンスされたら、心揺れる人は多いだろう。

 行列というのは苦痛だ。なんとかしてあげたいな。先輩と相談してみよう。


 グッズは予想以上に売れているが、会場費、人件費、岸原のギャラを引くと最終的な黒字は1億程度かな。

 正直いうと、これだけの労力を使って大掛かりに商売して、この程度の利益では商業的にやる意味はほぼない。

 CM出演を一本増やせば簡単にこれくらいの利益は手に入る。

 正直、妻からは握手会に反対された。理由は警備だ。俺の身に何かあったらどうするんだと。


 でも俺は押し切った。

 肖像権を使った商売があまり盛んではないこの時代。こういった強硬策を使ってでも、それを広めたいのだ。

 例えば、キューバの有名な革命家のように。俺の顔写真がTシャツに印刷されて、それがカッコいいと思えるような流行を作りたい。

 野球はおじさんだけが好きな、時代遅れなものではない。カッコいいスポーツだ。

 それをもっと広い層に伝えなければならない。


 例えば爪切り。同じものを大量に買ったファンはきっと周りに配ってくれるだろう。

 配られた人の中には野球を全く知らない人もいるはずだ。でも、爪切りするたびに見かける謎の人物に興味を持つのではないだろうか。

 こういった小さな積み重ねからファンは生まれると思っている。


 それにファンサービスの意味もある。

 Jリーグ最盛期、野球がサッカーに負けたのは距離の近さの違いだと思っている。

 ファンとの一体感、地域密着。野球選手は長年の人気に胡座をかいているのではないか。

 もっと野球選手はファンの近くまで降りてくるべきだ。


 俺は2万人の人生の中の1シーンになりたい。

 握手会にきたファンはテレビで俺を見るたびに家族友人に言ってくれるだろう。

「私は庄内選手と握手した事があるんだよ!」と。


 俺は地球上で最もファンを大事にするスポーツ選手になる。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 週刊ベースボールウェンズデー 11月1週号


 幕張メッセ国際展示ホールの一角が、かつてない熱気に包まれていた。庄内毅選手の握手会――発表によれば、この日の来場者は7053人。展示会に匹敵する規模だ。


 アイドル文化では定番の握手会も、プロ野球選手が主催するとなると前例はない。庄内選手は記者の質問に対して意図を明確に語った。


「最近の野球選手はファンとの距離が遠すぎる。僕は"会いに行ける野球選手"になりたい」


 入場こそ無料だが、握手にはグッズの購入証明が必要だ。物販ブースは朝から大盛況。パーカーは12000円という高い値付けにもかかわらず午前中で完売し、Tシャツや小物類も品薄状態。


 会場でひときわ目を引くのは、長く伸びた行列だった。「庄内選手 3時間半待ち」「岸原選手 30分待ち、サイン付き」と掲げられた案内板が、訪れたファンたちを迎える。


 岸原選手――日本球界のスターであり、庄内選手とは高校時代からの旧知の仲。関係者によれば、行列の長さによる体調不良者発生のリスクを懸念した庄内選手が、列の分散を目的に急遽招いたのだという。


 金属探知や持ち物確認を終えたファンたちは粛々と列を進む。女性の割合がやや多く、年齢層は子どもから高齢者まで幅広い。行列の途中には大道芸人や手品師などが配置され、待ち時間を和らげる工夫が光っていた。


 握手会の主役、庄内毅は行列の果てにいた。ナ・リーグ新人王。甘いマスクとクールな雰囲気、ファンへの誠実な姿勢が支持され、今や日本で最も人気のあるスポーツ選手である。


 一人の女性ファンが涙ぐみながら語る。「高校時代からずっとファンで、深夜でも試合は欠かさず見ています」

 庄内選手は笑顔を浮かべ、穏やかな声で応える。「ありがとう。君みたいな素敵な女性に会えて嬉しいよ」

 彼女は10秒を過ぎても離れようとせず、最終的には「はがし」役のスタッフに優しく誘導されていた。


 グッズ30個購入者には、記念撮影とサインの特典も付く。爪切りを30個買ったというマダムは、庄内選手と並びポラロイド撮影に臨んでいた。写真が排出されるまでに握手をして、排出後すぐにその裏面にサインを入れるという無駄のないオペレーションに感心させられる。


 庄内選手は語る。「ファンを集めるということは、その安全に責任を持つことでもあります」

 彼の言葉は、ファンへの強い誠実さを感じる。


 彼の存在はメディア業界にも絶大な影響を及ぼしている。あるテレビ局はバラエティ初出演のために出演料2億円を提示したという。NHKの深夜中継ですら驚異の視聴率を叩き出す「視聴率男」の動向は常に業界の注目の的だ。


 朝からほとんど休憩も取らずに対応し続ける彼の表情に疲れはない。それがトップアスリートの体力ゆえか、それともファンへの深い敬意によるものか。会場をあとにするファンたちの笑顔が、その答えを物語っていた。


(次号に続く)


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 握手会四日間を乗り切って、ようやくホッと一息つけた。いろいろと問題も起きたが、我が社の副社長であり、妻でもある先輩の有能さに助けられ、なんとか完遂することができた。


 あらためて思う。大勢の人を集めるというのは、想像以上に大変だ。数万人規模のライブをこなすアーティストや、アイドルグループを本当に尊敬する。

 イベントの運営は、当日限定のアルバイトばかりを動員する中で成り立っていて、個人の力量ではなく、仕組みの力で大量の来場者を捌かなければならない。


 会場では予想以上にグッズの売れ行きがよくて驚いた。直販だから利益率も高く、会場費の大半はペイできたんじゃないかと思う。

 特にうちのプライベートブランドから出した衣料品は、全品完売。

 冗談でラインナップに入れていた本革の指貫グローブまで完売していて、思わず笑ってしまった。あれを街中で着けてる人を見かけたら、爆笑してしまうな。


 どうやらブランド全体で需給バランスが崩れているらしい。需要を読む事は本当に難しい。できることなら、多くの人に行き渡ってほしいけど、在庫を抱えるリスクを考えると、簡単に増産ともいかない。売れ行きを見て追加生産をかけてるらしいが、しばらくは転売屋が儲ける構図になってしまいそうだ。


 それにしても、握手会に岸原を呼んだのは正解だった。大阪会場の一日目はあいにくの雨で、二日目に客が集中した。もし彼を呼んでいなければ、完全にキャパオーバーになっていたかもしれない。想定以上の来場者を吸い取ってくれた彼は、まさにパ・リーグを一人で支える男、大阪が産んだスーパースターだ。


 大阪でのサイン会が終わったあと、岸原とふたりで北新地の高級焼肉店に行った。めちゃくちゃ愚痴られた。まるで面倒くさい彼女かってくらいに。ホーム球場への不満、周囲の期待の重圧、そして巨人への憧れ……。


 西武球場のことを彼はボロクソに言っていたが、俺はけっこう好きだ。

 西武の本拠地は埼玉のクソ田舎にある。

 春は森林浴するのに最適だ。何しろ、球場はスギとヒノキの人工林のど真ん中にある。自然への感受性の高い人は、涙が止まらないほど感動すること間違いなしだ。


 周囲の期待については、同情する。今の西武はまさに黄金時代。今年の日本シリーズでは巨人を相手に4連勝で日本一。岸原はその中心選手で、来季からは一億円プレーヤーだ。


 西武グループにとって一億円という年俸は、決して安くはない。年初の日銀による総量規制の発表で、日本経済は急速に冷え込みつつある。不動産投資にのめり込んでいた西武グループは、決して余裕がある状況じゃないはずだ。そんな中での一億円。つまり、彼への期待の現れだ。その重さに、彼は押しつぶされかけていた。


 そんなことを思いながら、ふと我に返る。いや、ちょっと待てよ。なんで俺が一億円プレーヤーに高級焼肉を奢らなきゃならないんだ?この肉、一枚で四千円するんだけど。貧乏な庄内君には痛すぎる出費だ。ヨヨヨ…。


「てめーの来季年俸は二億で、オフに八億のCM契約があるってきいたんだが」


 岸原に痛いところを突かれた。ちなみに、今年の俺のオフ契約は合計十一億なので少し間違っている情報だ。




 そろそろ実体経済に見合わない投機は弾けるだろう。これから日本には長い氷河期が来る。企業も広告に金を出す余裕はなくなる。今年が最後の稼ぎ時。だからこそ、やれるだけやった。


 岸原とは来週、日米野球で再び顔を合わせる。実は俺、メジャー選抜に選ばれてるんだ。あの高校野球の熱い対決が、また再現できる。彼のスケジュールが取れたのも、日米野球の直前だったからこそだ。普通ならこの時期、自主キャンプに入ってるもんな。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 おまけ掲示板回

「掲示板に出没する庄内君」


 ⸻

 ★タイトル:阪急田中投手の思い出を語るスレ(コメント数:350)

 ★投稿者: ぽなんざ

 ★本文:

 一昨年に引退してしまった史上最強のアンダースロー投手である田中選手について語ろう


 コメント1:

 メジャーリーガー召喚の儀式やめろ


 コメント3:

 このSIGで阪急やオリックスのスレを建てると高確率で推定年収10億の大物メジャーリーガー呼び出せるの笑う

 不人気球団なのにそのせいでスレ一覧に5個も関連スレあるし


 コメント4:

 庄内くんの野球日記SIGのはずなのに一覧が雑談スレで埋め尽くされてる


 コメント8:

 だってこのSIGの管理者である庄内くん、どんなスレも消さないもん

 そして運営も庄内君に注意できないからVANで一番の無法地帯に


 コメント9: (投稿者:庄内毅)

 田中投手、僕の中では永遠に最高の選手ですね。

 オリックスへの球団継承前に、えんじ色のユニフォームを着たまま引退してしまったけど、それも一つの美学だと思います。

 僕はまだまだやれると思ったんですけどね。

 背番号17を勝手に継がせてもらいましたが、その時に田中選手の熱い思いも一緒に継いだつもりです。

 貰ったサイン入りのユニフォーム、今でも部屋に飾ってますよ。

 来年からオリックスの本拠地はグリスタに変わります。

 でも、田中投手と西宮球場の外野席で一緒にしたBBQは僕の中で一生の思い出です。

 ありがとう田中投手。ありがとう西宮球場。


 コメント18:

 メジャーリーガー召喚の儀はあっさりと成功しましたね


 コメント56:

 思ったよりも庄内君の思い出が濃い。

 ところで、球場ってバーベキューするところでしたっけ


 コメント106:

 長文書いてないで練習しろよ大リーガー


 コメント195:

 待って、みんな見過ごしてるけど

 庄内選手の背番号の由来って初出情報じゃない?

 17って田中投手の番号?


 ⸻

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