第64話 シーズン後半
ゴソゴソ。
今日は久々の休みなので、俺は先輩のタンスを開けて私物を漁っていた。
これは俺の数少ない趣味のひとつだ。
2日前から先輩は、隣の州で開催されているテニスの大会に出かけていて不在だ。
今日は休みで応援に行こうと思えば行けたんだけど、明日のホーム戦に向けて体を休めたかったので、長距離移動はやめておいた。
朝から、先輩からの電話が何度も鳴っている。
「生活できてるのか」と。心配性のお母さんかな。
どうも先輩は、俺のことを「料理ができない、家事ができない、英語も怪しい、野球馬鹿」だと、思っている節がある。
たまに一緒にいると、まるで親鳥に餌を与えられている雛鳥のような気分になる事もある。
でも実際は違う。俺だって、大学時代に一人暮らししていたこともあるのだ。
ただ、先輩が「仕方ないなぁ」なんて言いながら、嬉しそうに俺の世話を焼く姿を見るのが好きなので、その楽しみを奪わないように、俺はあえて生活力ゼロのふりをしてるだけだ。
遠く離れた先輩に生活力を見せつけるかのように、電話の受話器を取った。
「喂,您好,我想叫外賣」(こんにちは、宅配をお願いしたいんですが)
「我要一份宮保雞丁,一份炒飯,一瓶可樂」(宮保鶏丁を1つ、炒飯を1つ、コーラを1瓶お願いします)
俺のアメリカ生活は長い。
いつの間にかフレーズを覚えて、出前を頼むことすらできるようになったのだ。ただ、このフレーズ以外覚えてないから、いつも同じものが来る。
ナッツと一緒に炒められた鶏肉とチャーハンだ。他のものも食べたいんだが、フレーズはこれしか知らない。この店は英語通じないし。
サンフランシスコは中華料理屋が多いし、割と日本人の口にも合う。
後で先輩から電話かかってきた時に一人で出前取れることを自慢しよっと。
先輩は今年から趣味のテニスを再開した。時々、本当に趣味のレベルなのか? と思ったりもする。なんかこの前プロと戦ったとか、嬉しそうに言っていたけど……。
やたら費用が高くて、入るのに試験がいる謎のテニススクールに通ってるし。
先輩は生来の陽キャなので、友達をすぐに作る。この前もテニス友達を二十人ほど呼んで近くでBBQパーティーをしていた。そんなにどうやったら短期間で仲良くなれるんだろう。
俺なんて何年もアメリカにいるのに、一人と二匹しか友達ができていない。
ゴソゴソ。お、これは見たことがないブラだ。新しく買ったのかな。
新作ブラをソムリエとして品評する。リボンついててかわいい。これは前に褒めた下着と、同じ系統のものな気がする。
ただ、常にお姉さんぶりたい先輩にとっては、可愛すぎるデザインかもしれないな。それがお披露目が遅れている原因だろう。恥ずかしがる先輩。可愛い。
最近は週刊誌の記者がアメリカまで来て俺の周りを嗅ぎ回ってる。BBQパーティーに誘われた時に俺が行かなかった理由でもある。決して、陽キャアメリカ人のノリが怖かっただけじゃない。
外にいると、週刊誌の記者がすぐに突撃してくるんだよなぁ。
幸い我が家は守衛付きの高級アパートで、かなりセキュリティが高い。駐車場から車を発進させた時に、週刊誌の記者に突撃されることもあったが、日本語が分からないフリをしていたら、警備員がすぐ駆けつけて引き離してくれた。
野球雑誌の記者とは違う突撃するスタイルの取材方式にビックリだ。
俺の周りを嗅ぎ回っている記者の数を見る限り、結婚していることがバレるのは時間の問題だろう。でも、少なくとも、CMの契約を結んでからバレたい。もう少しでオフの広告の大型契約は結び終わる。
今年の契約は数自体は去年に比べると激減している。しかし、その単価や質が段違いだ。
今年のオフはしょうもない醤油噴霧スプレーや、評判の悪い味噌ラーメンなどを宣伝する必要がない。今から撮影が楽しみだ。
今の家は気に入っているが、そのうち引っ越さないといけないだろう。この賃貸住宅は犬が飼えないのが大きな理由だ。
先輩も俺も動物好きだ。次に買うなら、高級住宅街にある一軒家だな。
アメリカでは、街丸ごとが塀で囲まれて、セキュリティの高い住宅街がある。今年のオフにはかなりの金が入るので、そこに引っ越す予定だ。
目星をつけているのは、テニスコートがついた立派な家だ。とはいえ、俺は多分FAで他の球団に行くことになるので、すぐ売ることになると思うけど。
先輩のテニスへのガチりぶりや、今の生活の不安定性を見る限り、子供はまだいいかなと思っている。
だから、先輩が寂しくならないように犬を飼いたい。
残念ながら、俺は遠征が多い。これはもう仕方がないことだ。
犬がいれば、きっと寂しくないはずだ。
飼うならレトリバーがいいな。頼りになる番犬だし、かわいい。
ベッドに腰掛け、新作のブラを目の前に掲げながら、アメリカでのこれからの二人の生活について思いを巡らす。
平和な休日が過ぎていくのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
オールスターが終わり、後半戦が始まる。
チームは上位ではあったが、優勝争いには少し手が届かないところにいた。
相変わらず貧打なチームなので、仕方がないのかもしれない。
この貧打で去年はなぜワールドシリーズに行けたのか、俺にはよく分からない。
去年から大きな補強もできていない。FAで36歳の控えキャッチャーを一人補強しただけだ。俺以外の新人もレギュラーにはいない。
今日はヒューストンでのビジター戦だ。
相手は今年はそこそこ頑張っているが、そこまで強い球団ではない。史実通りならワールドシリーズの覇者になるのは30年後になる。
今の時点では、まだ真の力を手に入れていない弱小チームなわけだな。
先発投手はデイビス。今季は2回目の対決だ。
実はこの投手との2回目の対戦を心待ちにしていた。
現時点で初めてと言っていいほど丸裸にできている選手との対戦だからだ。
分析するのに最低限必要だと思っている情報が揃っている数少ない投手とも言える。
試合前のロッカールーム。最後の復習として俺の愛機、ノートパソコン東芝T-100SEでレポートを開く。
この機体を買ってから、遠征先でのデータの確認がかなり便利になった。
チームメイトから怪訝な目で見られているが、聞かれるたびに「日本ではこれが普通だ」と答えている。許せ、後続の日本人メジャーリーガーたち。
便利だとは言ったが、この世界初のノートパソコンにはいくつか不便な点もある。
このPCはさすがに画像を写せるほどの解像度はない。
なので、投手フォームなどは別にあるビデオで確認する必要がある。さすがにビデオデッキは球場には持って来ていない。
ホテルではすでに見たが。変化球ごとのリリースポイントやフォームが、左右で比較する形で編集されていて感動した。山本先輩はビデオの編集ができる人を雇ったのかもしれない。
ネクストバッターズサークルは投球が見れる特等席だ。事前のレポート通りだな。
まず速球。平均球速は85マイル。メジャー平均と比べると決して速くはない。
特徴的なのは、高めの空振り率がほぼ皆無な点だ。
一般的な投手は高めで三振を奪うが、デイビスの速球は回転数が不足している。代わりに軸がブレていて、バットに当たる時にゴロにさせる。
近年、流行っているツーシームと分類してもいいだろう。カウントを稼ぎ、打たせて取る球だな。
次にスライダー。これは彼の決め球で、全体に占める空振り率は40%を超える。
リリースから6フィート地点、「トンネルポイント」でのストレートとの偏差が極めて小さいことが、空振りが取れる原因だろう。
他に変化球は数種類あるが、スライダーほどの良い球ではない。もちろん、それは彼自身も分かっているだろう。それが分からないようでは、メジャーに残れない。
打席に入る。狙い球はツーシームだ。
最初はスライダーでボール。振らせてカウントを取りたいんだな。もう一球続く。
ボールだと思ったけど、主審にストライクを取られる。酷い判定だな。うーむ。計算が狂った。
次は見せ球のカーブ。この球は最初からストライクゾーンに入れる気がなさそうだ。
俺を研究してるんだろうな。俺は、カウント稼ぎになんとなく投げられたカーブを捉えてヒットにするのが得意だ。
そして、次の球は狙いのツーシームが来る確率が高いはずだ。予想通り、低めで打たせにきた。これを狙っていた。強く振り抜く。
メジャーリーガーが投げる球といえばツーシーム、そう言った印象を持っている人は多いだろう。だが、正確ではない。
2020年代、ツーシームを投げる投手は最盛期より極端に減った。
その理由は天敵──フライボール革命のせいだ。
2015年にメジャーの全投球の25%を占めたツーシームは、2023年には15%まで減った。
減るだけでなく、その投球内容も変わっている。95マイルを超える球が主流化しており、下方向への変化が極端に減少した。つまり、デイビスのような選手は絶滅してしまったわけだ。
理由はなぜか?ツーシームは打ち上げられると簡単に長打になってしまうからだ。
遅いスピードで投げられる、ゴロを目的としたツーシームは、打ち上げられた時にホームランになる確率が高い。こんなふうに。
打球の行方を見てホームランを確信した俺は、ゆっくりと一塁に向かって走り始めた。
この試合はナイターゲームなので、時差の関係で日本での視聴率は高いはずだ。
ベンチ前のカメラに、そして日本のファンに向けて決めポーズでアピールする。これで今年の広告収入は安泰だな。
これでチームは逆転。このチームは、中継ぎがいい感じだから、多分勝てるだろう。
カクヨムで新作始めたのでもし良かったら見てください!
また何か釣っちゃいました? なぜか俺だけ古代生物が釣れまくる件
https://kakuyomu.jp/works/822139836829561446




