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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
メジャー編

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62/81

第62話 2年目開始

 スプリングトレーニング。

 バックネット裏で巨大なハイスピードカメラを構えているオッサンがいる。俺が雇ったカメラマンだ。

 事前にこの試合の主催であるウチの球団には許可を取ってある。それにも関わらず警備員に何度も声をかけられている。あ、連行された。


 テレビ中継の映像を分析するのも大事だが、それだけではどうしても限界がある。中継カメラは超遠方の望遠レンズからの映像なので、距離感が圧縮されてしまい、細かい挙動が潰れてしまうのだ。投手によってリリース角度もリリースポイントも違うし、加えてトンネルポイントでの球のばらつきも把握したい。


 トンネルポイントというのはSABR──アメリカ野球学会──が提唱した比較的新しい概念だ。耳慣れない学会かもしれないが、近代野球に触れている人なら必ず耳にしたことがあるはずだ。「セイバーメトリクス」。セイバーとは、英語だとSABRと書く。SABRが生み出した野球指標、それがセイバーメトリクスだ。

 打席に立つバッターが振るかどうかを判断する上で、材料としているのがこのトンネルポイント時点でのボールの位置となる。極めて重要な概念だ。位置的にはマウンドとホームベースの中間あたりになる。


 優秀な投手ほど、トンネルポイントでの球筋のばらつきが小さいことが現代野球では知られている。失点との相関もあるが、特に三振率との相関が極めて高い。

 野手はトンネルポイントでボールを見極めているので、ここでの違いを感じられないと三振しやすくなるということだ。

 もちろん、この時代にトンネルポイントという概念はない。それでも、一流の投手コーチは経験則的にそれを小さくするような投球を指導していた。


 リリースポイントのばらつきと失点は意外と相関が低い。つまり、リリースポイントを多少犠牲にしてでもトンネルポイントのばらつきを減らすことができれば、理論上は失点を減らせる可能性がある。ただし、意図的にやればすぐに攻略されるだろうが。


 俺は今日、その分析の第一歩として大型カメラを客席に持ち込んだ──まあ、結果的には警備員に連行されたけどな。

 試合後、球場の外でカメラを返してもらいながら、カメラマンに散々愚痴を聞かされる。

 正直、現状の設備では投手を完全にトラッキングするのは不可能だ。球場そのものにセンサーやカメラを組み込むような改造が必要になる。とはいえ、このカメラでも球の回転方向や回転数は読み取れる。


 俺は野球を数字にする。そして、数字を分析して勝つ。それが俺のやるべき仕事だ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 スプリングトレーニング中、滞在先のホテルで休憩していると、ホテルのスタッフが手紙を届けてきた。

 スタッフの訛りが強く、何を言ってるのかよく分からなかったが、どうやら先輩が自宅に届いた郵便を転送してくれたらしい。

 なになに。


 「第二回 86年卒 飛鳥台高校野球部同窓会のお知らせ」


 あれ、第二回……? 第一回に呼ばれてない気がするんだが。

 まぁいいや。どうやらオールスター休暇の土日に、近鉄奈良駅前で同窓会をやるらしい。

 確かに、プロに行ったやつが一人か二人くらいいたから、普通の土日じゃ集まれないんだろうな。


 でも、それはちょっと無理だなと思っていたら、当時のキャプテンからの直筆の手紙が同封されていた。

「来ることが出来ないのは分かってるから、ビデオメッセージだけくれ」──そんな内容だった。


 仕方ないな。

 俺は部屋の隅に置いていたビデオカメラを三脚にセットして、ビデオメッセージを撮り始める。


「ごめん、同窓会にはいけません。いま、アメリカにいます。」

「本当は、あの頃が恋しいけれど、でも……

 今はもう少しだけ、知らないふりをします。

 俺の打撃も、きっといつか、誰かの青春になるから。」


 こんなもんでいいか。ビデオメッセージなんて内容はなんでもいいだろう。

 適当に撮った二分ほどのビデオをそのまま梱包する。

 このビデオカセットは、もともと自分の守備を分析するために撮ったもので、それに上書きしてメッセージを録った。

 だから俺のメッセージが終わった後、延々と俺のノック練習の守備シーンが流れ続ける。

 まぁ、メジャーリーガーの華麗な守備が見られるなら、同級生たちも本望だろう。


 キャプテンの住所を書き、UPSの国際便で送るようホテルスタッフに頼んでおく。

 アメリカ人はサービスが悪いとよく言われるが、それは誤解だ。チップさえ渡せば、いくらでも動いてくれる。

 日本のホテルじゃ、こうスムーズにはいかない。


 同窓会かぁ。

 高校時代の思い出は、やっぱり宝物だ。

 同期のプロ野球選手・浜田だけじゃなく、あの頃ライバルだった連中とも、もう長いこと会えていない。


 オフの雑誌のインタビューで「まだ胸を張って会いに行けない」と答えたのは、本心だ。

 俺はまだ、メジャーのレギュラーに定着できていない。野球っていうのは、シーズンを通じて戦うスポーツだ。

 どんな成績でもいいから、一年間をメジャーで戦い抜いて、そして会いに行こうと思う。


 特に浜田には、500円を貸したままだ。

 理由をつけて返してもらっていない。返済してもらわないと。

 トイチの金利の約束で貸したので、既に返済額は4年間で11億円まで膨らんでいる。浜田に会ったら耳を揃えて返してもらわないといけない。


 オフに手にした三億円のCM収入だって、自分の実力だけで得たものだとは思っていない。

 高校野球、六大学野球、そして数えきれない先人たちが築いてくれた野球人気に、俺はただ乗っかってるだけだ。


 だからこそ、日本球界に、ちゃんと恩を返したい。

 次のシーズンオフには、案件の件数を絞って、野球教室やファンとの交流の時間を増やすつもりだ。


 それだけじゃない。もっと長期的な形での貢献も考えている。

 これから訪れるであろう野球人気の低迷──その兆しはもう見えている。

 極端に巨人中心だった人気構造、そして地上波の放送に甘え続けてきた球界全体の怠慢。

 時代の流れに取り残されているように思える。

 でも、俺は悲観していない。

 これからネットの時代が来る。間違いなく、爆発的に広がる。

 そこに可能性がある。ネットの力を使って、もっと自由に、もっと多様に、野球を発信していける時代が来る。


 その中で、俺自身の経験や立場、そして稼いだ資金を使って、野球を広げたい。そんなビジョンを、俺は持っている。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 2年目のシーズンが始まった。

 去年の俺はほぼノーデータ状態で戦っていたから、反射とフォーム分析を武器にして打席に立っていた。俺の打撃結果をヒートマップにして表示してみると、外角低めは明らかな弱点だった。逆にインコースは高打率を残していたから、自然とそっちを待つ打撃になっていた。


 プロでは、弱点を突かれるのが当たり前だ。アマチュアなら長所だけで押し切れるが、プロは短所を潰さなければ生き残れない。相手がそこを狙ってくる限り、得意ゾーンを待っている暇はない。


 贔屓球団の期待の新人がオープン戦では打ちまくっていたのに、開幕すると鳴かず飛ばずになる。そんな経験をしたことはないだろうか。弱点を徹底的に突かれることは、プロの洗礼であり、新人にとって最初の関門である。そして、それは俺にとっても例外ではなかった。


 開幕10試合、成績は2割前半。

 得意ゾーンへの投球は少なくなり、アウトコース中心の投球を続けられている。監督の視線も冷たくなってきた。

 スポンサーの年間CM契約や、NHKの張り切った中継枠を考えると、スタメンから外れるわけにはいかない。


 ビジターでの試合が終わった直後、山本先輩がホテルの部屋を訪ねて来た。手にはフロッピー3枚とVHS1本。フロッピー1枚目は飛鳥台時代の解析ソフトからビューワー機能だけを抜き出したもの。残り2枚は今後3試合の予想先発投手の分析データ。そしてVHSにはテレビ中継だけでなく、正面から撮影された貴重な映像が入っている。


 ノートPC、東芝T1000SEにフロッピーを挿す。A4サイズで3kgと軽量(笑)、6.1インチの大型(笑)ディスプレイ。iPhoneの画面と同じ大きさだと考えれば、その小ささがわかるだろう。それでも「持ち運べるコンピュータ」というのは画期的だった。OSはMS-DOS。出先での分析には十分だ。


「ありがとうございます。これで100人力です」

 そう言って、俺はデータの海に潜っていった。これが今の低迷を断ち切る切り札になると信じて。

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