第60話 母校訪問
今日は朝から母親の家に顔を出している。
サンフランシスコでの地震で思い出したことがある。数年後、この辺りには阪神淡路大震災が来る。
尼崎での死者は神戸や淡路島ほど多くなかったはずだが、それでも家屋の倒壊くらいはあったはずだ。
母親には、本気で蹴ったら倒れそうなこのボロ家から引っ越してもらわないといけない。地震の話を持ち出し、先輩にも協力を頼み、新しい家を建てる計画を進めることにした。
母親は今の家に愛着があって、説得には少し時間がかかったが、最終的には同意してくれた。この家は耐震性だけでなく、セキュリティ面でも問題が多い。
俺が高校時代に、雑誌でこの家の住所がさんざん晒されたせいで、今でも聖地巡礼者がよく来るらしい。
実際に滞在中にも女子二人組が訪ねてきた。直接対応したらすごく喜んでいた。
新しい家は今より少し阪急寄りの土地を購入。割高だったが、地価がどんどん上がっている状況では仕方がない。
今年はまだ作らないが、設計的には一階にボウリング設備を作るためのスペースを確保してある。母親の希望だ。今は何もない変な一階がある家になるが、金を稼いで早く完成させてやりたい。
この家は会社名義で建て、母親には社宅として住んでもらう予定だ。俺は常に税金と戦う男、節税には余念がない。
半年後には、一階以外は完成予定だ。これで安心してアメリカで過ごすことができる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は奈良県の橿原の駅に降り立っていた。
母校を訪問するためだ。自慢じゃないが、日本の免許を持っていないので車は運転できない。いずれ外免切替の手続きをしなきゃいけないな。
下校中の女子高生に囲まれながら迎えを待っていると、見慣れた軽自動車が目の前に止まった。
キリのいいところで即席握手会を切り上げ、その軽に乗り込む。
「先生、前よりだいぶ老けましたね」
俺がタクシー代わりに呼び出したのは、飛鳥台高校野球部の顧問だ。古文の教師をしている。
理系コースの俺は授業では接点が少なかったが、土日には近くの練習試合に連れて行ってもらったり、買い物に付き合ってもらったりと、随分世話になった。思えばこの軽自動車にも随分お世話になったものだ。
監督は意外にも老け込んでいなかった。普段から脳みそを使って生きているタイプの人間ではないから老化が遅いのかもしれない。
差し入れのお礼を言われる。
実は事前に大量のプロテインとカップラーメンを送っておいたのだ。カップラーメンは、今度放送されるCMと同時に発売される新パッケージで、俺の顔がどでかく印刷されている。パッケージを集めて応募すると直筆サインが当たる仕掛けつき。これのために100枚もサインを書くのは正直面倒だった。契約金は1億円。
その時にもらった試供品100個を母校に送りつけたわけだ。1個も食べてないから美味しいのかどうかはよく知らない。
飛鳥台の特徴は、なんといっても長髪の選手が多いこと。俺が始めたこの伝統は、近畿中の坊主にしたくない有望選手を引き寄せてきた。それが強さの秘訣だ。野球部だって、坊主にしたくてしているわけじゃない。
卒業後に差し入れどころか連絡一つも寄越さなかったことを監督に責められる。
「俺は飛鳥台のことを一日たりとも忘れたことはありませんよ。アメリカでも甲子園の結果は常に気にしていました」
監督の試すような質問にもスラスラ答える。ふふ、今年の甲子園結果や有望選手は電車の中で暗記してきたのだ。
ふと見ると、練習中の部員たちがチラチラこちらを見ている。
この高校は本当に緩い。だからこそ俺はここを選んだのだ。理不尽や体罰が吹き荒れる時代に、ここまで自由な学校はそうないだろう。
監督との会話を勝手に切り上げ、選手たちを手招きして呼び寄せる。
サインや記念撮影でファンサをこなす。
練習を見せてもらうと、俺たちの頃よりも才能ある生徒が揃っている。何より楽しそうに野球をしているのがいい。高校時代、この監督はベンチで座ってるだけの置物だと思っていたが、こんなチームを作れるとは。意外に名将なのかもしれない。
やっぱり野球は楽しくやるのが一番だ。
さすがにコーラを飲みながら練習する非常識な生徒はいなかったが、水を飲みながらの練習は健在。筋トレの伝統もしっかり受け継がれており、みんな腕が太い。
ただ、データ野球は完全に失伝してしまっていたらしい。監督によれば、数学研究会が完全に代替わりしたあたりで自然消滅したとのこと。
まあいい、筋肉は裏切らない。筋トレしてればそれでいいと思う。
激動の平成に脳筋野球で挑む――ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
この高校に来た主目的は別にある。
数学研究会の顧問に聞きたいことがあったのだ。
職員室に顔を出すと、先生方からやたらと熱い歓迎を受けた。
写真を撮られたり、サインを求められたり――おいおい、勤務時間中だぞ。
まあ、この高校は進学校なので雰囲気がやたら緩い。偏差値が高ければ高いほど校則が緩くなる。これ豆知識な。校則なんてほぼ存在せず、ピアスすらOKだ。実際につけてるやつは見たことないけど。
懐かしい顔ぶれにちょっとした感傷を覚える。
ふと教頭の机の上を見ると、俺が昔そこら辺に捨てた国体の賞状が立派な額に入って飾られていた。どこから拾ってきたんだ…。苦笑いしつつ、その賞状にサインを頼まれたので、書く。
本題に戻って、数学研究会の顧問の居場所を聞くと、すでに退職していた。
しかし、教頭が代わりに俺の求める情報を知っていた。
――俺のデータ分析ソフトをコードに落としてくれた、山本先輩の連絡先だ。
山本先輩は、いつの間にか東大を卒業して消息不明になっていた。
携帯もメールもない時代、連絡先が分からなくなるのは当然だ。その為に年賀状をというシステムが日本中に根付いていたのだと思う。
だが、アメリカまで年賀状を送ってくる奇特な人間はいない。
アメリカで分析拠点を作るにあたり、山本先輩をどうしても招聘したかった。
教頭が少し調べた後、あっさりと実家の電話番号を教えてくれた。
個人情報保護とか難しいことを考えなくても良い、牧歌的でいい時代だ…と思いつつ、連絡を取る。実家経由で現在の電話番号も判明した。
山本先輩は、国の研究機関、電子技術総合研究所に勤めているらしい。後に産総研と呼ばれる巨大研究機関の前身のひとつだ。
これを聞いて少し安心した。――ここは業界内で給料が安いことで有名。つまり、引き抜きやすい。
電子技術総合研究所は筑波にある。筑波研究学園都市。かつて都内の大学を全て移転する構想があった巨大計画都市だ。結局、移転したのは東京教育大学だけだったが、国の研究機関は次々と集まってきている。
アクセスは悪い。つくばエクスプレスもまだない時代だしな。
仕方ない、ウチの社用車で行くか。先輩が買った日産Be-1――レトロな雰囲気で可愛い車だ。若者に大人気でプレミアがついて高かったらしい。洒落ている車だ。
実は先輩は可愛いものに目がない。そんなところも可愛い。
そして――札束で殴りつけた結果、山本先輩を採用する事に成功。
条件は年収1500万円、さらにアメリカの大学院への社費進学つき。
やっぱり、最後は金だよな。




