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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
序章

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第6話 条件付きマルコフ連鎖

 今月から中学生。俺はシニアに上がっていた。


 手元のノートには、3人の保護者が協力してくれたデータがある。兵庫南部支部の8球団、大阪の3球団について、一球ごとの配球記録。客席からの観察なので限界はある。球種は「変化球か否か」、コースもざっくり4分割。保護者の観察眼によって精度にはかなり差がある。


 それでも、自分で取ったデータもある。同じ阪急神戸線沿いにある、神戸ザスパーズ。シニアに上がってからの一番のライバルになるだろう。このチームの数試合は、俺がじかに記録した。これはある程度信頼できる。


 このデータをもとに、条件付きマルコフ連鎖で確率マップを作った。カウントや前球の球種から、次に来る球を確率で予測する。保護者が書いたノートのうち、マップから大きく外れているものは信頼できないと判断する。


 ある保護者のデータは、コースの誤差が大きいが、球種の傾向は意外と合っていた。もっとひどいと思っていたけれど、予想よりは使える。


 神戸ザスパーズのバッテリーに関しては、次の球を2球候補までに絞れば約60%の確率で当たる。一番高い一択での予測でも、40%前後まではいける。


 本当はベイズ推定や決定木など、もっと機械学習に近い方法を使いたい。データの追加にも強く、精度も高くなるはずだ。ただ、電卓では限界がある。お金が貯まったらパソコンを買いたい。名機と呼ばれるNECのPC-9800はまだ出ていないが、その前モデルならもう売っている。高校生になったらきっと買える。


 有力選手になれば、この時代は球団から養育費がいくらでも出る。後の時代には大きな問題になるような制度だが、今はこれが普通だ。


 リトルの試合では、コントロールも球種もばらつきが大きく、本格的な分析には向かなかった。しかし、シニアの選手たちの配球データなら、確実に使える。野球は一人では勝てない。だから、チーム全体で相手を知ることが必要だ。


 次のリーグ戦の初戦で、このデータを試すつもりだ。ガリ版印刷でチームメイトに配布する資料も作り始めた。


 スマホがあればな……。本当は、ランナーの有無やアウトカウント別にも条件を分けたかったが、いまの環境では手計算が爆発するし、そもそも読めるやつがいない。だから、今回は「打順」と「ストライク・ボールのカウント」だけを条件にした簡略版だ。


 いや、それでも十分に複雑か。まぁ……頑張って読んでもらうしかないな。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 神戸ザスパーズとの初戦に向けて、俺は数日前から打者陣とミーティングを重ねていた。

 一年生とはいえ、今のシニアチームのメンバーはほとんどジュニア時代からの顔見知りだ。バスの運転手、改め監督も、興味深そうに協力してくれた。


 各シチュエーションごとに、相手バッテリーが投げてくる確率の高い球種を洗い出し、それを事前に叩き込む。そして実際に打つ練習までセットで行う。

 バッテリーのリードにはパターンがある。捕手本人は裏をかこうと毎回必死に考えているようだが、統計的に見れば案外ワンパターンに収束する。捕手というポジションは、だからこそ難しい。


 今回とくに狙わせているのは、「1ストライク、0または1ボール」の状況で多用される低めのスライダーだ。右打者に対しては、外から中に入ってくる変化球を投げ込んでくることが多く、このケースだけでも60%の確率で予測可能だった。

 これは明確な「リードの癖」だ。前世で分析技術が発達していた世界でも、プロなら必ず狙われるような危険な傾向である。


 あとは、スライダーを投げる際に右肩が少し上がる癖についてもチームには伝えてある。ただ、こちらは判別が難しいので補足情報として。


 他にもいくつかパターンを共有してはいるが、ひとつでも狙いを絞って打席に立てれば、打撃は大きく変わるはずだ。


 本当はピッチャー陣ともミーティングをしたかったが、そこまでは手が回らなかった。

 投手と違って、打者の配球データは集めるのに時間がかかる。1試合に100球近いデータが取れる投手と違い、打者は打席数も少なく、集計も手間がかかる。



 そして、試合当日。俺はベンチで静かに満足していた。


 前半3回が終わってスコアは7対2。こちらが大きくリードしている。

 相手投手は、なぜ打たれているのか自分でも分かっていないのだろう。焦りからか、コントロールも乱れ始めていた。完全に打ち崩したな。

 二番手投手の準備が遅れているようで、なかなか交代もできていない。しかもその投手は、格がだいぶ落ちることも事前に分かっている。


 俺の前で打線がつながり、満塁のチャンスが回ってきた。敬遠されることもなく、冷静に2点タイムリーを放つことができた。


 予測できるというのは、やはり強みだ。特に3番打者は、相手投手の変化球のクセを完全に見抜いていた。あいつだけで試合を壊しかねないほど、攻略されていた。


 この神戸ザスパーズとはリーグ戦であと何度か当たる。次はもしかしたら対策されるかもしれない。それでも――初戦でこれだけの印象を残せたことは、大きい。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 side:チームメイト視点


 ウチのチームには、怪物がいる。

 庄内 毅。俺の同級生だ。今年から一緒にシニアに上がり、今もチームメイトとして同じユニフォームを着ている。


 いつも阪急の野球帽をかぶって、ぼーっと歩いてくる。阪急ファンかと思えばそうでもなく、誰かにもらったらしい。なんだそれ。


 背は同年代と比べて普通か、少し高いくらいか。でも――脱げばすごい。ムキムキの身体に、見事に割れた腹筋。

 ここまで筋トレしてると、逆に身長が伸びなくなるんじゃないかと心配になるが、そもそも俺より高いんだから何も言えない。


 とにかく、変なやつだ。監督の言うことはほとんど聞かない。返事だけは一丁前だけど、動かない。

 練習中にも関わらず、普通に水を飲んでいるし、足腰のトレーニング――兎跳びや長距離走なんかには一切参加せず、ベンチで黙々と筋トレしている。


 でも、それを咎めるやつはいない。あいつが許されている理由はただ一つ。圧倒的な打撃力だ。

 小5、小6の頃にこのチームが関西大会に出場できたのは、正直、あいつ一人の力だと思っている。


 打率.550。もう意味がわからない。最近はほとんど勝負してもらえなくなったけど、四球も多くて、おそらく出塁率は8割近い。


 しかも、安打を狙って打ってるわけじゃない。

 いつだって全力フルスイング。しかも、軽く打ち上げるような打ち方なのに、なぜかフライにならず、打球は外野の頭を越えていく。


 監督はいつも、「あいつの打ち方は真似するな」と言っている。

 実際、こっそり真似してみたら、ただの外野フライ量産マシンになった。あれは真似できるもんじゃない。

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