第58話 お金持ち庄内くん
日本にいる先輩と国際電話で話をした。
どうやらシーズンオフの広告案件について、例の展示会でPRしてきた結果──54件、総額1億8000万円分の契約を成立させてきたらしい。
あのー。俺の今年の年収、8万ドル(約1100万円)なんですけど。
さらにテレビCMが3件、現在調整中とのことで、あと1億5000万円ほど上積みされる見込みだという。
ついでに、オフのスケジュールを聞いてみたら……ほぼフル稼働。
数日だけ空いている日も、「大型契約のための仮押さえ日」として押さえ込まれていた。
声色はいつも通りなのに、どこか褒められ待ちの空気を漂わせる先輩に、俺は本音を言えなかった。
野球選手ってのは、オフシーズンにしっかり体力作りをしないとダメなんですよ…。
こんなふうにスケジュールをぎっしり詰められたら、俺、まともに練習できないじゃないですか。
その言葉を胸の奥に押し込め、代わりに先輩の手腕をこれでもかと持ち上げ続ける俺だった。
先輩が人と仲良くなるのが異常に早いことは知っていた。
自分で言うのもなんだが、ほんの少しだけ人見知りする俺とだって、一瞬で距離を詰めてきたくらいだ。
それでも、展示会で54件も即決させるなんて、やっぱり異常な能力だと思う。
動く金額が大きいテレビCMはさすがにその場で決められなかったと言っていたが、それも当然だ。普通は年間予算の枠があって、しかも新しい広告の契約を8月なんかに決めること自体が難しいのだから。
その営業力を想像して、少しゾッとする。
もし先輩がウォーターサーバーの飛び込み営業でもやったら、1日で町内中に契約を広げかねない。
まぁ、もちろんアメリカで撮った俺のビデオの効果もあったはずだ。
10回以上リテイクしてようやく完成したPR映像は、我ながらなかなかの出来だった。
今すぐドラマに出ても名優として日本中の話題になるんじゃないかと思うほどだ。
……残念ながら、今年のオフにドラマのオファーはなかったらしい。
メディア関係者が集まる展示会ということで、そういうオファーもあるかもと期待したが…。
きっとスケジュールが合わなかったんだろう。
やたら小口の契約が多いと思っていたが、どうやらそれは先輩の計算だったらしい。
「まずは実績を作ることが大事」とのことだ。確かに、できたばかりの小さな会社にいきなり大企業が発注することは少ない。
だからこそ、小規模案件を数十件積み重ねて、そこからイメージキャラクターなどの大型契約に繋げる――というわけだ。
さらに、今回の契約実績をもとに日本法人で数億規模の融資を受け、日本でのビジネス展開を一気に加速させるつもりらしい。
グッズ販売も、今年中には全国の百貨店の商流に乗せて展開する計画だという。
百貨店の名前を聞いたら、思いっきり先輩パパの会社の系列だった。……コネ、使ったな。
まあ、日本での活動については好きにやってくれて構わない。
日本法人の社長であり、本社の副社長でもある先輩に、俺は全部丸投げしている。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は不動産屋と待ち合わせして、サンフランシスコのオフィス物件を見に来ていた。
シーズンが終わり、チームがプレーオフに進む前にぽっかり空いた一日を使っての視察と契約だ。
もっとも、この物件はすでに先輩が「ここでいい」と太鼓判を押したもので、今日はほぼ形だけ。契約書の内容も事前に聞いていた通りだったので、確認してサイン、そして握手であっさり終了した。
来季からは人を雇うつもりだ。
シーズン中に自分でデータ分析をやろうと試みたが、正直スケジュール的に無理があった。あまりにも忙しくて、映像分析の元になるVHSテープすら満足に集められない。
だから、データを集め、分析するための拠点を作る。
一つの部屋には大量のビデオデッキとテレビを並べ、映像のデータ化を行う。ここはバイトを雇って作業させる予定だ。
もう一つの部屋には数台のコンピュータを置き、分析専用のスペースにする。ここは日本からエース級の人材を札束で叩いて引き抜き、ごく少数の人間しか入れない機密エリアにするつもりだ。
計画が完成すれば、合計30万ドルほどの投資になる見込みだ。まだ資金に余裕はないので高級機材は揃えられないが、今年はまずオフィスだけ借りて、そして今でも先輩の頭を悩ませている騒音まき散らしのコンピュータを置く予定だった。
だが、先日の契約で前金が入ったおかげで、できるところまで一気に進められそうだ。
内装工事をスタートさせてから、日本に帰るつもりでいる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
チームは一時、同率首位にまで食い込み、熱い首位争いを繰り広げた末に、ナショナルリーグ西地区の優勝を果たした。
西を制すれば、待っているのは東地区の覇者との、ワールドシリーズ出場権をかけた熾烈な戦いだ。
俺はチーム合流後、最終的にレフトのスタメンに落ち着いた。といっても、完全に信頼を得られたわけではなくベンチを暖めているだけの試合もある。
GMは本来、俺をセカンドで使うつもりだったらしいが、その目論見はあっさり外れた。エラー数ゼロという数字だけを見て、実際の守備を確認しなかったツケを払ったというわけだ。
今季の俺の成績は打率.290、本塁打5本。
チーム内では打撃成績はおそらく3番目あたりに入るが、正直いえば自分では満足していない。それでも来季の開幕スタメンはほぼ確定だろう。
このチームの打率は平均.250と、リーグ内でもかなり低い部類だ。
どちらかといえば、強力な打線ではなく、投手陣の粘投で勝ちを拾っているチームだと思う。
合流してからは初見の投手ばかりで、俺の得意な分析力を活かせない試合が続いた。予告先発制度もないため、誰がマウンドに立つのか直前まで分からない。高校や大学との大きな違いであり、対応に苦しむ原因の一つでもあった。
プレーオフは4勝1敗で勝ち抜き、チームはワールドシリーズ進出を決めた。
アメリカンリーグの覇者は同じ西海岸のオークランド。まずは敵地で2試合、そして第3戦からはホーム・サンフランシスコでの試合となる。
今年のポストシーズンは序盤に少し調子を崩して4タコをしてしまったこともあり、代打中心の起用だ。それに正直、WSまで勝ち上がれたのが奇跡のようなチームだ。実力差は明らかで既に2連敗している。
あまり出番もないので、4連敗してさっさと日本に帰れたら最高だ、とすら思っている。
第3戦の試合前アップ。俺の話し相手だったドミニカンは、不慣れなセンター守備の影響か打撃も崩れ、3A行き。
最近はベンチでの会話相手がいなくなってしまった。仕方なく、最近増えてきた日本人記者たちと軽く雑談して過ごす。
「飛鳥台高校は、残念ながら夏の甲子園ベスト8で終わってしまいましたが、ご感想は?」
…今年は俺の母校、甲子園に出てたんだな。全然知らなかった。興味がないとこうなる。
とりあえず無難な答えを返しておく。
「今年のチームは僕らの代より強いと思っていただけに残念です。引退した三年生の分まで、秋季大会でも頑張ってほしいですね」
ふと、高校への置き土産にしてきた分析ツールのことを思い出す。あれ、まだ使ってくれてるんだろうか。マニュアルも作ってなかったから、とっくに失伝してるかもしれない。
記者の話では監督は当時と同じらしい。日本に帰った時に、存在を忘れていたお詫びに飛鳥台に差し入れでも持って行くか。
先輩の鬼スケジュールでは、オフに関西にいられるのはわずか3日。その隙をついて顔を出すとしよう。
そんなことを考えていると、足元がわずかに揺れた気がした。
――そして、すぐに本震が来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇
この地震は「ロマ・プリータ地震」と名付けられた。今回のワールドシリーズで戦っている両チームの本拠地、サンフランシスコとオークランド双方に甚大な被害をもたらした。
実際、この二都市は橋一本で行き来できるほど近いのだが、その橋も地震で封鎖され、往来は不可能になった。死者はすでに50人を超え、今も増え続けている。
当然ながら、ワールドシリーズは中断。
…早く帰りたいのに、これで予定は大幅に狂った。
第3戦はなんと10日後に延期。俺の帰国スケジュールはシリーズ終了直後だったため、先輩は日本でひたすら謝罪と広告撮影のリスケの調整に追われているらしい。
その後、チームはあっさり2連敗して、ワールドシリーズ制覇とはならなかった。
非常に残念だ。契約更新だけして、さっさと日本に帰ろっと。




