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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
メジャー編

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第57話 有能営業マン

 今日はサンフランシスコでのホーム試合。

 そして俺にとっては、メジャー2回目のスタメン出場だ。


 最近の俺が代打で結果を出していたのも影響してるかもしれない。

 代わりに外されたのは、最近打撃が絶不調のセカンドの選手。打撃は水物。調子のいい奴を使うのがセオリーだ。


 今日の試合には、特別な観客を招待している。俺の妻である先輩だ。実はまだ籍は入れてないけど。


 そろそろ日本に帰る予定なので、最近は準備で物凄く忙しいはずなんだけど、

「今日のホーム試合はスタメンだから」と伝えたら、無理を押してスタジアムに駆けつけてくれた。


 本人は隠しているつもりだろうけど、実は先輩は俺の大ファンなのだ。

 少し前にベッドの下から発見した段ボール箱の中には、俺の東大時代の試合写真や、ポスター、グッズがぎっしり詰まっていた。


 きっと、俺が掃除などの家事をまったくやらないもんだから、共用スペースに置いててもバレないと思ってたんだろうな。

 ただ、その考えは甘い。

 先輩の私物を物色するのは、俺の数少ない趣味のひとつだからだ。


 先輩の席は、内野の前の方。なのでセカンドを守っている俺からでも割と見える。

 目が合うと、にこにこしながら手を振ってくれていた。俺のファングッズのうちわを持っている。可愛い。


 今、先輩が持ってるのは商品として売り出す予定のうちわの試作品だ。

 もう製造元と調整は済んでいて、一万個程度の製造を依頼済み。主に日本国内で販売する予定だ。


 他にも、色々なグッズを考えてる。俺イチオシのファングッズは――「爪切り」だ。

 俺のイメージカラーであるえんじ色と黒のブレーブスカラーで塗装されていて、スタイリッシュな見た目に仕上がっている。

 恥ずかしいけれど、俺のキメ顔の顔写真もプリントされている。

 先輩の反応は、少し微妙だった。「爪切り?」って顔をしていたけど、俺はそのままゴリ押しして商品化に向けて進めている。


 うちわなんて日常では使わない。

 でも爪切りは、毎日使うものだ。これからのファングッズは実用性も持ったものでないといけない。俺はそう思うんだよな。


 今、ふと思いついたんだが、某アイドルグループの商法みたいなことをしてもいいかもしれない。

 あとで先輩に提案してみよう。

 たとえば、「爪切りを30個買うと、庄内くんとの握手会にご招待!」とか。

 日本にいるころは毎日サインと握手をねだられていたので、きっと需要はある。

 それにうちわなんかと違って、爪切りは実用的で、家に何個あっても困らない。

 こういう握手会商法をこの時代では聞いたことがないので、もしかしたら結構儲かるかもしれない。



 この試合は日本向けにNHKが生中継をしているらしい。俺が出る試合をわざわざ中継してくれるのは、凄くありがたいことだ。

 今日はナイトゲームだから、日本時間だと昼の11時スタートになる。母親にも国際電話をかけて、試合の中継予定を伝えておいた。

 中継があるからといって、特別なことをするわけじゃないけど、せっかくなら日本で応援してくれているファンにいいところ見せたい。


 試合序盤に早速、ウチの投手がホームランを打たれた。

 打ったのは、今季すでに40本を超える本塁打を放っている筋肉ムキムキおじさん。

 バットに当たった瞬間、それと分かる弾道でレフトスタンドに突き刺さった。


 筋トレマニアの俺だから断言できる。あの選手はユーザーだ。

 ユーザーってのは、アナボリックステロイドを常用してる選手のことを指す。あの大胸筋と広背筋は普通にトレーニングしているだけでは身につけることができない。


 よく誤解されてるが、アナボリックステロイドっていうのは別に違法な薬ではない。

 適切に使えば医学的に極めて有効な薬だ。

 リハビリ中の患者の筋萎縮を防いだり、成長ホルモンが不足している思春期の少年の発育を助けたり。本来は人を救う薬だ。


 でも、問題はアスリートがドーピング目的として乱用してしまうことにある。

 この時代のメジャーリーグは、選手会の強い反対で薬物検査が導入されていない。

 薬物検査をしたとしても、そもそもアナボリックステロイドは禁止薬物として指定されていなかった。


 メジャーの球団はステロイドに汚染されている。特にアメリカ南部の球団が深刻だ。

 アメリカではステロイドの販売に規制がかかっているが、メキシコでは薬局で普通に買えてしまう。

 メキシコ国境に近い南部の球団は、汚染がひどい。ちなみに今戦っている球団の本拠地はサンディエゴ。

 車で数十分走ればメキシコという街だ。


 実は日本でもアナボリックステロイドは容易に、そして合法的に手に入る。でも、ドーピング目的で使うのは寿命を削る行為であることは知っておいた方がいい。アナボリック系は肝臓と心臓にダメージくるからな。

 俺は、どうしてもそういうのを受け入れられない。

 俺の筋肉はステロイドユーザーを真正面から倒すために作ってきた筋肉だ。

 サプリとタンパク質と筋トレと睡眠、それだけで作った。


 …とはいえ、あの選手の上腕三頭筋と広背筋、すげえな。あとでちょっとだけ触らせてもらいにいこう。筋肉に罪はないのだ。




 今日の先発投手は、最速150km/hのストレートを武器にする本格派。しきりに一塁ランナーを気にしていた。


 一球、外してくる。これで1ボール。


 ベンチをチラリと見る。サインはヒットエンドランだ。

 一塁ランナーがスタート。投手の手元を見た瞬間、スライダーだと分かった。球が少し浮いている。タイミングも悪くない。

 俺は高めに抜けたその変化球をすくい上げた。


 打球はグングンとライト方向に伸び、上段のスタンドに飛び込んだ。

 打った後に思わず打球の行方を追ってしまいそうになったが、サインはヒットエンドランだった。ちゃんと走っておかないと(笑)


 ベンチに戻ると、妙な空気。

 みんな無言で、俺のほうを見ようともしない。

 陽キャドミニカ人まで、俺をガン無視。


 ──あれ?

 少ししょんぼりしながらベンチに腰を下ろす。


 突然、全員が歓声を上げながら、俺の背中や頭をバシバシ叩いてきた。

 うわっ、やめろやめろ。なんだこれ。


 後から聞いた話だと、これは「サイレントトリートメント」というメジャーリーグの伝統的なイタズラらしい。

 新人選手が初ホームランを打ったとき、最初はわざと無視して、しばらくしてから一気に祝福するという流れだそうだ。

 最初はマジで無視されているのかと思って焦った。


 陽キャドミニカ人のアブレイユが隣の席に座って、俺の頭を叩いてきたので挨拶しておく、彼も流暢なスペイン語で、

「Vete a la mierda, cabrón!」と返してくれた。


 笑い合ってハイタッチを交わした。言葉は通じなくても、気持ちは伝わるもんだな。


 この日の投手は、完璧に事前のデータ分析を済ませている。しかも、俺の得意なタイプのピッチャーだ。

 完全に狙い球を絞っていた俺は、さらにもう一本ホームランを放ち、この日は2本塁打3打点。2本目の一撃が決勝打になって、チームは勝利した。


 翌日の新聞のスポーツ欄には、きっと「庄内、2HRの躍動」みたいな見出しが躍るだろう。NHKが中継してたし、日本でもいい話題になるはずだ。


 …守備に関してはうん。エラーはしていない。一応、セカンドの位置には立ってた。

 大学野球で言えば、平均ちょっと下くらいの守備範囲はある。

 テレビの前の視聴者には、俺はセカンドに置いてある置物だと思ってもらえると嬉しい。


 そんな日が数試合続いたあと、ついに俺は外野─本職のライトにコンバートされた。

 すまんな、アブレイユ。お前のポジション、もらったぜ。


 アブレイユはその日から、慣れないセンターを守ることになった。

 センターは守備範囲がかなり広い。グラウンドのど真ん中で右往左往してる姿は、ちょっとだけ─いや、かなり笑えた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 東京・晴海。


 アジア最大級の展示会場として知られる「東京国際見本市会場」──そのドーム館を会場に、「全国メディア広告expo ’89」が開催されていた。期間は三日間。総来場者数はおよそ2万人。

 2週間前、この同じ会場で開催された「コミックマーケット36」が10万人を超える来場者と、大量の報道陣によってカオスと化していたのに比べれば、幾分穏やかな熱気だった。


 この「ドーム館」は、同人誌界隈では通称「ガメラ館」として知られている。

 最寄りの豊洲駅からはアクセスが悪く、バス路線は朝から大混雑。後継となる「東京ビッグサイト」が有明に建設中だが、完成はまだ先である。


 通常、こうした業界展示会では、メインとなるのは大企業の巨大ブースだ。

 ところが今回は異例の光景が広がっていた。

 中小企業向けに設けられた簡素な小ブースに来場者が殺到し、通路を塞ぐほどの混雑を引き起こしていたのだ。

 展示会スタッフが必死に群衆を制御しようと試みて、臨時の整理券まで配布していたが、人の波は一向に引かない。


 そのブースの上部に掲げられた看板には、こう記されていた。


「庄内アセットマネジメント」


 そしてブース中央の大型テレビからは、野球のユニフォーム姿の若い男がバットを持って呼びかける動画が延々と繰り返されていた。


「あなたの会社の商品、僕に宣伝させてください!雑誌広告からテレビCMまで。何でもやります!あなたの商品で──特大ホームラン!」


 決め台詞とともにバットを振り抜く野球選手。

 そのセリフはあまりにも棒読みで、通行人の間からは失笑が漏れていた。


 学生風のアルバイトが、野球選手の顔がどでかくプリントされた団扇を、まるでビラ配りのように来場者に無差別に配っている。

 彼らにとって、野球選手がどう演技しようと関係ない。手元の団扇は飛ぶように配られ、ブースの周囲では話題と好奇の視線が絶えず向けられていた。


 ここまでこのブースに異様なまでの人だかりができていたのには、もちろん理由がある。


 動画の中の大根役者──庄内毅。

 彼はこの夏、日本中を巻き込む社会現象を引き起こしていた。


 高校時代、彼は世代最強のバッターと称され、奈良県の無名校・飛鳥台高校を一躍全国区に押し上げた。

 甲子園から遠ざかっていた同校を、彼は事実上たった一人でセンバツ優勝に導き、その劇的な快進撃は熱狂的な高校野球ブームの引き金となった。


 無口でミステリアス、均整の取れた顔立ち──そんな庄内に魅せられた女性ファンは「庄内ガール」と呼ばれ、宿舎周辺に殺到。

 群衆事故を防ぐため、兵庫県警が宿泊地周囲を封鎖したという逸話は、今や高校野球界の伝説となっている。


 さらに彼は、全国の球児の進路に関する常識を覆す選択をした。

 華々しいプロ入りも、有名大学のスポーツ推薦も選ばず、独力で国内最難関の東京大学に進学。

 東大のユニフォームを着た庄内が打席に立つだけで話題となり、彼が出場する六大学野球の試合では、常に外野席が開放された。

 特に慶應戦では、早慶戦以外で初めて神宮球場を満員(3万人)にするという前代未聞の事態が起きた。

 六大学野球が全国放送されたのも実に7年ぶり、東大戦に限れば30年ぶりの出来事だった。


 だが、人気絶頂の最中、庄内は東大を中退し、突如姿を消す。


 再び彼が姿を現したのは──NHKのメジャーリーグ中継だった。

 13時台という視聴率が取りづらい時間帯にもかかわらず、彼が2本目のホームランを放った瞬間、視聴率は驚異の39%を記録。これは甲子園決勝にも匹敵する数字だ。


 展示会に詰めかけた人々は、そんな庄内毅の「広告価値」を自分たちのビジネスに取り込もうと目論む、したたかな企業関係者たちだった。

 いや、それだけではない。ノベルティの団扇を「娘の分も」と3枚要求してスタッフに断られているスーツ姿の男もいる。家庭へのお土産を求めるパパ達も混じっているようだ。


 その人混みの中心では、キー局のアナウンサーかと見まがうような容姿の若い女性が、並べられた長椅子に腰掛ける4人のおじさん達を前に、同時に商談を進めていた。聖徳太子かな?

 彼女は微笑みながら、滑らかに話を進めていく。


「新聞広告は大きさにより料金が異なります。全5段のサイズですと、200万円となりまして──」

「ご提示の日程では、12月9日午後でしたら都内での対応が可能です──」

「申し訳ありません。精力剤のような成人向けの商品の宣伝は、本人のイメージ保護の観点からお断りしております──」


 商談を断られた客も、彼女からノベルティの爪切りを受け取ると、どこか満足した様子でその場を後にする。

 彼女の人当たりの良さが、商談の結果を穏やかに受け入れさせていたのかもしれない。


 ただ、異常なまでのスピードで、同時並行で行われる商談でも──この大量来訪者数には到底対応しきれなく、初日は列が途切れることはなかった。


 庄内毅の広告出演スケジュールは、この展示会だけでほぼオフシーズンいっぱいまで埋め尽くされた。

 そして2日目の昼頃、運営スタッフの懇願により、ブースは予定よりかなり早く撤退。

 静まりかえった展示ブースに、スタッフの安堵のため息が響いた。

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