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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
メジャー編

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第56話 メジャー契約

 マイナー契約とメジャー契約。

 これは、日本のプロ野球には存在しない概念だ。


 NPBでは、選手は一軍と二軍の間を比較的自由に行き来できる。契約形態に差はなく、あくまで登録上の区分として扱われている。


 だが、アメリカは違う。


 まず、大前提としてメジャーには二軍が存在しない。

 じゃあ3Aは何かというと、「提携しているだけの別チーム」なのだ。少なくともこの時代の建前上は。


 マイナー契約の選手は、別法人であるメジャー球団の公式戦に出ることができない。

 逆に、メジャー契約を結んだ選手は3Aの試合に出場することがあるが、それはあくまで“出向”のような形で、籍はメジャー球団に残ったままだ。


 そして、メジャー契約40人の中でもさらに「アクティブロースター」と呼ばれる25人だけが、実際の試合に出場できる。


 ドラフトで指名されたばかりの選手が、いきなりメジャー契約を結ばれることは基本的にない。

 それはFAフリーエージェントの権利取得が絡んでくるからだ。

 メジャーでは、アクティブロースターに通算6年在籍すると、そのオフにFA権を得る。

 仮に初年度からアクティブロースター入りさせてしまうと、その年はほとんど使えない短期間の出場にも関わらず、一年早くFAされるリスクを球団が背負うことになる。


 だから、基本的にメジャーデビューは2年目の5月以降。「使える即戦力」でも、そこは慎重に扱われるのが普通だ。


 ……そんな中、俺はメジャーに呼ばれた。

 サインの時にGMがあまり嬉しそうじゃなかったのを思い出す。あの表情はつまり、怪我人続出のチーム状況で、ルーキーでクソ守備のこいつでも呼ぶしかないっていう状況なんだろう。

 控えメンバーの表を見ると、確かにひどい有様だった。

 セカンドの控えがいない。一人もいない。

 どうすんだこれ? ってレベルだ。

 だが、実を言うとショートを守れる選手は結構セカンドは守れる。俺がいなくてもギリギリなんとかなる気もする。


 久々に我が家に帰ると、先輩が展示会用のPOPを作ってくれていた。8月、東京・晴海で開催される広告業界の展覧会に、俺たちの会社は出展する予定で、それの準備をしてくれている。

「庄内毅があなたの会社の商品をPRします」って売り文句。金さえもらえれば、何でも宣伝するぜ。


 よく誤解されがちだが、選手の肖像権は本人にある。

 ユニフォーム姿は球団が管理してるけど、それ以外は選手のもの。CMに出るときに選手が私服で出てるのは、そういう理由だ。

 つまり俺の肖像権は、俺自身の商品。売ってナンボの世界だ。


 他にも先輩は日本でのグッズ販売の準備を進めてくれている。

 本当は新婚なんだから一緒にいたい。でも、先輩のビザの期限が迫っていて、やむを得ず一時帰国することになった。なので、ついでにいろいろ日本で商売の種を蒔いているわけだ。


 まだ投資ビザの準備が間に合っていない。

 アメリカの外務省にあたる国務省――あそこはとにかく仕事が遅い。ビザが来年のシーズン開始に間に合えばいいんだが。


 先輩の日本での活動は本来、来年のオフシーズンを見据えたものだった。

 でも、うまくいけばこのシーズンから収益化することが出来るかもしれない。


 ちょうどいいことに、NHKは昔からメジャーの放映権を好んで買っている。

 日本人選手が一人もいない時代から、中継していたくらいだ。

 俺が出場すれば、その試合は日本でも放送される可能性は高い。

 知名度が上がる。CMのオファーも入る。

 俺は今、年俸9万ドルの金欠選手。副業で稼がなければ生き残れない。


「メジャーに昇格したよ」と先輩に伝えると、満面の笑みで「お祝いしよう!イワシ買ってくるね」と言い出した。

 俺はすぐにでも出発しなければいけない事を理由に、その申し出を丁重に断った。


 ――その直後、俺は飛行機に乗って、アトランタに向かった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 俺のメジャー初ベンチ入りは、アトランタでのビジターゲームだった。

 というか、なんでアトランタのチームが「ナショナルリーグ西地区」にいるんだろう。

 アトランタは大西洋に面したジョージア州にある都市で、どう考えても西じゃない。むしろ真東だ。

 この時代のメジャーの地区分けは、現実の地理を無視したカオス配置になっている。


 幼少の頃からスタメンばかりを経験してきた俺にとって、ベンチ入り自体が新鮮な体験だった。

 特に出番はなかったので、暇つぶしにひまわりの種を食べる練習をしていた。

 ひまわりの種って、外殻を口の中で割って中身だけ食べて、殻はペッと吐き出すのがメジャー流なんだよな。

 コツがいるけど、慣れると無心でできるようになるらしい。

 その日の俺は、ほぼその練習だけで終わった。急いで呼びつけられた割に出番なし。

 明日からの合流ではダメだったんだろうか。


 試合後、知り合いの記者に「初メジャーの感想を」と聞かれたが、

「チームが負けましたねぇ」くらいしか言えなかった。俺は座っていただけだから。

 三塁側にあるビジターベンチからは投手の球筋が右打者に隠れて見えにくくて、相手投手の分析すらできなかった。


 試合後に、陽キャっぽいドミニカ人選手が話しかけてきた。

 スペイン語なのか、スペイン語訛りの英語なのかよくわからなかったが、何か話しかけてくれている。

 とりあえず、俺は唯一知ってるスペイン語、UCLA時代にチームメイトから教わった挨拶を使ってみた。


「ベテ・ア・ラ・ミエルダ(消え失せろ、ク◯野郎)」


 このフレーズの意味はよく分からないけど、挨拶は内容よりも表情だ。笑顔で言えばだいたい通じる。

 3Aでもスペイン語圏の選手と話をする時は、このワンフレーズだけで乗り切ってきた。

 俺の完璧なスペイン語に、ドミニカの陽キャは爆笑しながら肩を組んできた。

 異国人同士、がんばろうな。



 次の試合、ついにその時が来た。

 試合終盤、代打のコールがかかる。俺のメジャー初打席だ。

 この時代のナ・リーグにはまだDH制度が導入されていない。だから、ピッチャーの打順で代打が出るのはよくあることだ。


 ただ、問題がひとつ。相手投手の情報がまるでない。

 引っ越しやら移動やらで最近は対戦相手の分析ができてなかった。

 突然メジャーに上げられたのもあるし、そもそもプロは投手の数が多すぎる。

 今投げている投手はネクストバッターズサークルから眺める限り、オーソドックスな直球派の左腕っぽい。

 よし、適当に当てにいこう。


 スイング。

 打球は三遊間を抜けるゴロ――かと思ったが、ショートが飛び込んでキャッチ。

 おお、敵ながら見事なプレー。

 日本なら、こんな身体能力のあるやつは投手にされるところだが、アメリカで一番身体能力がある奴はショートになる。

 これがメジャーか、って感じの素晴らしいプレーだった。


 ただし俺はセーフ。

 ショートの献身的な守備も、俺の足の速さによって結果的には無意味になった。

 ……というわけで、俺のメジャー初ヒットは見事に記録された。


 そのあと後続が三振してチェンジ。ベンチに戻ると、陽キャのドミニカンが満面の笑みで駆け寄ってくる。

「ショーナイ サン! ショーナイ サン!」

 そう呼びながら、何やら言葉を続けた。


「アナタ、クソヤロウ、ネ!」


 ……どこで覚えてきたんだ、その日本語。

 たぶん意味も知らずに、ただ面白い響きだから使ってるんだろう。

 意味も確認せずに変なフレーズを使うなんて、インテリの俺からすると信じがたい行動だ。

 それでも、わざわざ俺の国の言葉を調べて話そうとしてくれる気持ちは、正直ちょっと嬉しい。


 笑いながら、俺は彼と拳を合わせた。

 メジャーの初ヒット。

 そして、チームメイトと交わした最初のコミュニケーションだった。


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