表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
大学編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/81

第54話 誠意は言葉ではなく金額

 ホテルの部屋に届けられた朝刊を開く。


 世間というのは、驚くほど忘れっぽいものだ。

 一時期はスポーツ欄を開けば必ず俺の名前が載っていた。

 けれど、日本を離れて一年半。今や俺の存在はすっかり過去のものになっていた。


 もっとも、さすがにサングラスもマスクもなしで街を歩けば、かなり面倒なことになる。

 だから今でも気を抜けないのは確かだが、それでも――俺は忘れられつつある。


 日本に戻ったついでに、かつての顧客たちに連絡を入れた。

 少しでも小遣い稼ぎをしようと考えたのだが、反応があったのはほんの数件だけだった。


 俺は甲子園というネームバリューで持ち上げられていただけなんだ――

 そんな現実を、突きつけられたような気がした。


 これからは、俺自身の力と名前で勝負しなければならない。

 もう、“かつてのスター”という肩書きでは生きていけないのだ。


 パソコン通信の日記も、もう長らく更新していない。

 アメリカに渡った当初は、手紙で記事の内容を日本に送って更新していた。

 だが、反応は薄く、コメントもつかなくなって――いつの間にか、俺は更新をやめていた。


 新聞には、桑原と岸原のオフシーズンの動向が載っていた。

 高校時代、同じユニフォームに袖を通し、栄冠を目指して戦った二人。

 今では違うリーグに所属し、それぞれの舞台で懸命に活躍している。


 岸原は昨年、高卒1年目ながら打率.304というとんでもない成績を残し、新人王を獲得していた。

 あのドラフト会議で巨人に指名されず、人目もはばからず悔し涙を流した高校生は――

 今や、西武を背負う立派な選手になっていた。まさにパ・リーグの希望だ。


 俺には選べなかった道。彼は俺たちの世代の誇りだ。

 どうか、このまま真っ直ぐ、道を外さずに進んでほしい。そう願わずにはいられない。


 一方の桑原は…正直、ちょっと微妙かもしれない。

 けど、それでも高卒ルーキーとして中継ぎで20試合近く投げさせてもらっているのは相当な評価だ。このレベルのチャンスを与えられる高卒投手なんて、そうそういない。


 あの頃のライバル達は、それぞれの場所で、自分の野球を続けている。

 それがなんだか、嬉しくて、誇らしかった。



 先輩は今、アメリカでの就職に向けて資格の勉強をしているらしい。

 正直、先輩なら日本国内で就活無双できると思うのに、俺なんかについて来させるのはちょっと申し訳ない気もする。


 最近は「USCPA」という謎の資格を目指しているそうだ。アカウントに関係する資格らしいからパソコン関連の資格だろう。

 俺だって高校生のときに「第一種情報処理技術者試験」を取ったけど、アメリカじゃ誰も知らなかったしな。

 向こうで働くなら、最初からアメリカ発の資格を狙うのが正解だろう。


 ――というのは冗談で、USCPAは「Certified Public Accountant」、つまり米国公認会計士のことだ。

 本気で勉強してるのが伝わってくるし、先輩なら絶対に取れるはずだ。


 実際、アジア系の移民がアメリカでホワイトカラーの仕事に就くのは簡単じゃない。

 差別のハードルは西海岸ならまだマシだけど、それでも相応の実力と資格がなければ選択肢は限られる。


 俺は将来的に、自分のライセンス管理や契約の窓口になる会社を作るつもりでいる。

 だから、先輩が会計に強くなってくれるのは正直めちゃくちゃ心強い。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 1989年の春。

 俺は大学3年生になっていた。

 成績もようやく安定してきて、授業に追われるだけの毎日から少し余裕が生まれてきた。

 野球もリーグ内の成績はまぁまぁだろうか。OPSでいうと1.4くらい。自分で言うのもなんだが、Pac10の歴代最強選手だな。


 そんな中で、俺の名前はついにアメリカのスポーツ誌に載るようになった。そして、そのニュースは日本に伝わって、ちょっとした騒ぎになってる。


 ドラフト有力候補、日本人初のドラ1誕生か――。


 そんな見出しが日本でも報道され、消えた天才が海の向こうで再発見されたことに騒がれているらしい。

 この当時は殆どの日本人はメジャーに興味を持っていなかった。アメリカに記者を常駐させるスポーツ新聞社なんてほぼいない。これが俺が発見されなかった理由だろう。

 俺はリーグMVPを取りまくってたのに。見つけてもらえなくて、悲しい。


 メジャーでは3年生の6月にドラフトが行われる。

 つまり、あと数ヶ月だ。


 嬉しいこともあれば、そうでないこともある。


 まずは、嬉しくない話から。

 俺が子どもの頃から応援してきた阪急ブレーブスが、昨年の秋に突然の球団売却を発表した。

 タダ券を配りまくり、収益は電車賃と売店の売り上げ頼み。

 そんな斬新すぎる経営スタイルでは、毎年8億の赤字に苦しむのも当然だったのかもしれない。

 そしてついに阪急は根を上げ、球団は大阪のオリエント・リースに買収されることになった。

 このレンタル会社は今年からは、社名を変えてオリックスと名乗っている。


 もし俺が高校卒業時に阪急に入団していたら、球団の経営を少しは支えられただろうか。

 ……いや、やっぱり無理か。

 だって、同じ西宮市内には阪神がある。

 阪急沿線に住んでいる人ですら、西宮北口駅を通過点にして、あのダイヤモンドクロスを越えて阪神球場へ向かっていたのだから。


 阪急の“不人気伝説”は枚挙に暇がない。

 2年ほど前に発売されたファミコンソフト『プロ野球ファミリースタジアム』、通称ファミスタ。

 セ・リーグの全球団がしっかり収録されている一方で、阪急ブレーブスは“容量の都合”で省略された。

 ゲームにすら省略される球団。それが阪急ブレーブスだった。


 今も俺の部屋には、広瀬先輩と出会うきっかけになった阪急ブレーブスの帽子と、田中選手のサイン入りユニフォームが飾ってある。

 どちらも、俺にとっては宝物だ。


 さらば、阪急ブレーブス。

 べ、別にブレーブスの事が大好きだったわけじゃないんだからね!!



 そして――昭和が、終わってしまった。


 国民と共に苦楽を歩んだ昭和天皇の崩御に、日本中が深い悲しみに包まれた……らしい。

 俺はそのとき日本にいなかったから、正直よく分からない。


 新しい元号は「平成」。

 実のことを言うと、正直ホッとした。


 俺の存在が引き起こすバタフライ・エフェクトで、次の元号にまで影響が出ていたらどうしようかと、少しだけ本気で心配していたから。

 俺のせいで元号が訳のわからないものになって、もしも新聞に「檻牛元年」なんて載っていたら……。

 きっと見るたびに笑いを堪えることになったと思う。



 嬉しかったことももちろんある。

 大学を卒業した先輩が、ついにアメリカに来てくれたのだ。

 今はビザの関係もあって、しばらくは資格の勉強中。

 俺の生活の面倒も全部見てくれていて、完全にヒモ男状態になっている。


 先輩は家事もできる。というか、完璧美人だ。

 料理も上手い。俺が運動してることを考えて、ちょっと濃いめの味付けにしてくれたりする気遣いまである。

 ……たまに先輩の中に潜む英国面ブリティッシュサイドが顔を出して、謎のメニューになることもあるけど。

 そこはまぁ、あまり美味しくないけど、黙って笑って食べている。文句を言うような立場じゃないしな。

 一度だけ作ってくれた、イワシの頭が大量に突き出ているパイ――

 あれだけは、たまに悪夢に出てくる。先輩曰くイギリス南部地方のお祝い料理らしいから、毎日出てくる事がないのは幸いだ。


 住まいは以前と同じアパート。

 広くはない。というか、Sun-3のUNIXマシンが一部屋を専有してるせいで、かなり手狭だ。

 でも、あと2ヶ月でドラフト。今から引っ越すのも面倒だから、このまま2人暮らしを続けている。

 もし俺が東海岸の球団に指名されたら、先輩を西海岸に置いて一人で引っ越すことになる。

 そんなのは絶対に嫌だ。


 この日は電話で代理人と話していた。

「ドラフトに代理人なんて必要なのか?」って疑問を最初は持っていたんだけど、必要なんだよなぁ。


 アメリカのMLBドラフトは、完全ウェーバー制。

 前年の成績が悪いチームから順番に選手を指名できる仕組みだ。

 戦力の均衡を保つため――という建前だけど、実際のところ上位指名はほとんど“出来レース”に近い。

 事前に球団と密約を結んで、契約金の金額をすり合わせておくのが通例だ。

 万が一、指名された選手に「その条件じゃ入団しません」と拒否されたら、球団側は大損だからな。


 大学3年の俺も、まだ卒業していない以上「指名されても入団しません」って言う選択肢がある。

 高校生なんかも「大学に進学します」で逃げられるし、そうやって断られることが多すぎたせいで、今の慣例があるわけだ。


 ドラフト1位で指名してもらっていながら拒否する奴なんて信じられない。そんな奴のせいでこんな複雑怪奇なドラフトになってる訳だ。

目の前にドラ一を拒否する野郎がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる。



 ちなみに、この時代のアメリカの契約金は日本より低い。ドラフト1位でも20万ドルもあれば十分と言われる時代だった。

 1ドル130円換算で、ざっくり3000万円。

 日本の大卒の初任給が15万円ぐらいだから、まあ十分すごい額ではあるけども。


 桑原の契約金は6500万円らしい。

 悔しいけど、完全に負けてるな。


 電話の向こうで、代理人に聞く。

「30万ドル以上はやっぱ難しそうですか? メジャー契約の確約とか、つけられません?」

「君の成績は文句なしにトップクラスだ。でも、前例がない。メジャー契約の確約はルール違反だし、もしバレたら面倒なことになる。やらないほうがいい」

「……じゃあせめて、数万ドルでいいからサインボーナスの前払い、つけてください。今ちょっと金ないんで」


 入団後は、まずはマイナー契約。マイナーリーグのチームからスタートになるらしい。

 そこからメジャー昇格を目指す、というのが一般的なルート。

 でも日本と違って細かい規制が多くて、いちいち融通が利かない。


 俺には養うべき家族がいる。

 先輩、Sun-3、そして遠く離れた母親。

 一家の大黒柱として、この銭闘に負けるわけにはいかないんだ。


 結果的に、30万ドル+サインボーナス5万ドルという条件で、事実上の入団が決まった。

 球団はカリフォルニア州北部、サンフランシスコ。

 同じ州内でも、ここからは600キロも離れてる。


 実はもう一つ、同じ条件を出してきた球団もあったけど、あっちは金欠の噂があったからパスした。

 夢の舞台まではあと一歩。

 次は、“庄内毅”という名前で、アメリカ中に自分の存在を知らしめてやるだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ