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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
大学編

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45/81

第45話 面倒見が良い庄内くん

 今週末は早大戦。

 言わずと知れた名門だけど、そこまで強いわけじゃない。昨年の秋季リーグでは4位。この試合は、しっかり勝っておきたい。

 早大と立教には、確実に勝てるようにしておく必要がある。


 俺のデータ分析システムは現在、移植作業の真っ最中。だから今回は、前の試合のVHS映像を使って投手の分析を行った。

 登板するのは、早大のエース。

 この時代の大学野球は、連投が当たり前みたいなものだ。同じ投手が出てくると見ていい。

 レベル的には、そこまで高くはない。


 監督に許可をもらい、先輩たちにVHSを繰り返し見せる。


「この投手、フォームにクセがあります。ストレートと変化球で明らかに動きが違います」


 映像は、バックネット裏からの定点カメラ。

 最初は「全然わからない」と言っていた先輩も、画面にシールを貼って球種ごとのリリースポイントを可視化していくうちに、徐々に違いを認識し始めてくれた。

 とはいえ、実戦で見分けられるかはまた別の話らしい。

 高校生でもできていたんだから、不可能じゃないと思うんだけどな。


「ファウルで粘りながら、フォームをしっかり観察してください」

 そうアドバイスしておいた。


 そして試合当日。

 東大戦にしては、驚くほど客席が埋まっていた。

 最近の注目度の上昇に伴って、部には寄付金がガンガン集まっているらしい。さすが東大、OBの成功者率は高い。


 秋季リーグが始まる9月には、俺はもうアメリカだ。

 大会には出場できない。

 それまでに俺を使って、寄付金をできるだけ稼いでほしい。


 俺が中退する予定だということは、監督にはすでに伝えてある。

 ひどくショックを受けていたけど、残りの期間は全力で貢献するつもりだ。


 試合は3対2でリード。7回表、東大の攻撃中だ。

 今のところ、打点を挙げているのは俺だけ。

 ただ、下位打線でも粘りが見えるようになってきて、四球が増えている。

 球種の違いが、徐々に分かるようになってきたのかもしれない。


 たった3センチの肘の高さの違いでも、集中してリリースポイントを見ていれば、脳が違和感として拾ってくれる。

 ……多分。


 この程度の投手なら、時間をかけて訓練すれば対応できるようになる。

 俺がいなくなる前に、試合前のビデオ分析を習慣化させておきたい。


 そう考えていたところに、監督から声がかかる。

「7回裏から中継ぎで行け」とのこと。


 これが、大学での初登板。

 マウンドに向かうと、球場中から大歓声が上がった。

 正直、そこまでの投手じゃない。

 ただ、俺のアンダースローは初見には効果的だ。なんとか抑えられればいいんだけど。


 試合はそのまま逃げ切った。

 終わってから先輩たちに話を聞いたが、球種を見分けられたのは数人だけだったらしい。

 しかも、打席の中でそれを活かせたかというと……微妙なところだったようだ。


「それが、俺の高打率の理由です」

 そう口にした後、みんなが静かになったのが印象的だった。

 できるようになると思うんだけどなあ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日の試合も、早大は同じ投手を登板させてきた。うちも連投。

 試合は拮抗した展開だったが、最終的にはうちの打線が相手エースを攻略した。


 早稲田相手に、ついに二連勝を収めることができた。

 これでようやく、六大学リーグにおける「勝ち点1」を手にしたことになる。

 このリーグのルールでは、各カードは2戦先勝制で行われる。どちらかが2勝するまで試合が続き、勝ち越したチームにのみ「勝ち点」が与えられるという仕組みだ。

 このルールでは1勝2敗では勝ち点を得られない。これが東大が毎年最下位に沈む理由でもある。1試合だけ、まぐれで勝っても殆ど意味がないのだ。

 六大学の選手達は全員、1カードを制するということが、どれだけ大きな意味を持つか、身に沁みて分かっている。とはいえ、同じ勝ち点が並ぶと勝率で順位が決まるので、勝つに越したことは無いのだけど。


 今回のこの勝ち点1は、特に重要だ。

 おそらく早稲田も立教も、明治・慶應・法政といった上位チームからは勝ち点を取れない。

 その中で、このカードで勝ち点を得ることができたのは、東大にとって大きな前進になる。


 仮に、もうひとつ勝ち点を取ることができれば――例えば立教にも勝てれば――

 勝ち点2でシーズンを終えることになる。

 それだけで、東大は六大学リーグにおける歴代最高順位である「4位」がほぼ確定する[1]。


 俺は、この春でチームを抜ける。

 渡米の準備があるし、出場できるのはあと数カード分しかない。

 だからこそ、去る前に、できるだけ良い成績を残しておきたかった。

 勝ち点1。その数字が、俺たちの努力の証になればいい。



 決勝打を打った先輩が、試合後に嬉しそうに声をかけてくる。


「フォームの違い、わかるようになってきた。ところで、相談が…」


「よかったですね!」

 そう答えると、俺は急ぎ足で球場を出てタクシーを捕まえた。


 本当は試合後のミーティングで、もっと感触を聞きたかったけど

 ――今日は外せない大事な用事がある。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 テニスの試合会場に着くと、もうすでに先輩の試合は始まっていた。

 なんとか間に合ってよかった。打撃戦になったので試合時間が長引いてしまったのだ。

 コート脇のフェンスには、明らかにテニスに興味がなさそうな男たち――おそらく広瀬先輩を目当てに来た野次馬たち――が集まっていて、俺はその中に合流した。


 先輩は、どうやらかなりの有望選手らしい。

 昨シーズンのリーグ昇格にも大きく貢献したと聞く。

 すでに1ゲーム取っていて、今のところリードしているようだった。

 テニスのルールには明るくないけれど、それでも強さは伝わってくる。

 動きに無駄がなくて、打球のたびに相手の体勢を崩していた。見ていて安心感がある。


 サーブのためにコート端に歩いてきた先輩と目が合った。

 先輩は嬉しそうにこちらに手を振ってくれる。

 周囲がどよめく。「俺に手を振ったんだ」と醜い争いを始める野次馬たちに、

 優越感を覚えながら試合を観戦していた。


 しばらく見ていたが、そのうち俺の存在に気づいたファンたちが集まりはじめ、

 気づけば即席のサイン会場になっていた。

 テニスボールは文字が滲むし、ペンがうまく滑らないしサインしにくい。

 苦戦しつつも、全員に丁寧に対応していたら、いつのまにか先輩の試合は終わっていた。

 もっと先輩のテニスウェア姿を見ていたかったのに。残念だ。


 ――――――――

[1] 旧制帝大時代 1946,47に 2位、4位を記録したことがありますが、まぁ戦後すぐの混乱期なので…。

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