第45話 面倒見が良い庄内くん
今週末は早大戦。
言わずと知れた名門だけど、そこまで強いわけじゃない。昨年の秋季リーグでは4位。この試合は、しっかり勝っておきたい。
早大と立教には、確実に勝てるようにしておく必要がある。
俺のデータ分析システムは現在、移植作業の真っ最中。だから今回は、前の試合のVHS映像を使って投手の分析を行った。
登板するのは、早大のエース。
この時代の大学野球は、連投が当たり前みたいなものだ。同じ投手が出てくると見ていい。
レベル的には、そこまで高くはない。
監督に許可をもらい、先輩たちにVHSを繰り返し見せる。
「この投手、フォームにクセがあります。ストレートと変化球で明らかに動きが違います」
映像は、バックネット裏からの定点カメラ。
最初は「全然わからない」と言っていた先輩も、画面にシールを貼って球種ごとのリリースポイントを可視化していくうちに、徐々に違いを認識し始めてくれた。
とはいえ、実戦で見分けられるかはまた別の話らしい。
高校生でもできていたんだから、不可能じゃないと思うんだけどな。
「ファウルで粘りながら、フォームをしっかり観察してください」
そうアドバイスしておいた。
そして試合当日。
東大戦にしては、驚くほど客席が埋まっていた。
最近の注目度の上昇に伴って、部には寄付金がガンガン集まっているらしい。さすが東大、OBの成功者率は高い。
秋季リーグが始まる9月には、俺はもうアメリカだ。
大会には出場できない。
それまでに俺を使って、寄付金をできるだけ稼いでほしい。
俺が中退する予定だということは、監督にはすでに伝えてある。
ひどくショックを受けていたけど、残りの期間は全力で貢献するつもりだ。
試合は3対2でリード。7回表、東大の攻撃中だ。
今のところ、打点を挙げているのは俺だけ。
ただ、下位打線でも粘りが見えるようになってきて、四球が増えている。
球種の違いが、徐々に分かるようになってきたのかもしれない。
たった3センチの肘の高さの違いでも、集中してリリースポイントを見ていれば、脳が違和感として拾ってくれる。
……多分。
この程度の投手なら、時間をかけて訓練すれば対応できるようになる。
俺がいなくなる前に、試合前のビデオ分析を習慣化させておきたい。
そう考えていたところに、監督から声がかかる。
「7回裏から中継ぎで行け」とのこと。
これが、大学での初登板。
マウンドに向かうと、球場中から大歓声が上がった。
正直、そこまでの投手じゃない。
ただ、俺のアンダースローは初見には効果的だ。なんとか抑えられればいいんだけど。
試合はそのまま逃げ切った。
終わってから先輩たちに話を聞いたが、球種を見分けられたのは数人だけだったらしい。
しかも、打席の中でそれを活かせたかというと……微妙なところだったようだ。
「それが、俺の高打率の理由です」
そう口にした後、みんなが静かになったのが印象的だった。
できるようになると思うんだけどなあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の試合も、早大は同じ投手を登板させてきた。うちも連投。
試合は拮抗した展開だったが、最終的にはうちの打線が相手エースを攻略した。
早稲田相手に、ついに二連勝を収めることができた。
これでようやく、六大学リーグにおける「勝ち点1」を手にしたことになる。
このリーグのルールでは、各カードは2戦先勝制で行われる。どちらかが2勝するまで試合が続き、勝ち越したチームにのみ「勝ち点」が与えられるという仕組みだ。
このルールでは1勝2敗では勝ち点を得られない。これが東大が毎年最下位に沈む理由でもある。1試合だけ、まぐれで勝っても殆ど意味がないのだ。
六大学の選手達は全員、1カードを制するということが、どれだけ大きな意味を持つか、身に沁みて分かっている。とはいえ、同じ勝ち点が並ぶと勝率で順位が決まるので、勝つに越したことは無いのだけど。
今回のこの勝ち点1は、特に重要だ。
おそらく早稲田も立教も、明治・慶應・法政といった上位チームからは勝ち点を取れない。
その中で、このカードで勝ち点を得ることができたのは、東大にとって大きな前進になる。
仮に、もうひとつ勝ち点を取ることができれば――例えば立教にも勝てれば――
勝ち点2でシーズンを終えることになる。
それだけで、東大は六大学リーグにおける歴代最高順位である「4位」がほぼ確定する[1]。
俺は、この春でチームを抜ける。
渡米の準備があるし、出場できるのはあと数カード分しかない。
だからこそ、去る前に、できるだけ良い成績を残しておきたかった。
勝ち点1。その数字が、俺たちの努力の証になればいい。
決勝打を打った先輩が、試合後に嬉しそうに声をかけてくる。
「フォームの違い、わかるようになってきた。ところで、相談が…」
「よかったですね!」
そう答えると、俺は急ぎ足で球場を出てタクシーを捕まえた。
本当は試合後のミーティングで、もっと感触を聞きたかったけど
――今日は外せない大事な用事がある。
◇◇◇◇◇◇◇◇
テニスの試合会場に着くと、もうすでに先輩の試合は始まっていた。
なんとか間に合ってよかった。打撃戦になったので試合時間が長引いてしまったのだ。
コート脇のフェンスには、明らかにテニスに興味がなさそうな男たち――おそらく広瀬先輩を目当てに来た野次馬たち――が集まっていて、俺はその中に合流した。
先輩は、どうやらかなりの有望選手らしい。
昨シーズンのリーグ昇格にも大きく貢献したと聞く。
すでに1ゲーム取っていて、今のところリードしているようだった。
テニスのルールには明るくないけれど、それでも強さは伝わってくる。
動きに無駄がなくて、打球のたびに相手の体勢を崩していた。見ていて安心感がある。
サーブのためにコート端に歩いてきた先輩と目が合った。
先輩は嬉しそうにこちらに手を振ってくれる。
周囲がどよめく。「俺に手を振ったんだ」と醜い争いを始める野次馬たちに、
優越感を覚えながら試合を観戦していた。
しばらく見ていたが、そのうち俺の存在に気づいたファンたちが集まりはじめ、
気づけば即席のサイン会場になっていた。
テニスボールは文字が滲むし、ペンがうまく滑らないしサインしにくい。
苦戦しつつも、全員に丁寧に対応していたら、いつのまにか先輩の試合は終わっていた。
もっと先輩のテニスウェア姿を見ていたかったのに。残念だ。
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[1] 旧制帝大時代 1946,47に 2位、4位を記録したことがありますが、まぁ戦後すぐの混乱期なので…。




