第43話 10年ぶりの…
六大学野球では木製バットを使う。
大学野球全体や社会人が金属バットに流れてるこの時代でも、六大学だけはずっと木製にこだわってきた。伝統を守り続けるというのは素晴らしいことだ。
でも、木製バットってのは消耗品で高い。つまり、木製にこだわることができるってことは、リーグの人気が高くて、チームが金を持ってるってことだろう。
大学デビューするにあたって買ってきた俺のバットは、メイプル製。まだ正直、使い心地に慣れていない。特に打ったときの衝撃が大きいのが気になる。
日本ではアオダモの木から作られるバットが最高峰とよく言われる。東大内でも使っている人は多いし、プロ野球でもスタンダードだ。
湿気の多い日本では、アオダモで作られたバットが非常によく合っている。湿気が多くても反発力を維持できる優れた素材だ。
逆に、アオダモで作られたバットは乾燥には弱く、メジャーではほとんど使われないってのが面白い。
俺としては、秋以降はアメリカで戦うつもりだから、バットはメイプルのものにした。
日本の湿気だと、ケースに入れていても駄目になるということもあると聞いたことがあるので、乾燥剤も大量に買っている。
今日の神宮には、アルミのケースに入れてバットを2本持ち込んでいる。
結構な値段がするので、折らないように大事に使おう。
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明大の投手陣のことは全然調べられていない。
一応雑誌では読んだけど、あんまり参考にならないんだよな。雑誌に「スライダーが持ち味」と書いてあっても、実際に見るとフォークにしか見えなかったり、カーブだったりすることもある。さすがに逆方向のシュートってことはないのだけど。
変化球ってのは、投手が「これはスライダーだ」と言い張るならスライダーになる世界だ。
情報収集もままならないうえに、相棒となるコンピューターの準備もまだできていない。相手チームを本格的に分析できるようになるのは、もう少し先になりそうだ。
ただ、コンピューターは数学研究会の先輩のツテで用意はできそうだ。それも超高性能なやつ。
試合前、俺のことをよく知ってる江崎先輩は、俺に情報を抜かれないように背を向けてコソコソ投球練習をやってた。高校時代、江崎先輩と何度も敵情視察に行ったこともあり、俺のやり口はお見通しということだろう。
先輩の投球が高校時代からどれくらい進化しているのかは、全然調査できていない。
江崎先輩は大学でも筋トレを継続してるらしく、他の選手と比べて明らかに腕が太かった。球速も音を聞く限り、高校時代よりずっと進化してる。
2回裏に打席が回ってきて、江崎先輩と久々に対決する。
初球のインコースをえぐるストレート。これは150キロはあるだろう。というか、当てても構わないって感じで投げてきたな。
前の打者にはここまで厳しいインコース攻めしていなかったので、俺が試合前に挑発したことに対する私怨が入ってる気がする。
このスピードでインコースってのは普通に怖い。肘にでも当たったら怪我してしまうかもしれない。
特にこの時代はエルボーガードを着けるという習慣がないのでなおさらだ。着けている選手はいないし、売っているところを見たことがない。
俺を追い込んだあと、高校時代は持ってなかった新球種のフォークを見せてきたり、アウトローにコントロールよく投げてきたり、いろいろやってきた。
それを全部ファールで粘って、最終的にはストレートを打ち返してライト前に落とすことに成功した。
ただ、後続が続かずに攻撃は終了。今のところは俺以外、全員凡退だ。
相手の投手が良すぎるというのもあるけど、この打撃だと勝つのは厳しいな。
明大の攻撃中、ライトから自チームを眺めていると、思っていたより東大の守備のレベルが高いことに気づく。
実はこの時期の東大は万年最下位というわけではない。毎年、立教大学と熾烈な最下位争いをしていた。去年の秋リーグも5位だった。
明大と比較すると、東大は打撃と投球では1〜2段階くらい劣ってる気がするけど、守備は遜色ない。普段の熱心な練習の成果だろう。
これは、ちょっとしたスパイスがあれば3位以内になれるかもしれない。そうなれば、1946年以来40年ぶりの快挙だ。
9回裏2アウト、1・2塁で俺の打席が回ってきた。チームは2-0で負けている。
7回に江崎先輩が降板したあと、2年生の投手がフォアボールを2つ出して、俺の前にランナーをためてくれた。
2年生ってことは、新戦力を試しているんだろうな。この投手は事前のデータがなかったので、公式戦では初登板だと思う。
2者連続で四球を出したピッチャーに対して、相手の監督がイライラしているのがわかる。明らかに相手のベンチの雰囲気がやばい。
打席に入る。キャッチャーの動きを見る限り、俺に対して勝負してくれるらしい。
この前まで高校生だったやつに舐められたくないって心情もあるのかもしれない。
相手ピッチャーが振りかぶって投げる。
俺は、初球の高めのボール球を思いきって振り抜いた。
打った瞬間、ホームランになることが分かった。
買ったばかりのバットをそっと地面に置いて、ゆっくり歩き出す。打球は超満員のレフトスタンドに飛び込んでいった。
逆転サヨナラホームラン。
歩きからランニングに切り替えたあたりで、一瞬静まり返っていた球場全体から、爆発したような歓声が巻き起こった。
ホームベースでチームメイトのハイタッチに迎えられた。
ハイタッチをしている途中、相手ベンチからバットが折れる大きな音がしたけど、俺は何も聞かなかったことにした。
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明大はこの試合までの10年間、東大に負けていなかった。
俺は前世で六大学からプロに行ったから、有名な記録はだいたい覚えてる。明大は1976年春から東大に92連勝してたはずだ。1年間に春秋合わせて4試合するので20年近く負け続けた事になる。伝説レベルのエピソードだ。
俺のサヨナラホームランで連敗を43で止める事ができた。ベンチも観客も大喜びだ。俺が打たなければ、連敗はもっと続いていただろう。
超満員の観客席からの声援がすごい。早慶戦でもここまで混まないし、プロ野球のヤクルト戦だって、神宮がここまで埋まることは滅多にない。
招待していた広瀬先輩も、内野応援団席の最前列で手を振ってくれていたけど、あまりに周りがうるさくて声をかけるのは無理だった。
ベンチに戻ってくると、すれ違いざまに頭をペシペシ叩かれた。
気づけば、チームメイトとも随分仲良くなったもんだ。試合前は敬語を使って話しかけてくる先輩すらいたのに。
ベンチに座り、新品のバットを撫でる。
このバット、どっかに寄付して展示してもいいレベルかもしれない。
監督に相談してみるか。
六大学では週末に連戦するので、明日も明大戦。
相手のベンチ裏から聞こえる怒鳴り声を聞く限り、明日は新戦力を試すなんてことはせずに本気で殺しに来るだろう。
翌朝、コンビニでスポーツ紙を買った。
一面に俺の写真付き記事。「庄内、神宮でサヨナラ弾!」
明大に10年ぶりに勝った事も面白おかしく書いてある。
クールに決めたつもりだったけど、写真はただの無表情だった。写真写りについてはもうちょっと練習が必要かもしれない。
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翌日の神宮も超満員。相手のスタメンを見る限り、明大は完全にガチメンバーでだった。
練習中に江崎先輩に挨拶に行くと、監督の目を避けるように、こっそり隅に連れて行かれた。
「昨日のあと、全員バットでぶん殴られた」
鉄拳制裁どころか、バットで殴られるのか。
流石、六大学で最恐と呼ばれる監督だ。
ふと、昨日サヨナラを打たれた投手が練習にいないことが気になった。
理由を聞くと、先輩は黙って首を振った。俺も察するものがあり、それ以上は聞けなかった。
2日目以降の試合は、ボコボコに打たれて普通に負けた。




