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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
序章

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第4話 リトルリーグ支部大会

 チームの練習がない日は、西宮球場に通うようになっていた。

 最初の何度かは母もついてきてくれたけど、最近は来ない。

 チケットは近所の新聞屋に行けば、いくらでももらえる。阪急戦は内野席が貰えて、しかも何回でも無料。

 ちなみに甲子園のチケットもあるらしいが、年に一回の制限があって、しかも外野席だけ。格差ってこういうことかと思う。


 阪急の不人気はともかく、小遣いがほとんどない俺にとって、タダでプロ野球が見られるのはありがたい。

 指定席ではあるけど、ガラガラの内野席の最前列で陣取っても誰にも文句は言われない。

 いつものように座ると、顔馴染みのおっちゃんに声をかけられる。


「おう、坊主、今日も来たんか!」


 この人は熱烈な阪急ファン……を自称しているが、将棋を指しながらしか見てないので、実際どこまで試合を見ているかは怪しい。

 とはいえ、小学生がノート片手にプロ野球を真剣に見てたら目立つ。面白がって声をかけてくれるようになった。

 いつもコーラを奢ってくれる。ありがたい。


「今日の山崎はどうや? 球走ってるか?」


 おっちゃんたちの将棋の合間に、俺が簡単な解説を挟むのが恒例になっている。

 あくまでざっくりとした説明だが、満足してくれてるらしい。

 今日の先発・山崎はローテーションの下位。荒れ球が持ち味の投手で、俺のコース予測がまともに当たったことは一度もない。

 この日も初回からフォアボールを連発。解説するまでもなく不調だが、一応コメントする。


「これは、ダメですね」


 今日は4回が終わる前に帰ることになるかもしれない。門限は20時半。

 将棋に夢中なおっちゃんのツマミをこっそりスティールしつつ、ノートを眺める。

 ビジターの選手までは追えないが、阪急の主力データはだいたい揃ってきた。

 もっとも、俺が対戦するわけじゃないんだけど。


 今年の阪急は絶好調……だった。

 この時代のパ・リーグは前期・後期制。それぞれの優勝チームがプレーオフで決着をつける。

 前期に圧倒的な強さで優勝した阪急は、後期に入ってからはやや怪しい滑り出し。

 ローテの下位が崩壊気味で、今日の先発も2回途中でKO。

 二番手もあっさり打ち込まれ、7点差がついたあたりで、俺は席を立つ。


 帰り道、西宮北口駅までの道はもう暗くなっていた。

 街灯のオレンジが滲む舗道に、たまに自転車のライトがすっと横切る。

 商店のシャッターは半分降りていた。駄菓子屋の前には子どもたちが残っていたが、もう片付けの時間だ。

 パチンコ屋の看板がまぶしく点滅し、立ち食いそばの湯気と出汁の匂いが漂ってくる。


 西北の駅舎は、くすんだ鉄骨と木の梁。

 改札の脇に立っていた駅員が、無言で手を差し出す。

 ポケットから取り出した硬券の端が少し汗で湿っていた。


 カチ、という音とともに、入鋏。

 手のひらに返された切符の角が、ほんの少し欠けていた。


 なんてことのない、ただの切符。

 でもその切れ端が、今日も野球を見てきたという証のように思えた。


 俺はホームに立ち、電車を待つ間にノートの片隅に今日のまとめを書き足した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 リトルの練習は、相変わらずだ。

 正直、教科書的な技術が得られるような内容ではない。

 それでも、体を動かしながらこの身体の違和感を徐々に慣らしていくことには、ちゃんと意味がある。


 ちなみに、公式戦にはまだ出られない。

 リトルリーグのリーグ戦は基本的に高学年が中心だ。

 それでも練習試合なら、2年生の俺も混ざることができる。

 相変わらず監督の「上から叩け」というアドバイスは無視して、アッパースイングを続けているけど、最近はもう何も言われなくなった。


 守備は、やっぱり厳しい。

 歩幅が小さいぶん、どうしても先輩たちに比べて守備範囲が狭くなる。

 送球もまだ頼りなくて、いわゆるボテボテの球しか投げられない。

 それでも、特に何か言われるわけでもないから、監督としては今のところ満足しているのかもしれない。


 今日の練習試合の相手は、同じ支部の近隣チーム。

 先発ピッチャーは6年生で、俺との身長差はゆうに20センチ以上。

 それでも、打率はここ最近で6割をキープしている。


 相手の球種はスライダーとカーブ。

 小学生にはまだ変化球の指導は敬遠されがちなので、この2つに落ち着くことが多い。

 この投手も例に漏れず、それだけだ。

 この構えとタイミング――インコース。球種はスライダー。

 レフト前に落ちるのを片目で確認しながら、一塁へ走る。セーフ。

 この歳になると、さすがに守備のザルさは少なくなってくる。


 このリトルリーグの支部には、全部で10チームある。

 うちは毎年、最下位争いの常連だ。

 この試合を含めて、すでに3チーム分のデータは集まり始めている。

 一度対戦すれば、そのチームの傾向はだいたい分かる。

 エースは一人きりというのが、ほとんどのチームの現状だから。


 ベンチで黙々とノートをつけている俺を、監督は最初は不思議そうな顔で見ていた。

 今ではすっかり「楽ができる」と思っているらしく、色々聞いてくるようになった。

 本来は俺に関係ない野手の記録まで、一応つけている。

 データはまだ少なくて精度は低いけど、一球ごとの記録を取っているから、多少の傾向は読み取れる。


「この子はインハイのストレートをほとんど見逃している」とか、

「この子はフルカウントから明らかに泳がされている」とか、

 そんな程度のことなら、数試合でもわかる。


 とはいえ、うちのエースがそこまで投げ分けられるかというと、かなり怪しい。

 でも、だからといって闇雲に投げるよりは、意味がある。

 コントロールが甘くても、相手の苦手を意識して投げるだけで、野球は変わる。


 野球は、知能をぶつけ合うスポーツなのだから。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 三年生になって、ようやくリーグ戦に出られるようになった。

 スタメンにも名を連ねている。チームで唯一の三年生だ。

 上級生の中には、何か言いたげな空気を漂わせてくるやつもいたけど、打ちまくってる限り、それが言葉になることはない。


 最近じゃ、ランナーがいるときは敬遠されるようになってきた。

 まぁ、そりゃそうだ。6割打ってるバッターと無理に勝負する意味は、ほとんどない。

 本音を言えば、塁に出たら盗塁もしたいんだけど、リトルリーグはリードが禁止されてる。実質、盗塁はできないに等しい。


 勝負されたり、されなかったり――それでも打率は5割をキープして、四番に座り続けていた。

 とはいえ、俺一人が打っても試合が決まるわけじゃない。

 チームの成績は正直、微妙だった。今年も最下位は免れたけど、優勝には届かない。


 それでも、チームは確実に変わっていた。

 監督……というか、俺のデータ野球が、試合で活かされるようになってきた。

 際どい試合を拾えることが増えたし、明らかに勝ち方が見えてきている。


 リードを読む。投手のクセを見抜く。

 考えて、戦う。俺の好きな“知的な野球”だ。

 といっても、球種を見極める目が育ってきたという話は、あまり聞かない。

 一度、「モーションから球種やコースがある程度分かる」と言ったら、信じられないような目で見られた。

 だから、最近は黙ってる。精進してくれ、とだけ思ってる。


 そんな日々を重ねて、五年生になった。

 そして、キャプテンに任命された。

 チームは初めて支部大会を制し、関西大会に出場することになった。


 ――そこで、俺は“怪物”に出会った。

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