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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
高校編

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35/81

第35話 天王山

 昨日のPFは、なぜか18時半から試合を始めたらしい。過去最も遅い試合開始時間だったそうだ。

 その上、寒さのせいで両チームの打線が沈黙し、試合は延長戦にまでもつれ込んだ。

 結局、PFが劇的な勝利を収めたのは、21時を過ぎてからだったという。


 ……21時を過ぎても高校野球って続けるんだな。

 高野連は何を考えているんだろう。選手の健康を本気で考えるなら、21時を越えた時点で試合を打ち切って、翌日に1回から再試合にすべきだ。

 結局、選手のインタビューは時間が時間なのでスキップされて、現場の状況はよく分からなかった。

 ただ、勝利監督の談話によると、かなりの消耗戦だったらしい。


 テレビ中継を見てても、俺たちと違って全然防寒対策をしていなかった。

 まぁ、本来なら1番気温の高い時間に試合をする予定だったんだから、仕方ないか。

 それにしても、読んだ記事にあった「試合後の岸原の唇が死人のように青ざめていた」って一文には、ちょっと笑ってしまった。

 誰だよ、そんな過酷な試合を強行させたのは。

 高野連が悪いよー。高野連がー。


 そんなことを考えながら、新聞をめくる。

 やはり高校生が21時を過ぎてまで試合をするのは、高野連にとっても想定外だったようで、「再発防止に努める」なんてコメントが出ていた。


 昨日の試合に関して、もっとウチが叩かれるかと思ったけど、意外とそうでもなかった。

「手加減するほうが失礼」という謎の文化に助けられてる感はある。

 実際のところ、明らかに格下の相手に全力で打ちまくるのは、疲れるだけで得がない。

 だから、どの強豪校も暗黙の了解で、適当なところで攻撃を切り上げる空気がある。


 あんな弱い高校を選抜に出した高野連が悪い、という論調も、まぁ分からなくはない。

 紙面でもその意見が多い。「県大会ベスト4を無理やりねじ込んだ結果、こうなった」っていうやつ。

 こういう批判を常に受けるせいで、春の甲子園は少し格が落ちるって言われるんだろうな。


 でも、強い高校ばかりを出すなら、「選抜」って名目の意味がなくなる。

「強さだけではなくて努力した高校が見たい」って気持ちがあってもいいはずだ。


 さて、そんな昨日の試合で、浜田の評価が爆上がりしてるらしい。

 相手が弱かったとはいえ、4本塁打は素直に凄い。

 でもな、俺が必死に四球を狙って時間稼ぎした後で、初球をホームランにしながらホームベースを踏んでニヤニヤしてたお前の顔、忘れてねぇぞ。


 この前、浜田と監督と阪急のスカウトが密談してるのを見かけた。

 ……阪急行くのか? 行くなら、西宮球場で思いっきりヤジ飛ばしてやる。

 あそこは、俺にとってもホームみたいな場所なんだよ。


 このままいくと、準決勝でPFと当たる。

 俺たちが紫紺の優勝旗を奈良に持って帰るためには、そこが最大の山場になるだろう。

 もちろん、まずは2回戦、3回戦をきっちり勝ち上がらなきゃ話にならないけど。


 テレビをつければ、どのチャンネルも浜田のリプレイばかり流してる。

 拗ねた俺は、そっとリモコンを置いて、机に向かう。


 ――PFの研究に戻る時間だ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 春の選抜準決勝。


 その日の甲子園は、外から眺めただけで、いつもと違う空気を纏っていた。

 阪神の甲子園駅からは長蛇の列が伸び、バスはロータリーで渋滞しながら、次々と観客を吐き出していく。

 スピーカーからは「満員御礼」のアナウンスが響いていた。


 関西の強豪が出る時は、いつも盛り上がる。けれど今日は、それにしても熱気が違った。

 スタンドの雰囲気がピリついている。全員が「何かが起こる」と分かっている顔をしている。


 岸原が、前の試合を体調不良でベンチを外れていたが、今日は試合前のシートノックに姿を見せていた。

 春の甲子園は、寒暖差が激しい。昼間は陽気でも、夕方になると急激に冷える。

 体調管理もまた、勝ち残るための能力だ。

 プロ確実の天才打者とはいえ、体調管理ができていないようではまだまだだぞ。


 ベンチ前で受け取ったメンバー交換表に目を通すと、相手はセカンドとショートが一年の控えに入れ替わっていた。

 前の試合でも出場していなかったが、どうやら風邪をこじらせたらしい。

 それ以外の布陣は、見慣れたスタメンのままだ。

 まぁ、寒さはエリア全体にダメージを与えるようなもの――AoE。全員がやられるわけにはいかない。


 そして、今日の先発は桑原。

 ウチはこの準決勝を、選抜の天王山と位置づけている。相手も、そう考えているようだ。


 俺たちの打線は、ピッチャーの弱点を突くのが極端にうまい。

 変化球のフォームの微差も見逃さないし、配球のパターン化には容赦ない。

 いわば究極の「格下キラー」だ。だからこそ、甲子園常連の安定感がある。


 だが、桑原はその理屈が通じない。

 150キロの直球は、近年インフレ傾向にある甲子園でもトップクラス。

 変化球のキレも、高校生とは思えない。

 けれど、それ以上に厄介なのは――「読めないこと」だ。


 彼のフォームは洗練されていて、変化球の球種がまったく分からない。

 秋の大会で、俺が二塁ベースに立っていたとき、やたらとこちらをチラチラ見ていた。

 サイン盗みを警戒されていたのかもしれない。


 サイン盗み――それは、キャッチャーのサインや構えを見て、打者に伝える行為だ。

 2017年のメジャーリーグ、アストロズはそれで有名になった。

 ゴミ箱を叩いてサインを知らせ、驚異的な高打率を記録した。

 彼らはワールドチャンピオンになったが、後に不正が発覚して報復死球を山ほど食らった。


 ……まぁ、俺たちはやっていない。

 だが、二塁ランナーというのは、最もサインを盗みやすいポジションでもある。

 もし塁上で踊っていれば、「伝えている」と思われても仕方がない。

 実際、やっていなくても微かな動きを見咎められて、相手がキレてくることもある。俺たちは明らかに打ちすぎてるからな。


 そんなことを考えながら、ブルペンで投げる桑原の姿を見る。

 体調は悪そうに見えない。でも、あいつポーカーフェイスだからな。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 試合が始まった。

 1回裏、1番と2番があっさりと凡退してベンチに戻ってくる。


 ネクストサークルで準備しながら声をかけると、返ってきたのは――

「データ通りじゃない。予想と全然違うところにボールが来る」


 ……これランダムで来てるな。


 彼らの前の試合では、明らかな傾向があった。

 だが、今日の配球は完全にランダムにしているようだ。

 安定感はなくなるが、「読まれる」よりはマシ、という判断か。


 問題は、そういうランダムな配球は、どうしても甘いコースにも来ることだ。

 俺の打席、どうやら勝負をしてくれるらしい。浜田が後ろにいるおかげで勝負してくれることが増えた。

 外角高め――外からストライクゾーンに滑り込んでくるスライダー。

 それを――振り抜く。ランダムの弊害なのか、普通なら投げない甘い球だ。

 完璧に捉えたボールはレフトスタンドへ吸い込まれていった。


 ベースを一周しながら考える。

 桑原の変化球は本当に厄介だ。

 ウチの他の打者たちは、ゾーンを決めてバットを振るタイプが多い。

 この投手を相手に、対応できるとは思えない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 ベンチに戻ると、すぐにノートを開いて配球を再確認。

 投げられた球のコース、球種、打者の対応――

 簡易的な統計を取りながら、傾向を見出そうとするが、データの「特徴量」の精度が極端に悪い。


 相関がない。

 完全に、ランダムだと割り切っていい。


 秋の大会で打ちまくったから、徹底的に対策されたか。

 浜田が天性のセンスでヒットを放ったが、後続は続かず。


 スコアは、0-1。


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― 新着の感想 ―
>でも、強い高校ばかりを出すなら、「選抜」って名目の意味がなくなる。 >「強さだけではなくて努力した高校が見たい」って気持ちがあってもいいはずだ。 ここ、高校野球の創作物でよく見落とされがちな点だと…
主人公がレフトスタンドに運び、浜田が1本放って後続が続かなかったのなら0-2なのではないでしょうか?
粘って粘ってチャンスを掴むような戦いが必要でしょうね。
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