第34話 3月の甲子園
最後の春の選抜が始まった。
宿泊するホテルは、去年と同じだった。最近知ったのだが、甲子園に出場する高校の宿泊先というのは、ある意味ボランティアで成り立っているらしい。
出場校側からすれば、出られるかどうかは直前まで分からない。そのため高野連がすべての参加校のために、あらかじめ決勝戦までの日程を一括で予約しておく仕組みになっているのだという。しかも、敗退してキャンセルになっても違約金はゼロ。聞いていて気の毒になるような契約内容だ。
だが、それでも毎年手を挙げるホテルが絶えないという。球児と同じ夢を見られること自体がうれしいのだとか。
俺は、去年も泊まったこのホテルのフロントに、自分のぐにゃぐにゃしたサインを渡しておいた。ぜひ飾っておいてくれと。たぶんそのうち、価値が出ると思う。
ロビーで買った雑誌には、今年のドラフト候補が掲載されていた。名前を挙げられているのは、KKコンビと、俺。
桑原はどの球団も喉から手が出るほど欲しいだろう。ただ、本人が大学進学を表明しているせいか、そこまで熱の入った論調にはなっていない。
とはいえ、俺の記憶が正しければ、ある球団が密かに狙いを定めていたはずだ。
俺と岸原を比較する論評も載っていたが、さすがに分は悪い。あちらは全国制覇を果たしている。とはいえ、俺もそれなりには評価されているらしい。俺のストーカーになってる日ハムのスカウトは、「単独指名でいく」とこの時期から記者に公言している。やめてほしい。
俺がパ・リーグ志望ではないという話も一応は書かれていたが、あまり本気には受け取られていないようだった。
唯一、俺と仲良しの阪急のスカウトには「指名しても意味がない」と明確に伝えてあるので、そこが指名を見送ってくれる見込みなのはせめてもの救いだ。
球団にとって、高校生は指名すれば来る存在に見えているのかもしれない。
大学生や社会人なら、意に沿わない指名をされればあっさり拒否するケースも多いが、高校生の場合は下位指名でも案外入団してしまう印象がある。
そういえばこの前、西武が社会人選手を指名したが、「給料が下がるから」と入団を断られていた。正直、少し笑ってしまった。
そりゃそうだろう。選手生命が終わっても終身雇用を保証してくれる社会人野球を捨てて、ファンすら少ない不人気球団に入りたいと思う選手は少ない。
あの西武が、後に岸原を擁してパ・リーグの再興を果たすことになるのだから、運命というのは皮肉なものだ。
我がチームの新キャプテン、浜田もプロのドラフト候補に名前が挙がっていた。
あのスイングと、肉体を見れば、そりゃ指名したくもなるだろう。上位指名されたなら行ったらいいんじゃないかな。
プロで活躍できるかは神のみぞ知るというやつだが。
ちなみに、キャプテンの話が俺に来た時に受けようか断ろうか悩んでいたが、そもそも候補に挙げられなかった。
まあ、俺はあんまり練習に参加していないし、キャプテンがいない練習風景というのもさすがにまずい。
俺の練習はデータ分析と筋トレが中心で、なかなか集団練習に参加できないのだ。
雑誌に掲載されている他のプロ注目選手の顔ぶれは、ほとんどが投手ばかりだった。
高卒野手というのはリスクが大きいし、俺と岸原のように複数の野手が競合候補になっている年はかなり珍しい。
ただ、俺自身はもう岸原を超えたと思っている。
PFでのプレーを見る限り、彼は中学時代の輝きが消えてしまっているように見えるんだよなぁ。あの頃の彼は本当に怪物だった。
今も十分にすごい選手だが、どうしても筋力の面で物足りなさを感じる。精神論で体は大きくならない。
この春の選抜、そして夏の甲子園で、俺たちの打線を見せつけてやる。
投手陣の層はやや薄いが、エースの一年生は健闘している。
俺自身もオーバースローを本格的に始めてから、150km/hを安定して出せるようになってきた。
ただ、コントロールが悪く、打者に当てまくってしまう。
阪神が令和時代に擁していた「対右打者専用」の戦略兵器とよく似ている。
もちろん、俺も彼もわざと当てているわけではない。リリースポイントが安定しないだけだ。
だから右打者の頭部めがけて抜けるボールが出てしまう。
あの阪神の選手も、もしこの一点さえ克服できていれば、良い意味で歴史に名を残していたかもしれない。
だが、阪神が誇る名コーチ陣ですら矯正できなかったのなら、誰にも修正は無理なのかもしれない。
俺のオーバースローは“殺人投法”の域に達しつつある。
一方で、アンダースローの効果はやや薄れてきた。球種が少なすぎるのだ。
実際、あまり投手の練習していないので、まともに使える球はほとんどない。
俺は、高校生レベルでも投手としては上位に食い込めない、“なんちゃってピッチャー”に過ぎない。
雑誌には俺のことを投手としても期待なんて書いてあったが、球が速いだけではおそらく通用しないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
試合前恒例の、対戦相手の分析会議が開かれている。最近は、分析チーム(という名の数学研究会)からキャプテンに直接報告がいくようになったので、俺はもはや関わっていない。
収集範囲や精度に言いたいことがないわけではないが、体制を維持することが何より重要だ。この仕組みは、理事長からの強力な補助金で支えられており、文化部である数学研究会には200万円の部費が出ている。最近は、豊富な部費を背景にお菓子食べ放題という謎の福利厚生まで始まった。
全国の高校野球チームの中でも、分析官が帯同しているところはそう多くないだろう。彼は一応、野球部にも籍を置いているが、練習に出ることはなく、あくまで数学研究会のメンバーだ。
「相手は、山形県の山間部にある公立高校です。県大会ベスト4から選抜に選ばれました。創部50周年の節目で、文武両道を評価されての選出と思われます……」
淡々とした分析の声を聞きながら、眠気が襲ってくる。要するに、弱いということだな。
相手ピッチャーは打たせて取るタイプ。コントロールは俺より悪そうで、県大会では待球作戦で崩れていたらしい。守備は堅実だが、控え投手はかなり頼りないという分析だった。
まぁ、ウチが負けることはないだろう。
正直、相手チームへの興味はもう失せていたが、別のところに俺は目をつけていた。
「作戦の提案があります!」
久しぶりに口を開いた俺に、部員たちは興味というよりは、怪訝な顔を向ける。秋以降、地方大会を含めて俺はほとんど発言してこなかったからだ。
「我々の試合は大会2日目の第2試合です。第3試合にはPFの初戦が組まれています。打ちまくって、ひたすら待たせてやりませんか?寒い夕方から夜の試合を強いるんです」
その日、2日目の天気予報では最高気温8度、最低気温2度。春の甲子園の試合開始時間は9時、11時半、14時の3試合が原則で、ナイター設備があるとはいえ、夕方からの試合は計画通りなら行わない。
最大4試合ある夏の甲子園とは少し違うところだ。
この提案に、部員たちは一瞬ひるんだ。
だが、なぜか反対意見はなかった。
作戦は決まった。徹底的に叩きのめす。
よし、夢の100点差を目指そう。たしか、史上最多得点は122点だったっけ? いや、あれはこの時代では未来の話か。
ベンチには大量のコートとカイロを用意し、ホテルには試合後の熱いお茶も頼んでおいた。
試合当日、第2試合は前の試合の延長戦の影響で1時間遅れて始まった。俺たちは寒風吹きすさぶ練習場で待たされる。
ウチの先発は四番手の一年生、相手はエース。
1回の表、俺は四球を選び、盗塁したり無意味に時間を潰す。その時に、キャプテンの浜田が特大のアーチを放つ。3-0。
この時点で、相手の戦意は尽きかけている。
ベンチに戻ると、俺はカイロ入りの特製コートを羽織り、保温瓶のお茶でぬくもりを確保。
だが、ぬくぬくしていると打順が一巡してしまったみたいだ。2番打者まで打順が回り、俺も再びネクストバッターズサークルへ。
この打席でも簡単に四球を選んだ。
その後、浜田がまたも本塁打。もはやこれは、ホームラン競争だ。1回だけで9点取ってる。
相手ピッチャーの顔が死んでる。そろそろ交代してあげたほうがいいのでは?
ダラダラと打ちまくって、ベンチでぬくぬくしているとスコアが見たことがないような数字になってる。
気温5度、試合時間4時間半でスコアは39-0。7回表、審判がこちらのベンチに手招きする。
伝令が審判からの伝言を伝える。
「すごく言いづらそうに、試合をさっさと終わらせてくれないかと言われました」
公式ルールには審判にはそんな要請をする権限はない。ただ甲子園の審判はタイムキーパーの役目もある。この現状はなかなか彼らとしては辛いものだろう。また、現実的に時間的リミットも迫っていた。
監督に進言し、俺たちはついに試合を終わらせる決断をした。これ以上やると、第3試合が翌日に回されてしまいそうだったからだ。
結局初戦は42-0、試合時間5時間20分。
俺の成績は12打席5安打(うち2本塁打)、5四球。打点は……覚えていない。
ただ、浜田に選抜最多本塁打記録を抜かれたのは少し悔しい。彼はこの試合4本塁打を打っていた。
浜田がインタビューを受けているのを尻目に、こっそりバスに戻ろうとしたが、記者につかまる。
「ええ、もちろん。真剣にやってる相手に手加減するのは失礼ですから」
適当に答えて浜田を盾に記者を撒き、ラジオを聴くためにバスへ。
18時20分、PFの試合が始まる。
プロのナイターかよ。
気温5度。寒空の中、プレーする彼らに少しだけ同情しながら、俺らはバスの中で温かいお茶をすするのだった。




