第31話 クラスの人気者、庄内くん
国体での活躍が評価されて、個人賞をもらった。
高校野球の種目で個人に賞が出るのは珍しいらしい。それだけ知事が喜んだってことなのかもしれない。
知事は橿原球場での決勝戦にも来ていたらしいけど、そんなに暇なんだろうか。
野球部の優勝トロフィーの横に飾ろうとしたけど、「それは個人のものなので」と学生課に寄付を断られてしまった。俺も別に要らないんだけどな。
仕方なく、数学研究会の部室の中にそっと置いておいた。プログラミング大会の賞状の横に国体の賞状。完全に場違いで、ちょっと笑える。
さて、うちの学校は二年の秋から一気に受験モードになる。遊んでるのはスポーツ推薦組くらいだが、うちのクラスは理系なのでそういう奴はいない。教室の空気は全体的に重めだ。
プロ志望の俺にとって、勉強がどれほど重要かといえば、正直そこまでではない。でも、希望しない球団から指名されたときに進学という逃げ道があるのは心強い。
できればプロを引退したあと、指導者になる前に大学で学び直したいとも思っている。
史実では桑原もそんな感じの引退後を送ってたはずだ。あいつ、性格的に人付き合いは得意じゃなさそうだったけど、なんとなく気が合いそうなんだよな。ちなみに今まで喋った事はない。
岸原のほうはいかにも体育会系《蛮族》って感じだけど。同じKKコンビでもすごい性格差がある。
二年の秋、学校主催の模試があった。しかも、成績はクラスで晒されるという昭和的スパルタ方式。
俺の志望校はもちろんデジタルハリウッド大学。……は、まだ開校していないので、とりあえず東大理Ⅰにしておいた。
結果はB判定。人生二周目なのにショックだ。
文系科目が苦手なんだよなぁ。理ⅡはA判定。
でも、データ分析やアルゴリズムを本気でやるならやっぱ理Ⅰだよなぁ。IIよりIの方がちょっと難しい傾向がある。
模試の結果が良かったおかげで、学年上位のメンバーとして教壇で軽く表彰された。
教室の隅で同じく模試上位組がワイワイしていたので輪に入ろうと近づいたら、タイミングよく解散された。
……俺って、やっぱ避けられてない?
この学校は放課後は塾に直行するやつが多い。進学校あるあるだ。
進学校はよく「鉄⚪︎会の自習室」という風にディスられることがある。鉄⚪︎会とは東大志望者向けの塾だ。これは授業そっちのけで塾の課題を黙々とやってる様子を皮肉ってのこと。
この時代に鉄⚪︎会が関西にあるのかは知らんが、まあ似たような塾には通っているんだろう。授業中に授業を聞いてる奴は殆どいない。
個人的には授業面白いと思うんだけどな。せっかくの学費もったいなくね?
理系クラスを見てると、医学部志望が意外と多い。
正直、医者って世間が思うよりは簡単になれる。偏差値60前後でも入れる私大医学部はあるので、クラス上位にいればチャンスはある。
もちろん、国公立、それも東大理Ⅲなんかは別次元だけど。
俺もスポーツ医学を学びたい気はしてるけど、正直、解剖学とか血管の構造とかはそこまでいらない。
筋肉と栄養のことを深く学べる進路ってないのかな……と、授業を眺めながらぼんやり考えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
(クラスメイト視点)
ウチのクラスには、化け物がいる。
庄内 毅。
この学校で名前を知らない奴はいない。というより、全国的に名前を知られている。
KKコンビのライバル。センバツでの「敬遠ホームラン」は、いまだにテレビの特集で流れるレベルだ。
そんな彼が、何食わぬ顔で前の席に座って授業を受けている。
「庄内ひとりで野球部を甲子園に連れて行ったらしい」
そんな噂を聞いた事がある。野球部の友達にそれとなく尋ねたが、全員が否定も肯定もせず、話題をはぐらかされた。
どうやら事実らしい。
校内には、彼のファンクラブがあるとも聞く。
ただ、ウチのクラスには恐らくファンクラブのメンバーはいないだろう。
彼はいつも人と距離を取っていて、休み時間も黙々と何か読んでいる。
でも、そんな距離感さえ「天才っぽさ」の一部に見えてしまう。
甲子園での姿は、まさにヒーローだった。
俺もアルプススタンドで声を張り上げて応援したけれど、登場曲と共に打席に立つ庄内のシルエットは、正直カッコよすぎて鳥肌が立った。
敬遠された球を、そのままスタンドに叩き込んだ瞬間――
吹奏楽の演奏が止まった。観客の呼吸も止まった。
あれは、時が止まったという表現が大げさじゃない瞬間だったと思う。
でも彼は、翌週には何事もなかったように制服で登校してきて、いつも通り黙って机に向かっていた。
勉強も、とんでもなくできる。
理系クラスで唯一の東大A判定。
「スポーツ推薦枠がなぜ理系クラスに?」という疑問は、すぐに成績がかき消した。
理数系の授業でも、たまにポツリと口を開けば、先生が気まずそうに板書を直すレベルだ。
もちろん塾にも行っていない。野球部で寮生活らしいし、休日の自由時間なんてほとんどないはずなのに。
なんでそんなやつがクラス1位なんだ。
「野球ができる」だけでも眩しいのに、「勉強もできる」となると、もう別の生き物だ。
彼を見てると自分の才能がちっぽけすぎて、虫になった気分になる。
せめてどちらか一つだけだったら、納得できたのに。
最近、教室で話題になったのは、模試の件だ。
庄内は全国模試を仮名で受けていた。
普通は実名で受けるが、彼は有名人だから特別に許可されたらしい。上位の成績を取ってランキングとかに載ると実名が公開されるし、当然かもしれない。
その仮名が――「メタバースたかし」。
……意味不明。メタバースとは?
先生が模試の結果を返すとき、無表情で「メタバースたかし」さんと呼んだときは、クラス全体がザワついた。
しかも数学が全国5位。上位の成績は名前が公開されるので、通っている塾でも話題になっていた。
模試の上位は一年の頃から全国模試を受けていている。そして、大体は固定された超進学校から出ている。メンツも大体固定だ。そこに割り込んできた「メタバースたかし」。ウチの高校の生徒なんて信じてもらえないよなぁと俺は口を閉ざしていた。
今日も自分の前の席で普通の顔して授業を受けているんだよな。
「メタバースたかし」が。庄内が。




