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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
序章

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3/81

第3話 初めての試合

 一周してベンチに戻ると、監督が満面の笑みでハイタッチしてくれた。

 数合わせで入った新人がホームランを打って、そりゃあご機嫌だ。

「打ち方、いいか?こうやって上から叩くんや。やってみろ」

 そう言いながら見本を見せてくる。俺は言われた通りに、慣れないダウンスイングをやって見せた。


「筋がええなあ」と褒めてくれた監督に、

「でも俺、ダウンスイングじゃ打ちませんよ」なんて言えるわけもなく、「はいっ!」と元気よく返事をした。


 守備機会は4回表。

 二遊間の深い所に転がってきたボテボテのゴロを、ステップを意識して捌く。そして一塁に――ヘロヘロの送球。当然セーフ。

「うーん、ライト前ヒットがセカンドヒットになっただけだったな」と心の中で苦笑い。


 第2打席は、ライト前に落ちる二塁打だった。

 普通ならシングルヒットだけど、処理にもたついてる間に二塁まで走れた。

 スコアボードのエラー欄は“0”のままだ。スコアラーをしてくれてる保護者の人に、そこまでの厳密さは求められないよな。ボランティアなんだし。


 塁上から投手を見た。

 リトルリーグではリードは禁止されてるけど、それでも盗塁できそうなくらい投球のクセが出てる。

 でも、身体が仕上がってないうちに無理はしたくない。走力でアピールするのはまだ先でいい。


 試合は5回表、うちの二番手投手が打ち込まれて逆転され、そのまま1−3で敗戦。

 ウチのエースは悪くない投手なんだけど、二番手がなぁ……ストライクが入らないと、試合にならないよ。


 試合後、母と一緒に帰路につくと、母は満面の笑みだった。

「ホームランだなんてすごいわね! こんなに活躍するなら、グローブとバット買ってあげなきゃ」

 その言葉に、内心ほっとした。チームの用具を借りていたが、特にグローブが使いづらかった。変な癖がついてるし、そもそも外野手用だったし。


 翌日、俺たちは西宮へ向かった。西宮は僕の最寄駅と同じ路線にある繁華街だ。

 スポーツ用品店を何軒も回ったが、なかなか「これだ」というグラブが見つからない。

 あるにはあるんだ。ただ、良いものはとにかく高い。


 妥協に妥協を重ねてようやく選んだグラブは、1万円ちょうど。

「これ、1万円もするのね」と言いながら、母はそれをレジに持って行った。

 本当にありがたかった。


 その足で、母は西宮球場にも連れていってくれた。

 パリーグの球団、阪急の本拠地だ。

「せっかくだからホームランボールを取ってね!」と上機嫌で、買ったばかりのグラブを左手につけさせる。

 新品は革が硬いし、慣らしたいし、本当はちゃんと手入れしてから使いたかったけど――母が嬉しそうにしてるのを見て、何も言えなかった。


 チケットは新聞屋さんでもらってきたらしい。パ・リーグ名物のタダ券ってやつだ。

 一塁側内野席に入ると、休日だってのにガラガラの客席が広がっていた。

 外野席なんかもっとひどい。おっさんたちがキャッチボールしてる。


「……これは、なかなかだな」

 心の中でつぶやいて、母を見ると、周りの様子を気にすることもなく、ミノルタの小型カメラを構えたまま、ニコニコと俺にいろんなポーズを要求してきた。


 ――母よ、内野席では、ホームランボールは取れないんだぜ。


 そう突っ込みたくなる気持ちを抑えながら、俺は笑顔でポーズを取っていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 記憶が戻った日から、俺はテレビの前で選手を分析する練習をしていた。

 とはいえ、アナログテレビでは限界がある。画質の粗さで、ボールのコースがなんとか分かる程度。変化球の種類なんて見分けがつかない。

 でも――球場なら違った。


 グラウンドの全体が見える。打球の軌道も、守備の位置取りも、投手のフォームも、テレビとは比べ物にならないほど鮮明だ。

 連れてきてくれた母に、素直に感謝した。


 もちろん、前世で当たり前のようにあったトラッキングシステム――回転数や回転軸、初速・終速の計測なんてものは、ここにはない。球速表示さえない球場だ。

 でも、そんなの関係ない。目の前の投手がどんな球を投げて、打者がどう反応するか。それだけで十分だった。


 この球場、西宮球場は特にグラウンドが近い。

 スタンドからでも、選手の表情が見えるくらいだ。

 ファンのおじさんが選手と口論してる場面もあって、ちょっと笑ってしまった。プロと距離が近いって、こういうことなのか。


 俺は普段から持ち歩いているノートを膝にのせて、両チームの投手陣を記録していった。

 この日、1回表にマウンドに上がったのは阪急の長身右腕――野口。

 セットポジションを使わず、常にワインドアップで投げている。

「これ、走られ放題じゃないか?」と思ったけど、意外にも走者はあまり走らない。

 一度だけ盗塁を試みた選手がいたが、鋭い送球で見事にアウトにされた。捕手の肩がいいのか、投手がタイミングを上手くずらしているのか。


 牽制はあまり上手くないように見えた。モーションが大きくて、牽制球も単調だった。

 でも、そんな粗はあっても、ワインドアップから投げ込まれるストレートは圧巻だった。

 スピードガンはないけど――150km近く出ていてもおかしくない、そんな迫力。


 ちなみに阪急の試合を見るのはこれが初めてだ。テレビで放送されているのを一度も見たことがないから、選手のクセや投球パターンを観察できる機会は貴重だった。


 初回はさっぱりだったけど、中盤になるとようやく配球の傾向が見えてきた。

 サインをのぞく限り、球種の組み合わせや配球パターンはそこまで複雑ではない。

 ときどきランダム性を入れてはいるけど、全体的にはセオリー通りのリードが多い。

 球種までは遠目では分からなかったけど、リードの読み合いを追うだけでも十分面白かった。


 ノートにペンを走らせていると、母がフランクフルトを持って戻ってきた。

 チラリとノートをのぞいたが、何も言わなかった。

 テレビの前で俺がいつも書き物をしてるのを知ってるからだろう。驚く様子も、呆れる様子もない。ただ、ふふっと微笑んで、隣に腰を下ろした。


 けれど、どうやら母は少し――いや、かなり退屈しているようだった。

 せっかく球場に来たのに、野球のルールがよくわからないんじゃ楽しめない。


「お母さん、自分の試合を見るときも、ルール知ってたほうが面白いよ」

 そう言って、俺は即席の“母向け野球講座”を始めた。


 ストライクって何? ボールってどう違うの?

 リード?タッチアップ?

 母は最初は首を傾げてたけど、次第に興味を持ってくれた。

 うなずきながら俺の話を聞いてくれて、時折質問も飛んでくる。

 ルールを覚えるってより、俺の話を聞いてくれてるって感じだったけど――それでも嬉しかった。


 フランクフルトの香りと、照り返すような夕日の光と、母の笑顔。

 プロの試合を見ながら、俺は改めて思った。

「野球をやれるこの世界に、もう一度立てたんだ」って。

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― 新着の感想 ―
こういう親子の描写いいね
親子関係、微笑ましくていいですね
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