第26話 戦闘!チャンピオン
次は俺たちの努力の集大成を見せるときだ。
準決勝、相手はPF学園。ついにここまで来た。徳島三好に勝ったことで俺達はベスト4だ。
創部以来の最高成績は、とっくに軽く超えている。
これはやっぱり、不動の3番の力だろうな。
――そう、俺のことだ。
一年生にして、甲子園での打率6割超え。文句なしの名選手。
俺だけじゃない。うちの打線は自他ともに認める甲子園最強。例えば、地方大会からここまで、バント回数はゼロだ。
バントなんてするだけ損――それが令和の野球の常識。
統計によると、無死一塁の得点期待値は0.804点。これがバントして1死二塁になると、0.674点に下がる。つまり、アウトを献上して得点チャンスを潰してるだけの自殺戦法ってわけだ。
一応、打率1割未満の選手ならバントの方がマシになるけど、1割打てないやつはプロじゃ規定打席に乗らない。二軍でランニングしておくのがいいだろう。
ちなみに2塁→3塁への送りバントは、条件によっては得点期待値が上がる場合もある。けど、これってかなり難しいんだよな。
そんな「最強の打線」と、怪しい守備力、微妙な投手力を兼ね備えたチーム――それが我ら飛鳥台高校だ。
対するPFは、日本中の逸材をかき集めた超高校級のチーム。
要は、俺たちがPFに行けなかった集団だってことだ。
打線はKKコンビを中心に凄まじい火力。
桑原、あいつは投球だけでなく打撃も本当に厄介だ。
投手力もプロレベル。守備も穴がない。
普通にやったら、まあ負けるよなぁ……。
でも、だからこそ準備してきた。
岸原、桑原をはじめ、全スタメンの詳細なデータを取ってある。
フロッピー3枚に分けたデータには、打者ごとのゾーン別打率をヒートマップにした資料もある。今回、初めて導入した。
ヒートマップの自動生成プログラムを作ってくれたのは、数学研究会――というか山本先輩。マジで感謝しかない。
投手陣にはすでに配布済みだ。眺めてるだけでも面白いらしい。
宿泊先のホテルのエントランスに出る。
この前買えなかった週刊誌とスポーツ紙を買いに行こうとしたら……早速バレた。
マスクしてたのに、10人くらいに囲まれる。
まぁ、これくらいならまだいい。数日前のピークに比べたら、出待ちも常識的な範囲に落ち着いてきた。
最近は、若い女性に加えて阪急ブレーブスの帽子をかぶったおじさんが増えてきた。
どうやら、どっかのスポーツ紙が「俺が阪急ファン」って情報を掴んで報道したらしい。
スポーツ紙曰く、俺は「全身ブレーブス人間」、小学生からブレーブス漬けで育った期待の星だと。
パ・リーグ行くつもりなんかないんだけどな……。
ついには自宅や近所にまで取材が来てるらしい。
しかも住所が新聞に載ってた。俺のプライバシーとは?
そんな流れで、今は阪急ファンのおじさんに、阪急のユニフォームにサインをねだられている。
見たら、大西――去年ロッテにトレードされた選手。しかも、旧ユニフォームだ。
おい、ゴミユニ再利用してサイン求めてんじゃねぇよ……。
でもまぁ、若い女性にチヤホヤされるのも、おじさんにチヤホヤされるのも嫌じゃない。
その後、近くの煙草屋に寄ると、おばちゃんにまでサインを頼まれて、代わりに週刊誌とスポーツ紙をどっさりもらった。
ありがたく頂戴する。
週刊誌を開くと、俺とPFの対戦を煽りに煽っている。
これでこそ週刊誌。
俺と岸原の因縁とかいう設定を勝手に作って、「犬猿の仲のライバル」だとさ。
でもな、戦力分析の記事は意外とまとも。俺のメモとほぼ一致してる。
ただ、「事実上の決勝戦」として扱ってるのがちょっと気になる。向こうの山の代表、実は弱くないんだよなぁ。
ちなみにKKコンビの成績は完全には覚えてないけど、実は全国制覇の回数は二、三回なんだよな。
今回も優勝確実なんてことはない。
――高校野球って、毎年勝てるほど甘くないからな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
試合が始まった。
甲子園は超満員だ。外野席では通路を歩きながら観戦している奴らも出てる。
せっかく来てもらったので一目だけでも試合を見せようという高野連の配慮だ。
今の甲子園の外野は無料開放。阪神電車の駅からは無尽蔵に人が供給されていて、人波が途切れない。
おかげでバスがかなり遅れて、俺たちの練習時間が削られてしまった。とんでもない人出だ。
注目されている関西勢同士の準決勝はこんな事になるんだな。
準決勝の一試合目は、東京の鉄道高校が勝利していた。
誰もが予想しなかったダークホースだ。
岩倉具視が創立に関わったという伝統校。昔は東京の強豪だったらしいけど、まさか決勝に進むとは誰も思ってなかったはずだ。
正直、俺もデータがない。まずはこの試合に勝ってから確認しよう。
まずは目の前の相手――PF学園だ。
攻略しなきゃいけないのは、あの桑原。
コントロールが抜群すぎる。ボール1個分の出し入れを平気でやってくる。
おかしいな。高校野球のはずなんだけど。
春に俺がマークしていた変化球のフォームの違いも、見事に修正されていた。
さすがとしか言いようがない。
策はあまりない。ただ、いくつか配球パターンがあるのは分かってる。
試合前に伝えておいたが、本番で崩してくる可能性も高い。
それほど、穴のないピッチャーだ。
試合が動いたのは早かった。
岸原のスリーランから始まり、試合は一気に火がついた。
一回裏、俺は内野安打で出塁。満塁になって、4番が走者一掃の長打。
打線の火力は存分に発揮された。
ただ、5番以降が桑原に封じ込められていた。
一回終わって3-3の同点。
その後も激しい点の取り合いが続いた。
7回終了時点でスコアは8-6、2点ビハインド。
俺たちは桑原を日本で最初に炎上させたチームかもしれない。
1~4番まででヒット7本。
だけど、それ以降の5人はヒット1本。極端な数字だ。
とはいえ、春の敗戦から徹底的に備えてきた。
俺はあの後、桑原のフォームを真似して、毎日ストレートをチームメイトに投げ続けた。
俺のコントロールはあまり良くないので、チームメイトの身体はアザだらけになった。
おかげで、バッターはストレートの軌道と出どころが読めるようになった。
リードから、ある程度球がどこに来るかはは分かる。
それをストレート決め打ちで、思いっきり振る――それが俺たちが考えた脳筋戦法だ。
ただし、下位打線はそれでも対応できなかった。
狙い球を絞っても、結果はゴロばかり。
やっぱり桑原の球は、スピード以上に速く見える。「球威」ってやつか。
やっぱ、こいつがラスボスだな。
試合は8回に入った。
うちの先発・富浦先輩の球威が落ちているという報告がキャッチャーから監督に入り、ここで俺の登板が決まった。
そして迎える打席は――4番・岸原。
あいつだけは、俺が抑える。他が打たれてもいい。こいつだけは。
キャッチャーのサインは、内角シンカー。
だが、俺は首を振り、帽子の鍔に右手を当て、左足を描いた。
デッドボールのサインだ。
このサイン、作ってみたはいいが、俺以外に使ってるやつを見たことがない。
俺のサインを受けて、キャッチャーはダミーのサインを出し、俺はそれに頷く。
「おいおい……」って顔をしていたが、まぁ、信じてくれ。
そして全力のオーバースローで、岸原に投げ込む。
桑原よりも速い。150キロは出てるはずだ。
岸原はかろうじて尻餅をついて避けた。
チッ、当たらなかったか
睨んでくる岸原に、俺は帽子の鍔に右手を当てた。一応は謝罪しとかないとね。
俺の全力オーバースローは、実戦じゃ使えない。
でも、デッドボール用としては割と得意だ。
それ以降はアンダースローに戻し、内角攻め。
体をのけぞらせたとき、バットにかすってゴロ。
――俺の勝ちだ。
「怒らせて、詰める」
岸原対策に編み出した俺の戦術だ。
当てたっていい。実質敬遠だしな。
結局、俺は2回2失点。まあまあの出来だ。
1点は自責点にしたくなかったが、しゃあない。
――しかし、打線は沈黙した。
スコアは10-6。
俺たちのセンバツはベスト4で終わった。




