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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
高校編

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25/81

第25話 ビッグボス

 次の試合は、ひどい乱打戦になっていた。


 相手の徳島三好は、前年の夏に優勝した名門だったが、代替わりに失敗していた。まともな投手がいない。まあ、うちも人のことを言えるほど投手層が厚いわけではないが。

 それでもここまで勝ち進んでこられたのは、ひとえに打線の力だろう。


 7回表の徳島三好の攻撃を終えてスコアは6対9。飛鳥台がリードしている。


 ここまでの俺の打撃成績は、スリーベースにツーランホームラン、そしてソロホームラン。センバツ高校野球の1試合最多本塁打記録は「2本」だ。あまりにも少なすぎる記録だと前々から思っていたし、いつか更新したいと願っていた。


 そしてこの試合、いまがそのチャンスだ。富浦先輩の球数はすでに140球を超えていて、次の回から俺がマウンドに上がる予定になっている。つまり、打者として集中できるのはこの打席が最後。

 投げながらホームランを狙うなんて芸当は、俺には無理だ。


 マウンドには事前情報のなかった控え投手が立っている。徳島三好も、さすがに9点も取られればエースを下げる。普通の判断だ。

 そして、1アウトでランナー二人。こんな状況なので、俺と勝負してくる空気はまったくない。案の定、キャッチャーが立ち上がった。敬遠だ。


 ――それでいい。いや、むしろ正しい選択だ。俺がそこまでの強打者でなくても、ここは満塁策が定石だ。次の打者でゲッツーが取れれば、最小失点で済む。バッテリーとしては当然の判断だろう。


 一球目、大きく外れて高め。完全に外しにかかっている。主審も気を抜いているのか、ぼんやりとした態度でボールを宣告。だが、俺は感じた。これは――いける。


 一応アリバイ程度にベンチを見る。監督は俺には目もくれず、富浦先輩をなだめていた。先輩は「最後まで投げたい」とごねていたからな。……とはいえ、敬遠とはいえ、バッターを見もしないのはちょっとひどくないか? まあ、サインもなしということは、好きにやれってことなんだろう。監督の聡明な判断にはいつも感心する。


 二球目もかなり遠い。そして三球目――漫然と投げられたその敬遠球を、打席から左足を思いっきり「外して」踏み込み、ぶん回した。


 打球は信じられないほどの速さでライトへ。そしてラッキーゾーンの中に突き刺さった。


 甲子園が、静まり返った。


 まるで全員が時を止められたかのようだった。俺だけが動いているような、そんな錯覚。


 ようやく動き出したのは一塁塁審だった。我に返ったように、手をぐるぐる回す。その瞬間、甲子園球場が轟音のような歓声に包まれた。


 ホームベースに帰ると、先輩たちに頭をガンガン叩かれて祝福される。


「よく敬遠打ったなお前!」

「失敗したらどうすんねん、アホちゃうか! ……でも、よくやった!」


 痛い。これパワハラだろ。脳天まで響いた。


 一方、相手ベンチでは監督が激昂し、審判に抗議しようとして選手に止められていた。高校野球では、監督が直接抗議すると退場になるという謎ルールがある。


 監督の代わりに出された伝令が、主審に食い下がっていた。主審は何度も首を振って対応。俺はその様子を横目に、ベンチで祝福という名の暴行を受け続けていた。今、どさくさに紛れて誰かにケツを蹴られた。振り返ったが、誰がやったのかは分からなかった。


 伝令の抗議は5分近く続いたが、最終的には塁審たちも集まって協議の末、押し返されてベンチに戻された。試合再開。つまり――この一発は、正式に「ホームラン」として認められた。


 これで俺は、センバツ史上初の1試合3本塁打を達成した。


 やったぜ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 スコアは6対12。

 相手投手は明らかに動揺していた。俺の敬遠ホームランの直後、四番にフォアボールを出し、五番には痛烈なホームランを浴びてしまう。

 これで6対14。

 試合が完全に壊れた。


 さて、種明かしをしよう。

 普通、敬遠された球を打つことはできない。ましてや、それをホームランにするなんて、なおさら不可能だ。

 理由は単純。物理的にバットが届かないからだ。届いたとしても、バットの先っぽでは力が伝わらず、まともに飛ばない。


 そこで俺は、打席から大きく左足を踏み出し、ホームベースをしっかりと踏みこんでリーチを伸ばした。

 だからこそ、バットのスイートスポットで捉えることができたのだ。


 ……では、これがルール上どう扱われるかというと、実は「アウト」である。


 野球規則 6.06

 打者が片足または両足を打席外に置いて打った場合は、(中略)バッターはアウトを宣告される。


 つまり、俺のホームランは、厳密には反則だった。ちゃんと見られていれば、即アウトである。

 ただし――審判は、打者の足元なんて見ていない。特に敬遠のような漫然とした場面では、集中力が切れている。


 この作戦は、未来の阪神のスーパースターであり、後に日本ハムの名物監督となる男が放った「敬遠打ちサヨナラヒット」から着想を得た。

 敬遠球をヒットにするなんて、あまりに面白すぎるプレイだ。

 彼は、ただの面白監督ではない。プロ野球の歴史に名を刻んだ名選手であり、迷選手でもある。


 申告敬遠が導入された令和のプロ野球や高校野球では、もう不可能になったこのプレイ。だが、この時代ならまだ有効だった。

 もっとも、これが一発限りの奇襲であることは分かっている。今後俺を敬遠する投手は、もっと大きく外してくるだろうし、VHSで見返されれば、あのプレーが“反則打法”だったこともすぐにバレてしまう。

 ちなみに阪神のスーパースターの「敬遠打ちサヨナラヒット」も、ルール上ではしっかり反則打法だ。

 だが、それでもいい。記録に残る本塁打として成立したのだから。


 7回裏、俺はマウンドに上がった。

 バッターの視線が強烈すぎて笑ってしまう。完全に大振り狙いになっていて、打ち取りやすい。

 俺はこの春、初めて「本気の投球」を行うことにした。

 俺の武器――シンカーはなかなかの出来だ。怒り狂った野手を相手にするにはちょうどいい。淡々と打ち取っていく。


 8回裏、さらに点が入り、俺に再び打席が回ってきた。

 相手投手の目は据わっていた。あ、これは──。


 俺の胴体めがけてボールが飛んできた。余裕で避ける。帽子を取って謝ってくるが、次の球も、明らかに死球狙い。

 さすがにタイムを取って主審にアピールする。明らかに故意死球だ。


 主審は深いため息をつき、やや面倒くさそうな顔で「警告試合」を宣言した。

 これにより、この試合では以後ラフプレーがあれば即退場になる。

 もちろん、何も悪くない俺たちにも規制がかかるのは理不尽だが、自分の身を守るためには仕方ない。


 その直後、キャッチャーはホームベースから大きく離れた位置で捕球する、露骨な敬遠体勢を取った。

 ちょっと離れすぎだろ。ウケる。


 大荒れの試合はそのまま終了し、俺たち飛鳥台が勝利した。

 前年夏の屈辱──あの1点差での敗北。その借りを、ここでついに返すことができた。


 江崎先輩。そして引退していった先輩たち。

 徳島三好に打ち込まれたあなた達の仇は、俺たちがしっかりと取りましたよ。

 今ごろ草葉の陰で、喜んでくれているはずだ。


 ……ちなみにウチの元エースの江崎先輩はかなり頭が悪かったのに、明治大学への野球推薦が決まっている。

 六大学野球を勧めたのは、ほかでもない俺だ。

 だが、正直なところ――あのバカが名門大学に行くなんて、世の中って本当に理不尽だと思う。


 球場は、まだ俺のホームランの衝撃が残っているのか、ざわざわと落ち着かない空気のままだった。

 スタンド全体がざわめき、興奮と混乱が入り混じったまま沈静化の兆しもない。

 そんな中、ふと視線を相手のアルプス席に向けると──

 阿波弁混じりの怒声が聞こえた。


「このアホー!」「卑怯者ー!」


 ──江崎さん聞こえますか?オレ達から貴方への鎮魂曲レクイエムです。


 そして、試合終了後。俺たちがベンチ裏へと引き上げるときも──

 球場のざわめきが静まることはなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝の朝刊──俺たちは一面を、まるごとジャックすることに成功していた。


 いや、正確に言うとジャックしたのは「俺の3本目のホームラン」の写真だ。

 左足を思いっきりホームベースに乗せて、敬遠球をフルスイング。

 打球がライトのラッキーゾーンに突き刺さった、その瞬間の一枚。


“敬遠を打ってホームランにする”──

 そんな前代未聞の出来事に、日本中が仰天していた。

 けれど、意外なほどに世間の反応は明るく、面白がっている様子だった。


 相手チームの監督はインタビューでブチギレていた。

「スポーツマンシップに反する!」とか「審判の目は節穴か!」とか、まあ言いたい放題だったけど。ウケる。


 だが、俺を責める記事はひとつもなかった。

 責められていたのは、甘い敬遠を選択したバッテリーと、足元を見落とした審判の方だった。


 それでも、試合後にうちの飛鳥台高校には“祝福”の電話が殺到していたらしい。

 不思議なことに、その多くが阿波弁だったそうだ。


 監督には嫌味を言われたが、俺は「サインなかったですよね?」と、

 ノーサインの一点突破で正当化を貫き通した。

 うん、これは作戦勝ちだ。


 テレビをつければ、どのチャンネルでも俺のホームランが繰り返し流れていた。

 普段は高校野球に厳しいコメンテーターたちまで、爆笑しながら「伝説だ」「もはや芸術」とまで言っていた。


 ……さすがに仲間からの冷やかしが鬱陶しくなってきたので、俺は外出することにした。

 煙草屋でスポーツ新聞でも買って、ひとりでニヤつこうとホテルの外に出た瞬間──


 大歓声が上がった。


 目の前には、差し出される色紙、色紙、色紙。

 足を止めるたびに増える人だかり。前に進めなくなる。


 岸原。

 あの日、お前が銀行強盗みたいな格好で喫茶店に来たのを笑ったけど──

 あれ、正しかったよ。


 気づけば俺も、岸原、桑原のKKコンビに並ぶスーパースターになってしまったようだ。

 もう、この街はまともに歩けない。

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― 新着の感想 ―
ルールの穴というか審判の節穴突くのは面白すぎる
自叙伝を書いてこの辺りのエピソードを当時の内心込みで描写したら話題になって売れると思う。 特にスタンドからブーイング浴びてるのに動じてない気持ちを文章にしたら大ウケ間違いなしでしょう
例のあの人先取りしたからには次はホームスチールしかねない…… でもやったらもう本当に外で歩けない危険がありますよ
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