第24話 お披露目
関西のスポーツ新聞は過激で面白い。
泊まっているビジネスホテルのフロントに置いてある新聞は、どれも大手紙ばかりだ。明らかに高校球児に下品な新聞を読ませないというホテル側の配慮だろう。だが、俺には通用しない。俺は近くの煙草屋に足を運び、スポーツ新聞を何紙も買い漁ってきた。
紙面には、ウチの打線に対する称賛もあったが、俺の明らかにやる気のない投球について、過激な論評が並んでいた。まあ、あの投球は擁護のしようがない。それでも、俺が尼崎出身ということもあってか、どこか筆が鈍っている気もする。西宮と尼崎は隣同士で、性格もよく似た街だ。俺が打席に立つと、観客席の地元民から応援の声が飛ぶ。初戦の相手は公立校で客席はアウェー気味だったけど、それでもそこそこ俺の打席は応援が多かった。
中には、応援に混じって西宮球場でよく聞くヤジも混じっていた気がするが、空耳だろう。高校生にヤジを飛ばすような大人がいるはずがない。……犯人は分かってるけどな。今度あいつが西宮球場の内野で見かけたら、水でもぶっかけてやろう。
それはともかく、前回の試合は“高校生らしさ”が足りなかったらしい。特に短髪とはいえ、坊主じゃない髪型はかなり目立ったようで、いくつかのスポーツ紙で槍玉にあげられていた。その記事を読んだチームメイトの何人かが、床屋に行ってしまった。今では坊主じゃないのはチームで4人だけになってしまっている。……なんとも悲しい話だ。
もういっそ、夏は思いっきり髪を伸ばしてパーマでも当てて出場してみるか。記者が発狂するのを見てみたい。暑いから実用的ではないのが難点だが。
俺の手抜き投球を批判する声はどうでもいいが、相手のピッチャーが、試合が決っていた状況で俺を二度も敬遠したことまで叩かれていて、少し気の毒になった。あれは戦術として正解だったと思う。実際、そのおかげで相手は良いところまで追いつけた。
敬遠は個人的にはそこまで嫌いではない。盗塁のチャンスも増えるし。
そんなことを思いながら、次の対戦相手のチームの前評判を読み込む。
2回戦の相手は神奈川県の横浜金沢。強豪の私立校だ。地区大会でノーヒットノーランを達成しているなど、投手力に絶対の自信を持つチームらしい。しかも二枚看板。前の試合でエースを温存していたということは、間違いなく俺たちとの試合では本気で来る。
読んでいるスポーツ紙の予想によると、この試合は「勝負にならない」と書かれていた。
飛鳥台の打線は完封されるだろうという予想だ。
相手エースはプロ注目の逸材で、俺の前世の記憶の片隅に名前が残っている。きっと卒業後にプロで名を上げた選手なのだろう。
記事は遠回しな書き方ではあるが、飛鳥台の高打率は弱小校相手に稼いだ数字でしかない、という空気が滲んでいた。ウチは大量得点が自慢だが、それは世間的には評価されていないようだ。実際、地方大会では一方的なスコアはよくあることだしな。
つまり、本当の意味での飛鳥台打線のお披露目は、次の試合になる。
ラッキーゾーン環境を攻略する為に作られた、超重量打線を見せるときだ。
……ところでこの新聞、どれだけ読み込んでも、昨日の阪急の試合については一言も触れてなかった。田中選手が大活躍して完封勝利を決めた試合だ。一応、阪急も地元チームのはずなんだけど…。
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試合前の打ち合わせは形式的で短いものになった。というのも、すでに前日のホテルでVHSを見ながら、横浜金沢高校に対する対策は共有していたからだ。
抽選が終わった時点で、対戦の可能性が高い高校についての資料は作成済みだった。もちろん、横浜金沢高校についても分析済みだ。
大番狂せさえなければ、トーナメントの流れとしては、横浜金沢に勝てば次は徳島三好、そしてPF学園が待ち構えている。ホテルに持ち込んだPC-9801があるので、他の高校が来たとしても、対応する準備はある。
PF学園の桑原──投手の完成系を見た後だと、今回対戦する横浜金沢の2年生、エースの左腕はどこか荒削りに見える。球速は140を明らかに超えている。球場にスピードガンは設置されていないので正確な数値はわからないが、VHSのフレーム数から計算すると最速は150キロ近い球速が出ているはずだ。プロ注目という前評判も納得できる。
特に緩急をつけるのが上手い。速球の後に落としてくるカーブ。その緩急だけで高校レベルでは十分に通用する。ただし、変化球のキレやフォームの完成度は、プロではまだ通用しないだろう。投手としての才能はあるが、まだ未完成だ。
正面からの映像がないため完璧な分析はできていないが、変化球と速球では肩の高さに微妙な違いがある。うちの打撃特化三人衆──あの連中なら、フォームの僅かな違いから、変化球とストレートの見極めが可能だろう。
キャッチャーのリードは単純な物ではないが、パターンはそれほど多くない。
ひとつ明確な弱点もある。ランナーが出たときのバッテリーの対応が甘い。左腕投手らしく牽制は上手いが、ランナーが一塁でチョコチョコ動くと、盗塁を警戒してカーブを投げない傾向がある。緩急が活きず、結果として高めの速球かスライダーが増える。左腕なのでランナーが目に入っている弊害かもしれない。この弱点はまだ突かれておらず、相手の対策も十分でないはずだ。
正直、普通に戦えばかなり手強い投手だと思う。
ただ、飛鳥台の打線であれば攻略できると確信していた。
そして試合開始。1回表、うちはエースの富浦先輩が登板。立ち上がりはランナーを2人出すなどやや危なっかしいものの、なんとか無失点で抑えてくれた。
1回裏、横浜金沢のエースが登板。1番、2番がシングルで出塁。無死一、二塁。相手は満塁策を取らず、俺との勝負を選んだ。こういう絶対的エースタイプの投手は、逃げてこない傾向がある。敬遠すると士気にも影響するしな。
フォームからすると、初球はストレートだ。球種が分かっていてもインローに決まった球は打てなかった。球威に惚れ惚れする。球の出どころの工夫もあり、投手としての才能は極めて高い。ところどころ無防備な部分もあるが、プロの投球コーチにかかれば、1年もあれば修正できるだろう。
次に投げられたカーブ。その変化量をしっかり観察する。こういう情報は、VHSではわからない。速度や軌道は読み取れても、変化のキレまでは把握できない。
カーブという球種は、変化球の中で最も打ちやすい球だと俺は思っている。
プロの世界では一時期、左投手以外のカーブは全く通用しないとまで言われたこともある。
つまり、アマチュアしか投げない球という扱いをされていた時期が一時期あったのだ。その理由は、チェンジアップの台頭、そして「誰でも投げられるが、狙ってなくても打ててしまう」という特性が、理由だろう。
…まぁ、もう一つプロで急速に廃れた大きな理由として、審判が一時期高めのカーブをストライクとして扱ってくれなかった、というのもある。ホークアイなどの球を分析するシステムがない時代、主審は割と感覚でストライクゾーンを決めていた。
観察は済んだ。とにかく変化球、特にカーブが出るまで粘る。緩急で活きる球だけに、フォームを盗まれてしまえばただの打ちごろのボール。前の打者たちもカーブを狙って打っている。読んでいた通り、外に逃げるようなカーブが来た。それを教科書通りに掬い上げ、フェンス直撃の走者一掃、タイムリーツーベースとなった。
その後も打線は絶好調。3回裏までに7点を奪い、富浦先輩は0失点で踏ん張っていた。相手バッテリーはカーブが狙われていることに気づいたようで、2回裏以降はカーブを封印した。だが、そうなると緩急が使えない。
どれだけ速球が速くても、それだけでは打線を抑えきれない。長所である緩急を封じられたエースは、飛鳥台の下位打線にも打たれ始めた。上位打線の主力は、すでにフォームから変化球を見極めている。別にカーブが投げられなくても困らない。
横浜金沢は、これまで僅差の試合ばかりを勝ち抜いてきた。こんな一方的な展開は初めてなのだろう。チーム全体の士気は明らかに落ちていた。エース頼みのチームというのは、信じていたものが崩れると脆い。
結局、5回裏途中でエースは降板。スコアは10-0、点差は10点。富浦先輩も温存のために代打を出されて降板し、次の回からは俺がマウンドに上がった。前回先発した坂田先輩は疲労が抜けておらず、任された形だ。
最近は出番が増えて、省エネ投法にも慣れてきた。今回もゆったりとした球で打たせて取るピッチング。4回を投げて3点ほど失ったが、監督からは「よくやった」と褒めてもらえた。
4回3失点という普通であれば良くない成績になったが、あまり納得していない。9回のセカンドの守備は明らかにエラーで自責点は2点だと思っている。ヒットというのはスコアラーの判断だから覆ることはないんだけど。やっぱり守備力は甲子園出場校の中ではあまり高い方ではないかな。
試合結果は3-15で勝利。
俺の成績は7打席2安打3四球。後半は点差の影響で勝負してもらえたが、ヒットは出なかった。
やっぱり投げながら打つのは難しい。集中力が続かない。……俺には二刀流は向いていないらしい。




