第21話 消化試合
PF学園には無策で突っ込むことにした。
ぶっちゃけ、いくつか攻略の糸口はある。が、露骨に狙うと次に対策されるかもしれない。春の甲子園で当たった時用に策は取っておく。
別に試合に勝って、神宮大会に行きたいわけでもないしな。個人的には神宮大会はほとんど罰ゲームだと思ってる。
国体も同じ。ただ、国体は三年生の思い出作りに利用できるだけ神宮大会よりはマシかもしれない。
監督はちょっと何か言いたげだったけど、敗退行為してるわけでもない。
桑原を攻略しても勝てる気がしないし、勝ったところで待っているのが神宮大会なら、どう考えてもモチベーションは上がらない。
とはいえ、一応ビデオは見て、各自が攻略について考えている。
投手陣には岸原の弱点も伝えてある。「気が短いから内角責めまくれば大振りになる。最悪、当ててもいい」ってな。
俺も今日は全球ホームラン狙いでいく。
負けてもいい試合でPFと真っ向勝負できるなんて、なかなかない機会だ。
今日は京都の西京極球場。
甲子園と同様、ラッキーゾーンがあって打者に優しい。
去年まで阪急ブレーブスの準本拠地だったこともあるプロ仕様の球場だ。
試合前練習をしている岸原に近づいて話しかける。
「PFはきつそうやなぁー」
「ほんま、後悔してるわ。スカウトの口車に乗って入ったけど、地獄やで」
「だから言ったやんけ。俺はPFなんて一億もらってもいかんわ」
そう話していると、桑原の投球練習が始まった。
「お、お目当ての桑原の投球練習やぞ。あんま喋ってると態度がでかい先輩どもにどつかれるから練習戻るわ」
話しかけた目的が岸原にバレてたか。まぁいい。
そのまま堂々と、敵チームのど真ん中で桑原を眺める。
PFの選手たちも、あまりに堂々と偵察してる俺に何も言えない。
「見事なもんやな…」
独り言みたいに呟いた時、後ろからウチの監督に頭を叩かれた。
「ベンチに戻れ」
はいはい。
今日は三番で出場だ。
桑原の球速は140km/hくらいか。
一打席目。適当にカットしながら10球ほど粘る。
別に球数投げさせても、二番手がしっかりしてるから意味は薄い。
完全に趣味の粘りだ。桑原はポーカーフェイスだが、一塁の岸原は嫌そうな顔をしてる。
この前の播磨のエースより球速は遅いが、えらく速く見える。
制球力と緩急、フォームの完成度。どれもプロ級だ。
インローの球をカットしようとして詰まる。シュートか。
これ、打てるか…?
ウチのエースはすでに炎上気味。4-1で負けてる。
キャプテンがソロを一本返してくれた。
三回表、俺の2打席目。
初球、またインローが来る。読んでた。
掬い上げてフルスイング。打球は電光掲示板に突き刺さった。
まぁ、ソロは事故みたいなもんだからな。
あまり、桑原も気落ちした様子がない。打たれて顔に出るようではプロ失格だ。彼はまだプロではないけど。
それでも点差は4-2。まだ遠い。
その後もウチのエースは打ち込まれて、8-2まで広がった。
ただ、5回裏に反撃のもう一発。これで今日ソロ3発目。
結局、試合は7回コールドで終了。11-3。全部ソロホームランで取った得点。
俺は2本も本塁打を当てた。岸原はなぜかやたら厳しい内角攻めを食らって不調だった。彼は0本だったので俺の勝ちだ。
試合には負けたが、この時代の高みに触れられただけで、十分だ。
投手陣の立て直しはこのチームにとって急務だ。だが俺は投手育成については門外漢だ。
一応、スカウトからは「甲子園出場の実績と、自由な校風」を評価されて、有望な1年生を取れる見込みと聞いてる。
ウチほど自由な高校は関西でも珍しい。
入学当初は坊主だったが、今は髪を普通に伸ばしてる。
それを見て真似する奴も多くなってきた。
そういえば、見学に来てた中学生が、俺がコーラ飲みながらリフティングしてるのを見て目を丸くしてたな。
いや、普段からサッカーやってるわけじゃない。体育の授業でやるから、その準備をグラウンドを借りてやってただけだ。
ドン引きして辞退されないかを心配になってあとで話を聞いたら、彼はウチに野球推薦で入ってくれる事になっているらしい。
少し反省しているので、今度から中学生が来る時はちゃんと「真面目な野球選手」を演じるとしよう。
投手力は課題だけど、ただ一つ言えるのは打たれた分以上に打てば勝てるってこと。
当面はこれでやるしかない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
秋の大会が終わると、野球部の活動は火が消えたみたいに静かになる。
筋トレ室の人口密度だけはやたら高くて、もう冬だってのに汗臭い。
12月から3月8日まで対外試合が禁止されてるのも大きい。高野連の対外試合禁止期間と呼ばれるルールだ。
冬に練習試合ができない北部が不利にならないように、「地域差の緩和」なんて建前を掲げているけど、あまり意味はないと思う。紅白戦ができるような中堅以上の学校とそうでない学校の差を広げているだけだと思うんだよなぁ。
とにかく、シーズンが終わったので、今はのんびりしている。
一年の秋、文理選択があった。俺は当然理系を選んだんだけど、野球部はほぼ全員文系。
おかげで理系科目の授業は一人ぼっちになることが多い。
なぜかクラスでも浮いてしまっている。本当はせっかくの高校生生活なのだから恋愛もしたいし、青春も送りたいのに、うまくいかない。
甲子園では出待ちの女の子にキャーキャー言われたのに、学校じゃこのザマだ。
今日も落とし物を拾って女の子に声をかけたら、顔を真っ白にして逃げられた。年頃の女子は難しい。
授業は真面目に受けている。
この学校の先生たちは教えるのが上手い。
野球部顧問の古文の授業だけは微妙だ。多分、誰かにこき使われてて、準備ができないんだろう。
それでも、野球推薦で無料でこういう授業を受けられるのはありがたいと思ってる。
もしパ・リーグから強行指名されたら、大学進学も良いかもしれないな。選択肢は常に持っておかないと。
けど、俺以外の推薦組はそうでもないらしく、授業中は爆睡してる奴も多い。
まあ、補講で救済されるのがわかってるから、やる気も出ないのか。
でも俺はスポーツ推薦でも、勉強しといた方がいいと思うんだよな。
野球選手は引退後に苦労するやつが多い。
一説には、プロ野球選手の引退後の自己破産率が8割とも言われてる。
正式に調査が行われたことはなくて、推測も入っている数字ではある。ただ、アメリカの調査ではNFLの選手の8割、NBAで7割が引退後に破産するってデータもあるらしい。あながち大げさってわけでもなさそうだ。
日本は高卒プロが多い。
高校出ていきなり大金もらえば、金銭感覚が狂うのは当たり前だし、戦力外通告の平均年齢は28歳。
その年で、突然世間に放り出されても、まともにやっていけるわけがない。
今年のドラフトで、うちの誰も呼ばれなかった。
元エースの江崎先輩は、俺が見るにプロに行ける実力があったと思うけど、下位でも呼ばれることはなかった。
大学に進学して、野球は続けるらしい。俺も進学先の相談に乗ってる。
大学で社会を知って、飲み会やら普通の学生生活を送りながら、将来プロを目指すのが一番いいと思う。そういう意味では呼ばれなくて良かったとすら思っている。本人には言わないけれども。
どうせ高卒でプロ入りしても、一部の天才しか活躍できない。
入団してすぐ160キロ投げたり、二刀流やったり、そんなの漫画の中だけの話だ。
ていうか、野球部の連中、授業中に爆睡しまくってるし、いっそスポーツ科でも作って隔離しとけばいいのにな。
令和ではそういうのが普通だったし。
放課後は数学研究会に行く。
気づいたら部室のドア近くに、プログラミングコンテストの賞状が飾られてた。
しかも高校生向けじゃなくて、全年齢対象の本格的なやつ。もはや何の部活かわからない。
今日は部長がいなかったから、二年の山本先輩と話す。
この人は、うちのために分析プログラムを作ってくれている恩人だ。
ほぼ無償でやってくれてるので何か返したいんだけど、いつも「コンピュータの楽しさを教えてもらったお礼だ」って断られる。
PC-9801がついに3台に増えた。その前に座っている部員も3人、全部埋まってる。
機材が増えるのはありがたいけど、俺が使えなけりゃ意味ないんだよな……。
ちょっとどいてもらって、最新版の分析ソフトを見せてもらう。
かなり実用的になってきた。
そして、今回のアップデートでついに「プリント機能」が搭載された。
いままではガリ版でチームメイトに配っていた資料が、これで自動で出せる。
PC-9801の20ピンコネクタからプリンタに繋げばいいだけ。
ただ、熱転写式だから、出てくるのはレシートみたいな紙だけどな。
それを普通の紙に糊で貼って配ってる。けど、それでも全然楽になった。
おかげで、俺は分析そのものに集中できるようになった。
春の出場校はまだ正式には発表されていないけど、大体は見当がついてる。それを元にVHSを眺めてデータを取る作業を最近は続けている。
期末テストが終わり、冬休みに入った。
正月になると、野球部は全員、寮から追い出される。久々の完全なオフだ。
チームメイトには「家でも筋トレしておけよ」って言っておかないとな。
俺も鈍らないように実家にダンベルを宅配便で送りつけておいた。




