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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
高校編

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第18話 りんご配りおじさん

 帰ってきて一週間。日常は急速に戻ってきた。

 甲子園ではまだ熱戦が続いているというのに、なんだか不思議な気分だ。


 久々に数学研究会の部室に顔を出す。

 兵庫に行く前、ドアにセロテープで貼り付けておいた「コンピュータ部」というイタズラの紙は、そのまま残っていた。誰も剥がす気はなかったらしい。それでいいのか、数学研究会。


 軽く挨拶をして部屋の隅に目をやると、見慣れないPC9801がもう一台増えていた。

 驚いていると、部長が話しかけてくる。

「この前さ、コンピュータの利用時間でちょっと話題になったでしょ。理事長が庄内くんがなかなか使えてないって聞いて、1台増やしてくれたんだって」

 顔を見たこともないが、理事長ナイス。


 ただ、目の前の現実は厳しかった。

 2台とも占有されている。夏休み中で部員は半分も来ていないのに。

「これ…数学研究会のおもちゃ増やしただけでは?」という考えがよぎる。


 とりあえず、大阪土産としてホテルで出待ちの女の子にもらったお菓子を机に置いておく。

 ついでに、大量のりんごも紙袋に詰めて持ってきた。


「このりんご…?」

「親戚から大量に送られてきまして。消費ノルマは一人5個です」


 甲子園での活躍をテレビ見た母方の親戚が、なぜか示し合わせたように米とりんごを送ってきた。

 俺の活躍が地元の新聞に載ったのが原因らしい。

 送られてきた量が異常だ。特にりんご。ダンボール箱で7箱来た。

 野球部に配っても一人暮らしの寮生の消費能力ではどうにもならず、結局俺は数学研究会にりんごを配りに来ているわけだ。役に立たない野球部だ。


 母は20年ほど年賀状だけのやり取りをしていた親戚と、今年は電話のやり取りを再開している。

 とにかく、俺を連れて正月に東北に帰ってきて欲しいらしい。

 俺が実家にいる間、黒電話がひっきりなしに鳴り、ついに母は電話線を引っこ抜いた。まるで昭和版のDDOS攻撃だった。


 りんごを押し付けていると、2年の山本先輩が声をかけてきた。

「例のプログラム、作ってみたんで見てくれる?」

「お、もうできたんですか。ぜひ」


 先輩が使っていた片方のコンピュータは、俺が使っていいことになっているので、権利を行使して退いてもらう。

 先輩が作業中のデータをフロッピーに退避する間、仕様をざっと確認する。


 今回作ってもらったのは、俺が構想した配球分析ソフトのβ版。

 配球データを読み込むと、GUI…といってもアスキーアートで投球を可視化。

 さらに、ナイーブベイズとマルコフ連鎖をベースにした分析アルゴリズムで、状況ごとの遷移確率マップを自動生成してくれるという代物だ。


 以前、自作したスコア入力ツールで、球種・コースを含むデータを.shn形式で保存できるようにしていた。

 この.shnは、俺の名前から適当に取った形式(SHoNai)。CSVを圧縮しただけだが、圧縮率は90%程度出る。

 ちなみにこの手法、MSの.docxや.xlsxも同じで、実は拡張子を.zipに変えれば解凍できるのだ。


 どうでもいいことを考えながら、30分ほど作業を進める。

 いよいよ実行。ターミナルから読み込んだフロッピーに仕込まれていたタイトル画面が立ち上がる。


 Baseball Analystic


 …うん、ネーミングが安直すぎる。けどアスキーアートは無駄に凝っててカッコいい。


 5試合分のデータを学習させて、生成された遷移確率マップを.tks形式で保存する。これは俺の名前から取ったもう一つの拡張子だ。


 続いて、仮想的な試合状況を入力。

「2回裏、2死満塁、カウント2-2。前球はインハイのストレートと、ワンバウンドのカーブ」


 すると、似たような状況を自動検索して予測が表示される――が、なんか微妙に状況がズレてる?

 特徴量の取り方か、検索アルゴリズムにバグがありそうだ。山本先輩に改修をお願いする。

 まぁ、この機能が死んでいても、手動でマップ選べば実用上は問題ない。


 実際にそれを選んでみると、インハイへのストレートが高確率で表示された。

「ふむ、合ってる気がする」


 表示の正確性は今後データを検算してみないとなんとも言えないが、操作感は設計通り。

 りんごを手渡して、先輩にお礼を言う。


 これで、分析を俺という個人に依存せずに済むかもしれない。

 いよいよ「データ班」が作れる。


 俺の野望が、また一歩、現実に近づいた気がした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 次は吹奏楽部にりんごを配りに行くか。

 今日、わざわざ学校に来たのは、吹奏楽部が秋の演奏会に向けて全員揃って練習していると聞いたからだ。夏休み中でも、文化部はわりと活動している。特に甲子園に派遣された吹奏楽部は、演奏のレベルを維持するために休めないらしい。ありがたい話だ。


 廊下を歩いていると、夏休み前に実施された定期試験の成績がもう張り出されていた。

 でっかく掲示された成績一覧には、全生徒の点数がズラリと並んでいる。

 200人中、総合順位4位。……人生2回目なのに上に3人もいるのか。やるな飛鳥台。


 科目ごとの上位者一覧も貼ってある。数学Iでは、俺が1位。

 ただし同率で3人。……たぶん全員満点だな。

 顔なじみの数学研究会の同期たちだ。やっぱり理系は強い。

 うちは毎年、東大に10人ほど送り込んでるらしい。この成績を維持できれば、大学進学に困ることはないだろう。

 もっとも、今は大学に進学するつもりはあまりないけど。


 吹奏楽部の部室に着くと、懐かしい顔が揃っていた。

 最終戦の雨の中でも、ずぶ濡れになりながら演奏してくれていた面々だ。

 お菓子と一緒にりんごを紙袋に詰めて差し入れる。


「皆さん、甲子園での応援ありがとうございました。りんご、消費ノルマは一人5個です」


 演奏によって打撃力が上がるわけじゃない。

 でも、あの全国中継の舞台で、応援が無音だったらやっぱり寂しい。

 近畿の高校にとって、甲子園に吹奏楽部を派遣するのはほぼ義務のようなものだ。

 特に、遠方の公立高校が応援団を派遣できないときのために、阪神間の学校の吹奏楽部が“代役”として派遣される文化がある。

 だから、「甲子園で演奏したい」だけなら、よく派遣されている阪神間の吹奏楽部に入れば、ほぼ確実に行けるという裏ワザもあるらしい。

 ……ただし、アルプス席は真夏に楽器持って立ちっぱなしで演奏させられる過酷な現場なので、おすすめはしないけど。


 部長が俺を見つけて近づいてきた。

「庄内くん、ほんまにすごかった。感動したわ」


 そう言って、春の甲子園で使う登場曲を作るつもりだと宣言された。

「いや、まだ春の予選すら始まってないんですけど……」と言いかけたが、どうやら本気のようだ。

 リクエストを聞かれたので、以前から考えていた曲を伝える。


「ジャクソン5の I Want You Back でお願いします。邦題だと『帰ってほしいの』ってやつです」


 10年ほど前の曲。家にあったLPを何度も聴いていた思い出の一曲だ。

 5人兄弟の黒人グループで、中心メンバーのマイケル・ジャクソンは、この時代のヒットチャートを席巻している。

 あと数年で彼がソロに転向して、グループは自然解散状態になるけど――とにかく、この曲で登場してみたかった。


 あの印象的なイントロが甲子園に流れたら、きっとかっこいい。

 そう思いながら、紙袋の底に残った最後のりんごを部長に渡した。

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