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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
高校編

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15/81

第15話 八頭商業

 第一試合の相手は、鳥取代表・八頭商業高校。

 分析すべき資料は、試合のわずか二日前になってようやく手元に届いた。

 媒体はVHS――つまり、ビデオカセットだ。


 この時代には、インターネットで検索なんて当然できない。

 インターネット文化の先駆けとなったパソコン通信でさえ、まだ日本にホストが1つしかない黎明期。


 俺は高校野球雑誌の通信欄を使って、全国のマニアにハガキで呼びかけていた。

 ルールはシンプルで「等価交換」。こちらの持つ映像と引き換えに、全国の地方大会の試合映像を入手する。

 著作権的には問題はあるが、VHSの交換はマニアの間では流行っていて、特に地方在住の特撮やアニメファンにとって唯一の視聴方法であった。


 全国でも屈指の人気を誇る大阪地方大会のVHSは、地方の野球ファンにとって貴重な“通貨”になる。

 俺はわざわざダビング機まで購入して、近畿ローカルで放送される大阪や兵庫のライバル校の試合を、ひたすらダビングして送り出していた。


 文面はこんな感じだ。


 出)大阪・兵庫地方大会VHS

 求)各県大会 優勝校の試合VHS

 詳細は以下まで。

 奈良県橿原市……


 もちろん、発送元に「飛鳥台高校 野球部寮」なんて書いてあったら不自然すぎるので、顧問の家を使わせてもらっている。

 顧問の奥さんが早朝、宿泊先のホテルに映像を届けてくれた。お礼に今度インタビューされたら、顧問夫妻の功績を最大限に称えるとしよう。


 ちなみに、奈良でも大阪のテレビはちゃんと入る。

 なぜなら、大阪の民放各局の電波塔は奈良県との県境――生駒山に設置されている。

 奈良県民にとって大阪のテレビは、日常のようなものだ。


 ⸻


 VHSを再生し、チーム全員で映像を見始めた。

 画質は……思った以上に悪い。録画モードがEP、つまり3倍速なのかもしれない。

 今後は、募集のハガキに録画画質の指定も入れた方が良さそうだ。


 とはいえ、映像に慣れてくると、配球の傾向が見えてくる。

 八頭商業のエースは、明らかにインハイのスライダーを多投している。

 2年生の先輩がぽつりとそう言ったのを聞いて、俺は内心うれしかった。

 分析する意味を、少しずつ皆が感じ始めてくれている。


「……やっぱゴロ多くね?」

 言ったのは井崎先輩。サードのレギュラーで、観察眼が鋭い。


「インハイ詰まらせてんだよ、これ」

 キャッチャーの山本先輩が指をさす。「右打者ばっかだし、スライダーっぽいな」


「スライダーで空振り取ってないんすね」

「打たせて取る感じ。詰まらせるための球だ」


 何人かが頷く。

 俺は無言で映像とスコアシートを交互に眺めてた。


 試合が進んで、ピンチの場面になる。

「ちょっと戻して」

「……あ、追い込んでからが毎回似てないか?」


「だな。高めに浮いたあとに、低めのストレートで帳尻合わせてる」

「2パターンぐらいしかないっすね。スライダーで外したあと真ん中低めストレートか、高め→低めの修正型か」


「あとワンバンになった後に高めのストレートを必ず投げますね。高く抜けた後も低めのストレートを投げる傾向がある。修正意識が強いんだろうな」

「これ、データにしときましょう」


 この時代、キャッチャーのリード理論なんて、地方では誰も教えられなかった。

 俺の見立てでは、この捕手のリードは、単なる個人の成功体験の蓄積によるものだ。

 だからこそ、読みやすい。

 そして、昭和のこの時代、相手投手の映像を事前に見て分析するなんてのは、ほとんど行われていない。

 多くのチームが、噂や紙面上のデータだけで対策を立てている。


 この試合のVHSは、俺にとっても初見だった。

 画面の中のエースは、天才という称号がふさわしい。

 球速、コントロール、変化球――どれも高校生離れしている。

 彼は、このチームをひとりで甲子園まで導いたと言っていい。

 地方大会は全試合を完投。肩肘の限界ギリギリで、夏の舞台にたどり着いた。


 こんな選手を、高校で終わらせてしまうにはあまりにも惜しい。

 だからこそ――俺らが彼の物語に幕を引く。


 次の試合で。確実に。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 甲子園球場は、幼少期の記憶のままだった。


 新聞販売所の営業にお願いすると阪神戦のタダ券が年に一度、回ってきた。

 それで数回は足を運んだけれど、お金を払ってまで観戦はしなかった。

 この時代の阪神は暗黒時代。スター揃いの打線を擁しながら、先発陣がまるで瓦解寸前の堤防のようだった。

 派手さはあったが、強さには結びついていなかった。


 俺にとっての地元球団は阪急だった。

 洗練された野球。堅実で、静かに勝ち続ける強さ。

 人気では阪神に敵わなかったが、割と好きなチームだった。タダ券配ってるし、家から電車一本で行けるしね。


 この時代の甲子園球場には「ラッキーゾーン」があった。

 外野フェンスの内側に設けられたホームラン促進ゾーン。

 金属バットとこのラッキーゾーンの組み合わせは凶悪そのもので、高校野球は一種のホームラン競技になっていた。


 その打撃有利な時代に合わせたチーム作りで夏春連覇中の徳島三好高校は、「時代を制した」存在だった。


 初戦の相手、八頭商業高校との試合は、飛鳥台高校の攻撃から始まった。


「3番、セカンド、庄内くん」

 ウグイス嬢の声に背を押されて、打席に入る。


 1番、2番は打ち取られた。守備は堅実で、平凡なゴロもきっちりアウトにされた。

 VHSで事前に観ていたとおりだ。甲子園に来るチームには、最低限の守備力がある。


 俺の初球はライト前に弾むクリーンヒット。盗塁も決めた。

 そして、4番がしっかりとタイムリーを打ってくれて先制。上々の滑り出しだった。


 試合はテンポよく進んだ。

 我がエース江崎先輩の投球は抜群で、失点はたったの1点。

 それもラッキーゾーンによるソロホームラン。ある種の事故のようなものだ。


 7回表を終えた時点で5点リード。

 ここで監督から声がかかった。


「江崎、もういい。庄内、マウンド頼むぞ」


 江崎先輩を次の試合の為に温存することにしたようだ。

 投手用グラブに持ち替え、マウンドへ向かうと球場がどよめいた。

 一年生が登板? しかも終盤の甲子園で?

 だが、どよめきはそこで終わらなかった。


 投球練習でのフォーム――もはや地面につくのではないかと思われるほどのアンダースローに、再び球場がざわつく。

 阪急の田中よりもさらに低い、変態フォームだ。

 この投げ方は、直近で改造したものだ。

 初見殺しに特化し、より異質で、より打ちにくく仕上げた。


 俺の武器は二種類のシンカー。


 一つは、鋭く縦に落ちる「決め球型シンカー」。

 捕手も取るのが難しいレベルの変化量で、空振り三振を狙う。

 その代わり、コントロールはあまり定まらず、ストライクゾーンから外れることがあった。

 この日も、時折ボール球になって苦しんだ。


 もう一つは「ツーシーム型」。

 見た目は真っすぐ。だが微妙に揺れてバットの芯を外し、ゴロを量産する。

 俺の投球はこの二つで成り立っている。


 最初の打者は、シンカーで三振。

 視線の下から飛んでくる球に、バットがまったくついてこなかった。


 だが、相手ベンチはすぐに対応してきた。

 3人目はシンカーを早々に見切って、ストレート狙いに切り替えてきた。

 2本ヒットを打たれたが、落ち着いてゴロを打たせて切り抜ける。


 3イニングを投げて失点0。

 よい仕事ができたと思う。


 試合は7対1で快勝。

 記者たちが這うようにして写真を撮るなか、八頭商業の選手たちが甲子園の砂を集めていた。

 その後ろ姿を見ていたら、江崎先輩が近づいてきた。


「お前、来年のエースちゃうか?」


「いや、自分は打者ですから。シンカー二つだけですし、コントロールも安定してないんで。

 二年の富浦先輩がエースした方が絶対安定しますよ」


 先輩は笑いながら肩を叩いた。

「でもな、あのシンカー。ベンチで見ててもゾッとしたわ」


 ⸻


 この日、俺は5打数3安打。投手としては3回無失点。


 チーム全体も確実に変わってきている。

 データを読み、ピッチャーの傾向を予測し、狙い球を定めて打席に立つ。

 それぞれの打者が、ただの選手ではなく、分析者になりつつある。


 階段を登りながら、俺は思った。


 このチームで、1日でも長く野球をしたい。

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― 新着の感想 ―
地面スレスレのサブマリン…! 元千葉ロッテの渡辺俊介投手ですね。(球種は違いますが) 世代的に山田久志投手は現役時代を見る事が出来なかったので、自分にとってのサブマリンは渡辺投手です。 あの時代のロッ…
とても面白いです。 仲間達が主人公のことを認め、頼り切るだけではなく一緒に成長していくのが、まさに王道のスポーツ漫画という感じで気分が高まります。 これからどのような野球生活を送るのかとても楽しみです…
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