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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
高校編

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第11話 最高の設備

 中学を卒業した俺は、奈良の高校の寮に入ることになった。


 俺の部屋は一人部屋。これは、学校としても初の対応らしい。

 複数人での生活にはどうも抵抗がある。平成育ちの感覚が抜けきらないのかもしれない。

「期待の新人」という扱いらしく、そうした特別対応も含めて歓迎されているようだった。正直、ちょっと嬉しい。


 入寮して最初にやるべきことは、寮内の先輩たちへの挨拶回りだ。

 数人からは「ええ部屋やなぁ」「VIP待遇かいな」なんて軽く嫌味も飛んできたが、それくらいは想定内。

 後で仲のいい先輩に聞いたところによると、俺に対してのいびりや干渉はNGと、監督からきつく言い渡されているらしい。

 快適な寮生活が送れそうだ。


 この寮の何よりいいところは、トレーニングルームが併設されていることだ。

 そろそろ自重だけでなく、ウェイトを取り入れたメニューに切り替えていきたい。

 最近、スイングスピードにやや不満を感じていた。


 今年の野球推薦組は8人。学校としても、かなり力を入れているのがわかる。

 内訳は、投手2人、捕手1人、内野手3人、外野手2人。

 ただし、いずれも「大阪トップ級」というわけではない。

 岸和田シニアのような名門チームは、ある程度、監督のコネクションで進学先が決まっている。

 一流選手を取るには、受け入れ先の高校側にも、長年にわたる実績と信用が必要だ。


 同期の名前を見渡してみても、関西大会でそれなりに活躍していた選手ばかりだった。

 塚口ブレーブスにいたら即スタメンだろう。けれど、突出しているわけではない。

 正直、自分が「目玉選手」扱いされているのは理解していた。

 関西圏の有名校からのスカウトもほとんど受けていたし、自信もある。


 寮の広い部屋――もともと2人用の部屋らしい――に、筋トレグッズを並べていく。

 壁には阪急ブレーブスのポスターを貼った。最近ハマっている、沢村賞投手・田中のフォームが決まっているやつだ。

 アンダースローでねじ込む彼の投球スタイルが、とにかくかっこいい。


 机の上には、阪急の帽子を飾っている。

 かつて、将棋観戦ついでに俺に野球の話をねだってきた、あのオヤジの"遺品"だ。俺に数え切れないほどのコーラを奢ってくれた恩人でもある。

 アルコール性肝炎で入院する事になった時に「球場にはもう来られへん」と言いながら、俺にくれた帽子だったが、先週、普通にビール片手に球場で観戦しているのを見かけた。気まずかったのか、俺には声をかけてこなかったけど。

 まあ、元気そうでなによりだ。帽子だけはありがたく、ここに飾っておく。

 安らかに眠れ――なんて言うのは、ちょっと早いかもしれない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 入学式の日。

 校門付近では、各部活の勧誘がにぎやかに行われていたが、俺には一枚のチラシすら配られなかった。

 身長は中学を卒業してからさらに伸び、今では180センチに到達している。

 この時代としてはかなりの大男だ。それに加えて筋肉もついている。

 どう見ても「ガチのスポーツ推薦」だと思われているのだろう。声をかけるだけ無駄だと思われているのだろう。

 ……怖がられているわけじゃないと、信じたいが。


 ガイダンスが終わったあと、俺が真っ先に向かったのは、もちろん--数学研究会だった。


 平日の野球部の練習は、俺は自由参加ということになっている。挨拶はすでに済ませてあるし、今日はこっちが本命だ。


 聞いたところによると、例のブツが届いているらしい。

 部活棟の古びた廊下を抜け、目当ての部室の前でドアをノックする。


「はーい」と中から声がして、ドアが開く。

 出てきたのは細身の先輩。上履きの色からして三年生だろう。

 こちらの姿を見るなり、少し戸惑ったような顔をする。


「入部希望です!」


 俺の身なりを見て、どうにも文化系には見えなかったのだろう。無言の間が生まれる。

「庄内です。顧問の先生経由で聞いてませんか?」


「あ、ああ、例の荷物の……」


 ようやく思い出した様子で、部屋の奥へと案内してくれた。

 机の上には入部届と、段ボール箱がいくつか積まれていた。


 その箱には、大きな文字で『日本電気』と書かれている。

 去年発売されたばかりの、NECのPC-9801だ。


 日本が産んだ最高傑作。ここから日本のパソコン史は本格的に始まった――と、俺は思っている。

 本当は野球部の部室に置こうかとも考えたが、蛮族たちに破壊されそうだったので、この部室に預けることにした。

 本体価格は約30万円。大学の初任給が12万という時代において、かなりの高価な代物だ。


 この時代、コンピュータ部なんてものは学校には存在しない。

 だから、俺は「数学研究会」への入部という建前で、この設備を導入したのだ。


 このコンピュータは、対戦相手の分析をより効率的に行うために導入したものだ。

 これまではすべて手計算で処理していたため、膨大な時間がかかり、分析できる相手も限られていた。

 コンピュータを使えば、より高度な計算式を扱える上に、データの追加も格段に簡単になる。

 これまでは新しいデータが加わるたびに、ほぼ一から再計算し直す必要があった。

 だが、プログラムを組んで一連の処理を自動化すれば、これまでとは比較にならない速度と精度での分析が可能になるはずだ。


 説明書を読みながら、フロッピードライブにソフトを挿入し、セットアップを進める。

 モノクロのディスプレイに浮かぶ黒地に白文字の画面が、逆に未来的に感じられる。


 その作業を見ていた数人の先輩たちが、徐々に俺の周りに集まってきていた。

「新入部員の庄内です。よろしくお願いします!」


 拍手されながら、あれこれ質問が飛んでくる。


 俺が野球部との兼部であること、PC-9801の説明、そしてこれは自分だけのものではなく、ぜひ皆さんにも使ってほしいことを伝えると、先輩たちの表情がぱっと明るくなった。


 どうやらコンピュータの使い方に興味はあるらしい。

 そこで、ちょっとした操作を披露することにした。


 デモンストレーションに使うソフトは、あらかじめ購入しておいた表計算ソフト。価格は5万円。

 値段は安くないが、数学研究会にはぴったりだと思った。

 ちなみにこのソフトの名前は、前世では一度も聞いたことがなかった。おそらく、数年後にはExcelや一太郎に取って代わられて忘れ去られていく運命にあるのだろう。

 言ってしまえば、時代の徒花だ。


 まずは、正弦波関数をセルで計算し、グラフとしてプロットしてみせる。

 モノクロの画面に浮かび上がる白い線が、静かに波打つ。


 周期の異なる正弦波を三つ並べて重ね合わせる。

 描画ボタンを押すと、ディスプレイには奇妙なカーブが表示された。


 先輩たちは、目を輝かせながら「すごい」「意味はわからんけど動いてる」とざわついている。

 どうやら触ってみたいらしい。

 俺は今日はセットアップだけで終えて、先輩達に触ってもらう事にした。


「使い方、勉強してみたいです!」となぜか敬語で聞かれたので、分厚いマニュアル本を一冊渡す。


「英語かぁ……」と、明らかにテンションが下がる先輩たちを横目に、俺は静かに部室をあとにした。


 練習は自由参加とはいえ、さすがに初日くらいは顔を出しておいた方がいいだろう。

 そう思いながら、俺は少し歩調を緩めてチャリ置き場へと向かった。


 野球部の寮と専用グラウンドは、学校から自転車で約20分。

 春の風に吹かれながら、俺は静かにため息をつく。

 ――遠い。


 毎日のことだと考えると、少し憂鬱な気分になった。

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― 新着の感想 ―
一太郎はいわゆるワープロソフトなので表計算ソフトならLotus1-2-3かな、と。
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