05.居たたまれないボッチ vs フィールドワーク(5)
太一は、まずはヘイトを取ろうと、黒クマに向かって矢を放ち始めた。
今まで戦えなかった鬱憤を晴らすように、横跳びしながら3連続で矢を放ったり、スライディングしながら矢を放つなど、派手めな技を決めていく。
そして、熊がギロリと太一の方に体を向けると、太一はその場にいる全員に向かって怒鳴った。
「今のうちに怪我人を! 俺はこいつを連れて行く!」
そして、熊にダメ押しでもう1本矢を放つと、
「こい!」
怒り狂うクマを連れて暗い森の奥へと走り込んでいった。
ガアア!!!
黒クマが物凄い唸り声をあげて太一を追いかけて来る。
後ろに迫りくる脅威を感じつつ、太一は森の中を疾走した。
飛び出している枝をジャンプして飛び越えながら、これからについて思案にくれる。
(いずれにせよ、もうしばらくしたら追いつかれるだろうな)
体長約3メートルのヒグマの最高速度は時速60キロ。
後ろにいる黒クマは恐らく倍以上あるだろうから、もっと早いと推測できる。
いくら『狩猟師』が素早いとはいえ、さすがにクマに勝つのは無理だろう。
(後ろから殴られて死ぬって感じかな)
ギフトのお陰で恐怖は感じないが、とりあえず覚悟は決めないと思いながら、後ろの気配を探って――、
「…………ん?」
彼は眉をひそめた。
走りながら後ろを振り向くと、黒クマがいない。
「あれ?」
慌てて戻ると、そこには元の空き地に戻ろうとしている黒クマの姿があった。
「え!」
太一は慌てて矢を3本構えて放った。
ついでにスキルも試してみようと、威力が倍になるという『ラピッドショット』を試してみる。
ガアアア!
光り輝く矢が黒クマに当たり、クマが再び太一を追い始めた。
今度は慎重に後ろを伺いながら走る太一。
そして、適当に矢を放ちつつ、スピードを上げたり下げたりと色々やってみて、彼は気が付いた。
このクマ、何か遅くないか? と。
(クマは時速60キロメートルで走るんじゃなかったのか?)
そして、彼ははたと気が付いた。
時速60キロメートルで走れるのは、もしかして平地での話なのではないだろうか。
山の中では半分以下に落ちるのかもしれない。
(なるほど! そういうことか!)
自分の出した結論に納得する。
そして、彼はクマに向かって矢を射ながら、考え込んだ。
これは一体どうしたらよいのだろうか、と。
逃げられるのに、わざわざ遅く走って殺されたら、自殺になってしまう気がする。
当然ながら、自殺では『覇王蘇生』のスキルは発動しない。
(うーん、これは困った……)
枝の上から、下で唸り声を上げるクマに向かって矢を放ちながら、太一は思案に暮れた。
この状況で、どうやって「誰かのために死ぬ」ことができるだろうか、と。
そんな彼に向かって、黒クマが物凄い唸り声を上げる。
そして、彼は思いついた。
(そうだ、黒クマがみんなのところに戻るのを、ナイフで阻止すればいいんだ!)
みんなの元に戻らないように阻止すれば「人のため」になるし、さすがにナイフの狩猟師 vs 巨大クマなら、巨大クマが勝つだろう。
(これだ、これしかない!)
太一は、素早く木の枝を伝って移動しながら、気配を消した。
下で、太一を見失った黒クマが、唸り声を上げながらウロウロと歩き回る。
そして、諦めたような顔をすると、元来た方向に引き返し始めた。
(よっしゃっ!)
太一は木から飛び降りた。
腰のナイフを抜くと、黒クマに忍び寄る。
そして、ヘイトを取るため、思い切ってその背中にナイフを突き立てた。
ギャアア!!!!
クマが咆哮する。
そして次の瞬間、黒クマが一瞬で黒い煙と化し、魔石がゴトリと地面に落ちた。
「…………は?」
太一は呆然とした。
ナイフを構えたまま、その場に立ち尽くす。
「…………もしかして、倒しちゃった?」
脳裏に蘇るのは、派手に連射したりスキルを使って攻撃した自らの所業。
「ああああああ!!!! やりすぎたあああああ!!!!」
彼はガックリと膝をついた。
調子に乗って攻撃をし過ぎてHPを削り切ってしまったらしい。
心の底から後悔するが、もう遅い。
その後、彼は魔石を拾うと、とぼとぼと来た道を戻った。
小屋に戻ると、女子3人が待ち構えていた。
目を三角にした萌に
「無事だったからいいものを! あんた無謀よ!」
としこたま怒られ、梨花には、
「南田君って、ときどき大胆になるよね~」
と面白がられ、結衣には
「ん。無事だったからとりあえず良かった」
と眠そうな顔をされる。
ちなみに、冒険者5人は無事だったようで、治療のために先に街へと戻ったらしい。
「そういう意味では、偉かったかもしれないわね」
萌に妙にツンデレっぽい褒められ方をするものの、
死ねなかった無念さのあまり、ため息しか出ない。
(助けられたのは良かったけど、次はもっと慎重にならないとな……)
心の中で自分を戒める。
その後、リリアが戻って来て、今日の探索は終了することになった。




