01.街に行くボッチ vs 冒険者ギルドのチンピラたち(1)
召喚から約2か月が経ったある日の午後。
太一は、明るい光が差し込む広々とした訓練施設の中心に立っていた。
ピッピッピッピッ、ピーン!
甲高い合図音と共に、空気が動いた。
バシュッ! バシュッ! バシュッ!
連続する音とともに、上空にクレー射撃のような円盤が3つ並んで飛び出してくる。
太一は、目にも止まらぬ速さで矢をつがえて連射した。
横から攻撃してくる人型にケリを食らわせて吹き飛ばし、続けて飛び出してきた円盤を素早く射落とす。
――そして、こんな感じで、飛び出してくる障害物を避けたり矢を放ったりすること、数分後。
パンパカパーン!!
高らかなファンファーレが訓練施設内に鳴り響いた。
地面は再び静かに元の位置へと収まり、訓練施設は静寂を取り戻す。
太一はその場に崩れ落ち、肩で息をする。
「はあ、はあ……やった、レベル15クリアだ……」
息を整えながら、彼は思った。
身体能力がぐんぐん上がって嬉しいけど、なんかコレ違うんだよな、と。
* * *
約2週間前。
離宮の火事騒動があった、その日の夜。
ランプの光の下、太一はソワソワしながら自室で着替えをしていた。
王宮の養護室から自室に戻ったところ、夜8時から食堂でクラスの打ち上げがあるという手紙が入っていたのだ。
(もしかして、これはボッチ脱却のチャンスか?)
「火事」という共通の話題があるから会話も成立するだろうし、これをきっかけに話ができる人が増えるかもしれない。
という訳で、部屋でシャワーを浴びて髪の毛を整え、緊張しながら着替えていた訳だが……
「まあ! ミナミダ! 貴方どこに行きますの!?」
いきなりバカンス王女がメイドを従えて現われた。
彼女は太一の前で、丁寧なカーテシーをした。
「まずはお礼を言わせて下さいませ。わたくしの愚弟を助けて下さいましてありがとうございます。本当に感謝しておりますわ」
そして、頭を上げて腰に手を当てると、ぷりぷりと怒った。
「でも、パカラを助けるとはいえ、火の中に飛び込んだのはやり過ぎですわ! 正義感が強いのは素敵なことですけど、無謀過ぎます!」
そして、太一が「これから出掛けるんで」と言うと、目を三角にした。
「あなた、看護室から帰って来たばかりで何を言っていらっしゃるの!」
「いや、でもクラスの……」
「ダメですわ! 寝ていらして!」
そして、「わたくしが見張っていてあげますわ!」と部屋のソファを陣取った。
「さあ! 寝てくださいませ!」
心配してくれていると思うと断ることもできず、太一は渋々とベッドに潜り込んだ。
これは寝たフリをして彼女が出て行った後、打ち上げに行くしかない、と寝たフリを始める。
しかし、気が付くと、
「あ、あれ? 明るい?」
なんともうすでに朝になっており、彼はボッチ脱却のチャンスを逃してしまった。
(くっ、どうあっても神は僕をボッチにしたいのか)
――という訳で、ボッチの彼は時間を持て余し、1人訓練施設に通い詰める羽目となり、
結果、身体能力や弓の腕がものすごく上達してしまった。
しかも、異世界人たちの間で
「ミナミダはストイックに訓練を行う、まるで“サムライ”みたいな奴だ」
と言われるようになる始末だ。
(うう、こんなはずでは……)
さっさと、「サクッと死んで、サクッと強くなって、サクッと魔王を倒して即帰還!」を実現したいと心から思う。
という訳で、常に死ぬチャンスを探してはいるのだが、これがどうもうまくいかないのだ。
火事以来、人のために死ねる機会も巡ってこないし、王宮内は平和そのものだ。
(王宮にいる限り無理なのかもな……)
彼は立ち上がると、弓を片付けた。
訓練施設の外に出ると、入り口を守っている衛兵に軽く会釈をして、部屋のある白い石造りの建物の方向に歩く。
建物に入ると、いつも誰かが話す声などが聞こえてくるのだが、今日はシンとしている。
(そうか、みんな街か)
この前の火事を消し止めた件の褒美として、街に行く権利が認められたのだ。
今日は週1回の休みのため、みんな街へと遊びに行っているのだろう。
(街か……)
赤絨毯がひかれた明るい廊下を歩きながら、太一は思案に暮れた。
小耳に挟んだ情報によると、王都の街はいかにも異世界といった雰囲気で、とてもにぎやからしい。
純粋に行ってみたいと思うし、もしかすると、死ぬチャンスがあるかもしれないとも思う。
(でも、1人で行くのもな……)
異世界の街を1人で歩くのは心細いし、1人でいるところを見られて「あいつボッチなんだ」と思われてしまうのも結構辛いものがある。
ボッチは、ボッチ自体が辛いというよりは、ボッチだと哀れまれるのが辛いのだ。
(行きたいけど、さすがに1人では止めておくか……)
太一がそんなことを悶々と考えながら歩いていた、そのとき。
「あ! 南田君だ!」
後ろから元気な声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには茶色い髪の快活そうな美少女――北川梨花が立っていた。
梨花はダンス部所属の1軍女子で、職業は『拳闘士』。
スキル『投擲』が出現したらしく、たまにリリア先生の訓練に出るようになってから顔見知りになった。
彼女は屈託ない笑顔で太一を見た。
「どこ行くの?」
「……え、ええっと、部屋。今、訓練施設行ってて」
「そうなんだ! 私は医務室に呼ばれてたんだ!」
どうやら訓練中に怪我をして、その経過を見てもらいに行っていたらしい。
そして、彼女は「いいこと思いついた」という顔をすると、太一に尋ねた。
「あのさ、このあと時間ある?」
「え? あ、うん」
話の意図が読めず、太一が曖昧に答えると、梨花が明るく言った。
「じゃあさ、これから街に行こうよ!」
「……え?」
「ほら、リリア先生が、投擲武器が揃ってるって教えてくれた店あったでしょ。南田君も行ってみたいって言ってたし、行ってみようよ!」
太一は固まった。
一瞬何を言われたのか理解できずに思考が停止する。
返事がないのは了承ととらえたのか、梨花が「決まりね!」と言うと、自分の部屋の方向に走り出した。
「じゃあ、30分後に入り口のところでね!」
そう言いながら手を振られ、太一は呆然とした。
何が起こったのか理解できず、完全に思考が停止する。
そして、しばらく立ち尽くした後、彼はつぶやいた。
「…………女子と一緒に……街だと?」
オタクの妄想じゃないか? と思いながら頬をつねってみるが、
あまりの痛さに、「いたっ」と手を離す。
そして、彼は
「こ、これは大変なことになった」
と青くなりながら、小走りで自室へと戻っていった。




