05.恐れ知らずのボッチ vs 紅蓮の業火(2)
騎士らしき若者が青い顔で飛び込んできた。
「り、離宮の一部から火が出ました! すごい勢いで燃え広がっていて!」
リリアは目を見開いた。
離宮といえば、王族の子息が暮らす場所じゃないか!
騎士団長が血相を変えて若い騎士に詰め寄った。
「おい! 王子と王女は無事なのか!」
「は、はい。幸い皆様は本宮の方にいらっしゃったそうで、メイドも含めて逃げ遅れた者はいないとのことです!」
騎士団長が「そうか」とホッとした顔をする。
「しかし、魔法師団の大部分が外に出ておりまして、火が収まらない状況です」
「よし、分かった! すぐに行く!」
騎士団長が険しい顔をして訓練場にいる生徒たちを見回した。
「我々はこれから消火活動に行く! めいめい訓練を続けるように!」
リリアは急いで弓矢を置いた。
そして、自分も消火活動を手伝うために走り出そうとした。
――そのとき。
「リリア教官、僕も行きます!」
いきなり生徒であるミナミダに声を掛けられた。
見ると、その顔は真剣そのもので、目の奥で何かが燃え盛っている。
「何か役に立てるかもしれません、連れて行ってください」
そのいつも控えめな彼からは想像できないような迫力に、リリアは驚いた。
かわいい弟のように思っていたが、彼もやはり勇者の1人なのだと実感する。
――ちなみに、太一はいつも通り“人のために死ぬチャンス”を探しているだけなのだが、それはさておき。
太一の勇者としての覚悟を感じ取ったリリアは大きくうなずいた。
「……わかったわ。行きましょう」
「はい!」
2人は走り出した。
訓練場を出ると、少し先に黒煙が上がっているのが見える。
そして、離宮に到着すると、そこには地獄のような光景が広がっていた。
建物が轟轟と音を立てながら燃えており、黒煙が上がっている。
リリアは片手を上げて熱風を防ぎながらつぶやいた。
「これはちょっとやそっとじゃ近づけないわね……」
騎士団がバケツリレーをして消火を試みているが、とても消し止められる雰囲気はない。
「これは火が自然に消えるのを待つしかないかもしれないわね」
リリアがそんなことを考えていた、そのとき。
「おい! 一番上に人がいるぞ!!!!」
誰かの叫び声が聞こえて来た。
「え!?」
リリアは、燃え盛る建物の上を見上げた。
火はまた一番上には到達しておらず、煙の向こうに大きな窓が見える。
その1つを見て、リリアは思わず息を飲んだ。
煙の間から必死に手を振る人影が見えたからだ。
「おい! でかい布を持ってこい!」
騎士たちは駆け出し、数分もしないうちに巨大なシーツが持ち込まれた。
それを広げて、魔術師が呪文を唱えて風魔法を込めると、シーツは弾力を帯び、跳ね返すような感触が生まれる。
団長が上に向かって大声で怒鳴った。
「そこにいる奴! 飛び降りろ!!!!」
人影は飛び降りようとするものの、怯えるように下がってしまう。
騎士の何人かが建物に入ろうとするが、火の勢いが強すぎて近づけない。
「くそっ! このままでは火が! あいつに軽い魔法を食らわせて落とせないのか!?」
「無理です! 危険過ぎます!」
「しかし、そうしないといずれあいつは……!」
「…………」
魔術師は、轟轟と燃える入り口を一瞥した。
苦渋の表情で魔法の杖を塔の上の人物に向ける。
そして、「神よ」と言いながら、魔法を放とうとした
――そのとき。
「ちょっと待った!!!!!」
突然後ろの方から声が聞こえて来た。
続いて、サバッという水音が聞こえてくる。
振り返ると、そこには頭から水を被ったミナミダがいた。
その目は決意でみなぎっている。
「僕が行きます!!!!」
そう言うと、彼は止める間もなく火の中に飛び込んでいった。
「え、えええええええ!!!!!!」
その場の誰もが絶叫した。
「戻れ! 戻れ!」
「お前、死ぬ気か!?」
そう叫ぶが、脱兎のごとく入口の火の中に消えていく。
リリアが騎士団長に縋りついた。
「あれはミナミダです!」
「なにっ! なんで異世界人が突入しているんだ! ――おい、お前ら急げ! 異世界人も中に入ったぞ!」
魔術師と騎士たちが必死で消火活動を行うが、火は弱まるどころか強まっていく。
「ミナミダ―!!!!!」
燃え盛る炎の音に混じって、リリアの絶叫が響いた。
** *
時が遡ること、約3分前。
火事現場に到着した太一は、燃え盛る建物をながめていた。
(もしかしてと思って来たけど、出番はなさそうだな)
逃げ遅れた人がいれば、その人を助けて自分が死ぬ、というパターンも考えられると思ってきたのだが、どうやら逃げ遅れた人はいないらしい。
ガッカリはしたものの、被害がないことはいいことだよな、と思い直す。
そして、せめて消火活動を手伝おうと、バケツに水を汲んで運んでいた、そのとき。
「おい! 一番上に人がいるぞ!!!!」
誰かの叫び声が聞こえて来た。
見上げると、一番上の窓に小さな人影が見える。
そして、その人物が怯えて下に飛び降りられないと分かったとき、太一の頭の中に瞬時にロジックが組み上がった。
――――――
火事で人を救って死ぬ
↓
最強!
↓
パーティを組まなくていい
↓
魔王を倒して帰還!
――――――
(きたこれっ!)
お腹の中に火が灯る感覚がし、『思い切りが良くなる』というスキルが一気に発動する。
という訳で、
「ちょっと待った!!!!! 僕が行きます!!!!」
太一は持っていたバケツの水をザバッと被ると、建物の中に飛び込んだ。
どうやら国王からもらった『守護の腕輪』がいい感じで役に立っているらしく、熱いとは思うが、そこまで熱いとは感じない。
(とりあえず、上にいる人を助けよう)
彼は階段を駆け上がった。
『幸運の指輪』が効いているのか、適当に走ったり上ったりしても、比較的火の弱いところを通っていける。
(これなら問題なく上に行けそうだ)
彼は火の海の中、ひたすら最上階を目指した。
最上階に到着すると、まだ無事ではあるものの、すぐ下の階まで火が迫っている。
彼は走って人がいると思われる部屋の前に到着すると、思い切り体当たりした。
バンッ!
扉が勢いよく開き、つんのめりながら入ると、そこは子ども部屋のようになっていた。
たくさんのおもちゃが置かれ、窓の傍には見覚えのある金髪男児――パカラ王子がポカンとした顔をしてこちらを見ていた。
大泣きしていたのか、顔が煤と涙でぐちゃぐちゃだ。
彼は太一を見ると、顔をくしゃくしゃにして走り寄って来た。
ギュッと抱き着くと、大きな声で泣き出した。
「おまえ! 遅いぞ! わたしを誰だと思っている!」
「パカラ王子」
「違う! そういう意味ではない!」
太一は、泣きながら怒る王子を抱きかかえると、窓から下を見下ろした。
(うお、結構高いな)
下にいる人々に手を振ると、大声で叫びながら手を振り返される。
太一は王子の怯える顔を見た。
「さ、ここから飛び降りますよ」
「い、いやだ!」
「あの白い布の上であれば大丈夫です」
「あんな小さな布の上に飛び降りるなんて無理だ!」
そんなやりとりをしている間にも、部屋がどんどん熱くなってくる。
(仕方ない)
太一は、『守護の腕輪』と『幸運の指輪』を外すと、しゃがみ込んで王子にはめた。
「これは国王陛下とバカンス王女にもらったものです。これを付けていれば大丈夫です」
「ほ、本当か!?」
「本当です」
王子がギュッと腕輪と指輪を握り締める。
そして、不安そうな顔で太一を見上げた。
「しかし、お前はどうするんだ?」
「いいんです。僕にはもともと必要ないものなので」
そう言うと、太一は王子を抱え上げた。
下に向かって「行きますよー!」と叫ぶと、「そおれ!」と、王子をポンと空に投げる。
「ぎゃああああああ!!!!」
王子が凄い悲鳴を上げながら落ちていく。
そして、布の上にポンと跳ねて保護されるのを見送ると、太一はホッと胸を撫でおろした。
(良かった)
下の方から怒鳴り声が聞こえて来た。
「ミナミダ! 今度はお前だー!」
「飛び降りろ!」
太一が飛び降りないと、再び声が聞こえてきた。
「おい、あいついつまで上にいるつもりだ!」
「なんで降りてこないんだ!」
太一は下をのぞいた。「その白い布片付けていいですよ」という風に手を軽く振る。
「手なんて振ってる場合じゃないだろ!」
「降りてこい!」
といった怒鳴り声が聞こえてくるが、それらに構わず、彼は窓の下に座り込んだ。
(やっとだ)
そう安堵の息を漏らす。
そして、太一が「本当に痛くないんだろうな」と思いながら目をつぶろうとした――そのとき。
「南田ー!!!!!!」
「南田君!!!!!」
彼の耳に、とてつもなく不吉な叫び声が聞こえてきた。




