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89 黒幕討伐準備

「くっ……獣風情が……!」


「グオォォォ!」


 マフの角による突進に、ラーグの左腕が吹き飛んだ。

 片側の槍でマフを突くも、マフは距離を取ってそれを避ける。

 すぐにラーグは左腕を再生するも、攻めあぐねているようだった。


「――さっきと違ってちゃんとダメージ受けてんな」


 傷を治した体への負担がでかいのか、アネスは顔を青ざめさせながらそう言った。

 彼女はミュルニアへと視線を送る。


「ミュルニア、あれは肉製魔導人形(フレッシュゴーレム)だったな? それにしちゃ挙動がおかしい」


「う、うん……。もう一度見てみよっか?」


「いや、何度やったって代わりはしないだろう。わたしたちが何か勘違いしているのかもしれないが――」


 そう言ったアネスの言葉に、俺は眉をひそめた。


「……アイツに何か秘密があるのはたしかだろうが、わからないなら攻撃側を調べてみるってのはどうだ?」


「――そうか。ミュルニア、頼む!」


「りょーかい」


 ミュルニアは呪文を詠唱する。

 彼女は解析の魔術を、マフに向かって発動した。


「――うん。マフちゃんは今、アイツが言ってたみたくソードタイガーの親戚……っていうか遠いご先祖様みたい。おそらく魔力量としては神話時代の生き物だね。当時は大半の動物が聖獣か魔獣のどちらかに別れていたって聞くけど……」


「おそらくビャッコ――東方に伝わる伝説の聖獣だな。あの角にはユニコーンなんかと同じく穢れを払う力があると言われている」


 アネスの言葉に、ロロとミュルニアが言葉を続ける。


「穢れ……。それなら相手はアンデッドって事?」


「うーん。ゴーレムとして分析が出たのは、おそらく魔法生物系のモンスターに寄っているってことだと思う。どっちかというとアンデッドよりもスライムの方が近いはずだけど……」


 ミュルニアの言葉にアネスが頷いた。


「魔法生物ねぇ。……それにしたってあんなバラバラになっても動けるなんて、スライムでもそうはならないぞ。あの杖がコアにでもなってるのか?」


 アネスはそう言って、ラーグが持っていた錫杖を怪しむ。

 だが彼はアレを武器にしたりと結構ぞんざいに扱っていたように思える。

 あの杖がコアとは少し考えにくいが……。

 そう思いながらラーグとマフの戦いを見ていると、一つの可能性を考えついた。


「――なあ、『穢れを払う角』……ってさ。昔の人がどう言ったのかは知らないが……もしかしてそれは『病気を治す』みたいな話なんじゃないのか? ほら、よくユニコーンの角は万病に効くって言うだろ」


「あー、そうだねぇ。ユニコーンの杖は万能薬の材料になるらしいよ。伝説級の代物だから、実際に作ったことはないけど」


 俺の言葉にミュルニアが答える。

 それにアネスが眉をひそめた。


「たしかにユニコーンも聖獣の仲間だし、同じ聖獣のビャッコの角も似たような効果を持つのかもしれないが、それがアイツの正体とどんな関係が――ってそうか! もしかしてエディン、『瘴気』のことを言ってるのか!?」


 アネスは俺が言いたかった事に気付いたようだ。


 『瘴気』とは、以前ゴブリンの村でバズとガッガの兄弟に説明した概念だ。

 目に見えない悪い空気のような物で、病気の原因になったりする。


 ――もしそんな瘴気そのものみたいなモンスターがいたとしたら。

 スライムのような魔法生物もいるのだから、そんなモンスターがいてもおかしくない。


 俺はそこまで考えて、もう一つの疑問が浮かぶ。


「……でもそれならさっき、アネスが爆発させたクリスタルの爆風で倒せていないとおかしいのか?」


「――いや、そうとも限らないぞ」


 俺の言葉にアネスは首を横に振った。


「爆発には二種類ある。炎魔法のように周囲の空気自体を燃やすものと、水蒸気なんかの圧力を一気に解放させるものだ。さっきやったのはクリスタルの魔力を使った後者だから、燃やしたわけじゃない。あいつが瘴気系モンスターだったから効果がなかった可能性は十分にある」


「……だとしたら、他に何か倒す方法があるのかもしれない」


「――ああ。私もそう思う」


 アネスは俺の言葉を肯定する。


 ――それなら後は、その手段だ。


 俺はいくつかの方法を考える。

 ヤツの本体が目に見えない煙のような存在だとしたら、それを倒すのに必要なのは――。


「――お兄さん、一つやってみたいアイデアがあるんだけど」


 ミュルニアがそう言って笑う。

 彼女は俺たちに、その考えを話した。




 * * *




「くっ……! 神話時代の遺物ごときが忌々しい……!」


 ラーグは猛攻をかけるマフから距離を取る。


「――いいでしょう。あまりこの姿となるのは、魔神の姿を思い出して嫌なのですが……」


 ラーグはその体を変化させる。

 触手のように両腕が伸び、左右に五本ずつの巨大な槍が生えた。


「これで絶命させてあげましょう!」


 ラーグは槍を振りかぶる。

 ――その時。



「――駆けろ剣閃! 貫け刃!」


 声が響いた。

 だがラーグはとっさに後ろを振り向く。


「……甘い! 詠唱が必要な不意打ちなど、私には通用しない!」


 ラーグは振り返ると同時に、その十本の槍が振るう。

 その槍は串刺しにした。



 ――何もない空間を。



「……何!?」


「――クククク……ハーハッハッハッハ!」


 その笑い声にラーグは頭上を見上げる。

 そこには風の魔法で浮かび上がったアネスが、彼を見下ろしていた。


「かかったな、バァ~カ~ッ! ――幻術はわたしの得意技だっつーの!」


 そう言ってアネスはその手に赤い光を灯す。

 充填された魔力が、ラーグに向かって放たれた。


「――熱射砲(レインフレア)!」


 アネスの放つ炎の雨が、ラーグを襲った。




 * * *




 今、ロロの幻影がラーグを引きつけているはず。

 俺はそのタイミングに合わせてマフの上に乗り込んでいた。


「――ユアル! 大丈夫か! 俺の声が聞こえるか!?」


 声をかけてみるもユアルはこちらを振り向きもしない。


「ユアル!」


 彼女の手をとって、強制的にこちらに顔を向けさせる。

 その赤い瞳が俺を睨み付けた。

 そこにはいつものユアルの優しい雰囲気はない。


 ――だが無理矢理にでも、正気に戻させてもらう!


「……すまん! ユアル! 許せ!」


 俺はそう言って、腕を伸ばす。

 ………すると。


「……え?」


 意識を取り戻したのか、ユアルは声をあげた。


 彼女は視線を落として俺の手の先を見る。

 そこにはユアルの胸があった。


 ……相変わらず。着痩せするタイプだな!


「……ぎゃー!!」


 ユアルが聞いた事もないような悲鳴を上げる。


「ユアル、落ち着け! 俺だ! わかるか!? 正気に戻ったか!?」


「わかります! エディンさんです! 何してるんですか!? エディンさんこそ正気ですか!? ……って、あれ?」


 俺はどうやら元に戻ったらしいユアルの胸から手を放す。


「よし! マフに下がるよう命じてくれ!」


「は、はい……! ――お話はあとで聞きます! 絶対に!」


 できれば忘れて欲しい!


 ユアルは困惑しながらも、「マフちゃん!」と声をかける。

 それを聞いたマフが床を蹴り、後ろに退いた。


 同時に、頭上からアネスによって放たれた炎の雨が降り注ぐ。


 赤い目のままのユアルは、目の前の光景を見ながら呟いた。


「え、えっと……ちょっとだけ記憶がないんですけど、わたしまた何かやっちゃいました?」


「……ああ、助かったよ。おかげでアイツを倒す方法がわかった」


 そうしてマフに乗ったまま、俺たちは後ろに下がってラーグの様子を眺めた。

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