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88 魔王

 激しい風圧が収まり、俺は目を開ける。

 そこに立っていたのは俺とアネスの二人の姿だった。


「――おい、いきなり爆発させるとか殺す気か」


「ちゃんと防御結界張ったんだからいいだろ。文句言うな」


 アネスの言う通り、俺の体は無傷だった。

 周囲には粉々に吹き飛ばされた肉片が散らばっており、ラーグやグールの原型も残っていない。

 アネスは床に倒れたロロに駆け寄ってしゃがみ込んだ。


「おい大丈夫か」


「う、うん……。なんとか」


 ロロが答える。

 彼女も爆風の影響は受けていないらしい。

 アネスが彼女の傷を確認するようにその脇腹を見た。


「変な事はされてないようだな。傷も浅い、これなら……」


 アネスは言いかけて言葉を止める。


「――風圧乗昇(エアライディング)!」


 突如、アネスは風の魔法を発動した。

 その風に押されてロロの体が宙に浮く。

 ロロはそのまま後ろへ向かって吹き飛ばされた。


「あぐっ!?」


 ロロが呻くような声をあげる。

 俺は突然の出来事にアネスに目を向ける。

 すると、彼女の胸からは赤黒い槍が生えていた。


「――かはっ」


 声と共にアネスが崩れ落ちる。

 引き抜かれた赤黒い槍を持つのは、焼け焦げた肉片と骨が歪な人型に集合した肉の人形(ゴーレム)


「――いきなり大きな音を出されるとびっくりしてしまいますね」


 既に人の原型などなくなったその男が、口も無い顔でそう言った。

 俺は思わず声を漏らす。


「……不死身かよ」


「言ったでしょう? あなた方では私には勝てないと」


 ラーグはそう言ってこちらへと近付いてくる。


「顔は……こんな感じでしたかね」


 その頭部に表情のないラーグの顔が形成された。

 グールの下顎のパーツを使っているせいか、牙が剥き出しで歪んでおり気色悪い。


「さあ、そろそろいいでしょう? 私も久々の運動で楽しめましたし……諦めたらいかがですか」


「――四重(クアッド)!」


 剣に魔法を込める。

 同時に地面を蹴って剣を振るった。

 俺の剣は槍ごとラーグの体を断ち切る。


「おやおや。やはりこの体は強度に問題がありますね。――まあ、些細(ささい)なことですが」


 そう言ってラーグは拳を振るう。

 俺はそれを避けきれず、腹部に拳を受けた。

 メキメキと骨の軋む音がする。


「……さて、まだいけますか?」


 ラーグはそう言うと、間髪入れず回し蹴りがしてくる。

 なんとか顔面に当てられるのは腕で防いだものの、その衝撃は殺しきれず俺は後ろへ向かって転がった。

 俺は何とか受け身を取りながら、膝立ちになって体を支える。


「――はは、運動不足の割には格闘家みたいな動きするじゃねーか」


「年の功というヤツです」


 ラーグはそう言いながら、こちらを見下ろした。


「あなたも才能がなく周囲から蔑まれたのでしょう? ならそのとき知ったはずだ。人間は愚かである――と」


 彼はそう言いながら、ゆっくりと近付いてくる。


「ならば愚かな人間を導く必要があると感じませんでしたか。愚かな物たちに自由意志など必要ない。私たちのような持たざる者が、彼らが間違わないよう管理する必要がある――違いますか?」


 騎士団で雑用をしていた時のことを思い出す。

 ――それは。


「――違います!」


 そう言って俺とラーグの間に立ち塞がったのは、ユアルだった。


「ユアル! 下がれ――!」


 彼女は俺を庇うように両手を広げる。


「エディンさんはあなたと違って、人に絶望していません! どんなに蔑まれたって、どんなにバカにされたって――エディンさんはこれまでずっと周りの人達を否定しなかったし、自分の事だって否定してこなかった!」


「――それは彼が知らないだけですよ。人間の本性に。愚かなその本質に」


「あなたが知ろうとしなかっただけです! ……あなたは気付かないふりをしていただけじゃないんですか! 誰か一人ぐらい――あなたに優しくしてくれた人だっていたはずです!」


 ユアルの言葉にラーグは眉をひそめる。


「……そのような記憶は、とうに摩耗してしまいました」


 ラーグはそう言うと、その身を蠢かせた。

 その肉の体のパーツが結合していき、黒く硬質な物へと変化していく。


「今の私は人類の守護者で、導き手です。人間という種を魔神より守る為、管理しやすいように改造する必要がある。それ以外は全て捨ててしまった。――手遅れなのですよ、お嬢さん」


 ラーグの手元に先ほどまで持っていた彼の錫杖が飛んでくる。

 それを彼が握ると、手から肉が盛り上がっていき錫杖を呑み込んだ。

 彼の手に、一体化した黒い槍ができる。


「……八百年前に出会えていれば、あるいは何か変わったのかもしれませんがね」


 ラーグはその槍の切っ先をユアルへと向けた。


「――ユアル!」


 体よ、動け――!

 ラーグが槍を振るう前に、俺は剣を構えて前へ出る。

 俺の命に替えても、ユアルだけは――!


 ラーグの槍が迫る。


「――グオォオオッ!」


「むっ……!?」


 その瞬間、横からマフがラーグへと飛びかかった。

 突然腕に食いかかられたラーグはそれに怯む。


「……ソードタイガーですか! しかし――!」


 ラーグはマフに腕を噛ませたまま、槍を向ける。


「獣に用はありません!」


 その黒い槍がマフの腹部を貫いた。


「マフちゃん!」


 ラーグはマフが刺さったまま、軽々と槍を掲げた後、払うようにマフの体を投げ捨てる。

 床に投げ出されたマフのもとに、ユアルが駆け寄った。

 ラーグは血が滴る槍を地面に向ける。


「……もうじき私の千年帝国は完成します。人々の意思を剥奪することで、魔神へと対抗する為に100パーセントの力で技術を発展させることができる」


 ラーグは笑った。


「この場所に辿り着けるほどに優秀な皆さんには、むしろそれに協力して欲しかったほどですがね。優秀な魔導の使い手、剣の達人、分析力に長けた錬金術師に、無才にも関わらず己を鍛え上げた魔法剣士……どうです? 降参し私の協力をしてくれるというのなら、特別に今からでも――おや」


 ラーグは言葉を止める。

 その視線の先にはユアルの姿。

 彼女はじっと倒れたマフを見つめている。


 その姿には見覚えがあった。

 放心したような表情に、真っ赤な瞳。

 以前、洞窟の奥でマフを操った時と同じだ。


「起きて」


 ユアルが短くそう言うと、ビクリとマフの体が震えた。

 胸の横に空いた傷が塞がり、ゆっくりとその身を起こす。


「……ユ、ユアル……!?」


 俺が声をかけるがユアルは反応しない。

 ユアルは起き上がったマフに触れると、その毛皮に埋もれるように寄りかかった。


「目を覚まして」


「――グ……ゥゥ……グオォォ……!」


 マフが吠える。

 同時にその毛皮の所々が膨らんだ。

 額に肉が盛り上がって、突起ができる。


「――行こう」


 ユアルはそう言うと、飛び上がってマフの背中へと乗り込む。


「ガァァアアーッ!」


 マフが頭上へ向かって吠えると共に、その額に立派な角が誕生していた。

 螺旋を描くように鋭く天を指す、白い角。


 それを見たラーグが声をあげた。


「ユニコーンの合成召喚……? いや違う……これは――」


「――グオォォオ!」


 マフが吠えると同時に地を蹴った。

 その巨体からは想像できない速さの突進がラーグに迫る。


「ぐっ!?」


 ラーグは突進したマフの体を押さえつける。

 力比べをするように両手でマフを支えながら、ラーグは言った。


「この角の力は……次元復元の力――!? まさか神獣(しんじゅう)白虎(ビャッコ)……! 先祖返りを強制的に引き起こしたのか……!」


 見ればラーグの頬が溶け出していた。

 よくわからないが、マフの攻撃は効いているらしい……?


「――あああぁぁー!」


 マフに乗ったユアルが吠える。

 すると赤色の魔力光が彼女の全身から漏れ出て、呼応するようにマフの体がさらに膨れ上がった。

 力に押されて、ラーグが姿勢を崩す。


「ぐっ……!」


「グオォォオ!」


 マフの突進がラーグを襲う。

 その勢いでラーグの肉体は吹き飛び、それに巻き込まれた玉座が砕け散った。


 ラーグは石床を砕きながら膝を着くと、ユアルを睨み付ける。


「魔物支配(コントロール)合成獣(キメラ)試作(プロトタイプ)3号の能力に酷似していますね……。だがあれはまだ研究所が稼働していた頃に実験段階で遺失していたはず……。――いったい何者なんですか、あなたは」


 ラーグの言葉にユアルは黙ったまま彼を見据える。

 二者の間に沈黙が流れた。



「――おい」


 小さく声をかけられる。

 見れば、いつの間にか足元にアネスが近付いてきていた。


「アネス、無事か……!」


「……当たり前だろ。わたしを誰だと思ってる。傷なんてもう塞いだ。――それより」


 前方では再びマフとラーグの戦いが始まっている。

 ラーグはさきほどまでの戦いと違い、マフの攻撃に異常に警戒しているようだった。

 アネスが起き上がる。


「チャンスだ。マフとユアルが時間を稼いでくれている間に、活路を見出す」


「――わたしも、いける……」


 かけられた声に視線を向けると、後ろにロロとミュルニアが立っていた。

 どうやらミュルニアがロロに応急手当をしたらしい。


 俺は頷く。


「ああ。――反撃開始だ」

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