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87 不死の人形

「あまりその肉体を傷付けたくないので、抵抗しないで欲しいのですが」


 ラーグはそう言うと、彼の背後に浮いたグールの肉体を操って四方へと飛ばした。

 空中を浮いたグールのパーツは、様々な角度からアネスへと向かっていく。


「お願いすりゃこっちが聞いてくれると思ってんのか?」


 それに対してアネスはなんなく腕を一振りする。

 すると飛んで来たグールの体は瞬時に弾き飛ばされた。


 その様子を見たラーグが笑う。


「……ほう。無詠唱の衝撃魔法ですか。さすが自ら強さを誇示するだけのことはある」


「はっ、お褒めいただきありがとう。ついでに降参もしとくか?」


「ご冗談を。ますますその肉体を頂戴したいと思ったところです」


 そう言って彼はもう一度手に持った錫杖(しゃくじょう)で床を叩いた。

 すると今度は四つの穴が背後の空間に開き、中からグールが這い出てくる。


「……バカの一つ覚えだな。ザコを何体出してもわたしには勝てないぞ」


「いやはや、芸がなくてすみません。なにぶんこれしかできないもので」


 男の言葉にアネスは舌打ちをした。

 アネスは魔術の使い手だ。

 だがその使用回数には限りがある。

 彼女の腰に着いた帯魔のクリスタルに充填された魔力が底を尽きれば、アネスは魔術を使うどころか動くことすらできなくなる。

 そうなってしまっては、周囲の足を引っ張ることになるだろう。


 つまり彼女がもっとも苦手とするのは持久戦。

 グールの召喚が続くのは厄介だった。


 ラーグはそれに気付いているのか、グールたちをけしかける。

 空間の穴より這い出たグールが立ち上がり、アネスへと向かって襲いかかった。


 ――しかし、それに呼応してロロが前へ出る。


「――(おのの)け死線」


 そしてアネスの前で剣を構える彼女の元へ、グールが迫る。


「吠えろ! 絶体制止防衛線(ラインカタル)!」


 一閃。

 ロロの領域に侵入したグールたちが、その剣によってバラバラに引き裂かれた。


「よくやった! ロロ! そのままやったれ!」


 アネスがロロを褒める。

 グールのようなザコに対処するなら、アネスよりもロロの方が向いているという事だろう。


 そしてロロはその足を止めない。

 ロロはそのまま正面にたたずむラーグに向かって突進した。


「――駆けろ剣閃、貫け刃」


 それはロロの奥義。

 自らを移動要塞と化す必殺の剣。


「奥義! 時空斬獲剣(ポステリタス)()必乖断光刃(ウィクトリア)!」


 ロロの剣がラーグの四肢と首を胴体より切り離した。

 ロロの剣は、一太刀で彼を十の細切れへと分割する。


 ――たったの一撃で決着は着いた。それが神速の剣聖の力。


 そう思った瞬間。


「ぐぅっ!?」


 ロロがうめき声をあげた。


「……おお、素晴らしい。その剣術、肉体のスペック、なんと美しい。まさしく機能美と呼ぶにふさわしい物ですね」


「――が、は……!」


 空中に浮いたラーグの腕が、ロロの首を掴んでいた。

 バラバラになったラーグの体と、周囲のグールたち。

 その無数の肉片が宙に浮き、それぞれ意思を持つようにロロを拘束している。


「ロロ!」


 俺は剣に魔法を込めつつ地面を蹴る。

 だがその前に、グールの残骸が立ちはだかった。

 宙に浮いたグールの残骸はまるで人型のように寄り集まって立ちはだかる。

 歪な肉の人形がそこにあった。


「――素体解析(マテリアルアナライズ)!」


 同時に後ろでミュルニアの呪文が聞こえた。

 彼女の前に魔法陣が浮かび、相手の正体を解析する魔術が発動する。


「――ミュルニア! いったいこいつなにもんだ! バラバラになっても生きてやがる!」


「……え、うそ、これ……」


 ミュルニアが呟く。

 彼女はためらいつつも、言葉を続けた。


「……あいつ人間じゃない。あいつ自身も合成獣(キメラ)で……いろいろ混ざってるけど、あえて言うなら……」


 ミュルニアは困惑した表情を浮かべながら正面を見つめる。

 そこには空中に浮かび、笑みを浮かべる糸目の男の首があった。


「……ゴーレム。人やグールの肉体を素材とした、肉製魔導人形(フレッシュゴーレム)だ……」


 ミュルニアの言葉にラーグは笑う。


「クク……ハ、ハハハ……! なるほど、なるほど。どうやらあなたも私と同じく錬金術師とお見受けしましたが……そうですか、あなたの目にはそう映るのですね。この私の姿が」


 ラーグの手がその指先をロロの脇腹へと向けた。

 指先は皮膚を突き破って、彼女の腹部から血が滲み出る。


「ぐあっ……!」


「……そう、私はこの数百年の間、肉体を継ぎ足し換装することで生きながらえてきました。人類を統治し、神となる為に」


「――はっ、神だぁ? ご大層な目標だなオイ」


 アネスはそう言いながら、こちらへと後ろ手で指を動かし合図をした。

 おそらく隙を作れという事だろう。


 アネスはラーグの注意を惹こうとしてか、話を続ける。


「てめぇが神になって何するってんだ? 虫に囲まれた世界でハーレムでも作るのか?」


「……ふふ。昔の大破局を知らないのであればそんな下賤な発想しか出てこないのも無理はないでしょうね。……私のいた文明はその昔、異界の魔神に滅ぼされたのです」


「……異界の魔神?」


「そうです。その魔神の放つ光線は一撃で南のエルカトル湖を作り、その腕のかぎ爪は一薙ぎで北のアルノス渓谷を作った……現在の人類では、対抗する間もなくすぐに絶滅させられる事でしょう」


 ラーグが言葉を続ける中、俺は無詠唱で両足に風の呪文を付与させる。

 二重(デュアル)……四重(クアッド)――!


「――ならば再び魔神が目覚める前に、人類を強制的に進化させるしかない。剣も魔法も――何も才能がない、ただ生き残っただけの私にできたのは、それだけだったのです……!」


 俺は呪文を発動させて、静かに地面を蹴った。


「私は人類を救う為に――!」


「――お前は自分で何もしようとしなかっただけだろ!」


 俺は風の魔法でグールの渦を飛び越えて、そして二段階目の風の呪文を発動する。


「なっ……!?」


 空中でその軌跡を変えた剣が、驚きの表情を浮かべたラーグの顔に突き刺さった。

 鼻を境にして、ラーグの顔が上と下に両断される。


「自慢じゃないが、俺も何も才能がなくてな! 散々昔からバカにされたもんさ。……だが、お前をぶった切る事はできるみたいだ!」


 俺の言葉に、上半分と分離したラーグのアゴが喋る。


「貴様ごときが何を言う! 自身を無能だと言うのなら、何も成さずに死ねばいいのです! 私には成すべきことがあるのですよ!」


「――お前も無能なんだろ! 同じ無能なら周りを利用するんじゃなくて、俺みたく頼ってみるべきなんじゃないのか!?」


「何を知った口を――!」


 周囲から宙に浮いたグールの六本の腕が迫り、俺を拘束するように掴んだ。

 ……同時に、アネスが帯魔のクリスタルを一つ取って前へと放り投げる。


「――炸裂(バースト)!」


 彼女の言葉と共にクリスタルが崩壊し、あたりに激しい風が巻き起こった。

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