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86 玉座にて

 玉座に座る糸目の男に出迎えられ、アネスが口を開く。


「あぁん? なんだてめぇは」


 まるっきりガラの悪いチンピラの口調で尋ねるアネス。

 それに糸目の男は困ったような苦笑を浮かべた。


「おや。そうですね、自己紹介が遅れました。ラーグと申します、以後お見知りおきを」


「そうかそうか素直で結構。こちらレギン王国軍で軍師をやってるもんだ。お前はここで何をしているのか聞いてもいいか?」


「ええ、いいですよ」


 意外にもラーグと名乗った男は素直に頷いた。

 ……もしかしたら無関係の一般人か?


「私は今、神様をしています」


 そんなことなかった。ヤバい奴だ。

 アネスが呆れたように口を開く。


「……はぁ? 神?」


「はい。そうです。ようやくなれた、と言えましょう」


「……そうか、それは良かったな。ところでこの宮殿の現状について何か知っていることはあるか?」


 アネスも「こいつやべー奴だな」とでも思ったのか、露骨に話を変える。

 だがラーグは嫌な顔一つせずに頷いて見せた。


「ええ。だいたいの事は」


「何があった。説明しろ」


「そうですねぇ。どこから説明したものでしょうか。私がこの国へと来たときから? それとも神を目指し始めたときからがいいのでしょうか」


「てめぇ……随分お喋りが好きそうだな」


「そうですねぇ。対話をするのは好きですよ」


「……なら単刀直入に聞いてやる。帝国の現状を作りだしたのはお前か」


「……そうとも言えるし、そうでないとも言えます」


「お前以外に原因があると?」


「そうですね。この状況を作り出したのは帝国の王侯貴族たち、ひいては国民全員に責任があるのかもしれませんね。国とは多くの人間が作り出す一つの共同体なので」


「……よし、殴る。てめぇその口から余計な言葉を出せないようにボコボコにしてやる」


「まあ待てアネス、代わるよ」


 俺はそう言うとアネスの前に出る。

 どうも短気なアネスはのらりくらりと言い逃れるこいつと相性が悪そうだった。


「……ここにはお前しかいない。ならお前がボスだ。違うか?」


「……さて、どうでしょうね。この帝都は今、皇女陛下が君臨しています。ならば彼女の物と言うのが正しいかもしれません」


「皇女……? 皇女ってのは、あのわがまま娘のことか。アイツは今どこにいる?」


「おや、見えませんか? いるじゃないですか、ここに。あなた方は宮殿を歩いてきたのでしょう? ならば先ほどからずっと出会っているはずですよ」


「……まさか」


 先ほどのミュルニアの言葉を思い出した。

 宮殿に張り巡らされている肉の管。

 その正体が一人の人間であると、彼女は言っていた。


 ラーグは俺の言葉に笑うと、頷く。


「ええ。この宮殿……いやこの街を包んでいるこの姿が、デオルキス帝国第十三代女皇帝キャリーナ・エルワルド・デオルキス陛下の新たなお姿なのです」


「……おいおい、冗談キツイな。あの姫さん、もっと綺麗な外見してたはずだが」


「この姿も素敵でしょう? これこそが人を支配する、頂点に君臨するものの姿です」


 彼は手に持った杖をついて立ち上がり、その腕を広げた。


「この帝都は古代の都市を利用して作られた街で、その立地は付近の龍脈が集まる魔力の集積点となっています。帝都全域に張り巡らされた彼女の肉体は、その魔力を余すことなくその身に吸収する。それにより彼女は永遠にその体を再生し続け、不老不死となることができたのです」


 龍脈――たしかアネスの工房も、そんな場所に作られていたんだったか。

 男は話を続ける。


「そして彼女はこの国の女王として、人々を永遠に統制する義務がある。彼女の生み出す寵愛により、国民は永遠に何も悩む必要もなく暮らし続けることができるのです!」


「……ああそうかい。つまりお前が姫をこんな姿に改造し、あの虫を民に埋め込んでいるってわけか」


 俺の言葉に男は口の端を吊り上げ、ニッコリと笑った。


「まあそうとも言いますね」


「……化物が」


 ――おぞましいな。

 俺は剣を抜き、彼に向かって突きつけた。


「観念しろ。お前の悪巧みもこれまでだ」


「おや、悪巧みとは人聞きの悪いことです。私はただ彼女の願いを叶えてあげただけだと言うのに」


「言い訳は後で聞く。すぐにお前が操っている国民たちを止めろ」


「……それは不可能です」


 男は俺の言葉に肩をすくめてみせた。


「彼らは女王陛下から発せられる信号を介して命令を与えられている。ですが今や不老不死となった彼女を滅ぼす事などできない。……そうですね。帝国とその周辺の地形を龍脈ごと跡形も無く消滅させるほどの、たとえば隕石なんかが降ってきたら話は別ですが……」


「ならお前を倒す。バーサーカーたちが攻撃指示を受けているのはたしかだ。なら大本の指示を出しているお前を倒せば、彼らは解放されるはずだ」


「……残念ながら、それも無理なんですよ」


 そう言って彼は笑う。


「なぜならあなた方は私に勝てないので」


 彼が薄目を開ける。

 その真っ赤な瞳がこちらを見つめていた。


「私は人類の新たな形を創りだした。人々はこれから生まれてすぐに頭の中に統制機構を入れられ、効率的に繁殖し進化していくだろう。人はそうして新たなステージに進むことができる。私は彼ら新人類の創造主……つまり神となったのです!」


「……そんな無茶な理屈があるか! お前はただの狂人だ!」


「神に抗うのですか、ただの人間の分際で!」


 男は手に持った錫杖の先端で床を叩く。

 カツン、という音と共に彼の背後の風景が歪んだ。

 二つの闇が彼の背中に生じると、そこから何かが這いだしてくる。


「……ようやく新人類の繁殖システムは完成したのですが、少々防衛に兵を使いすぎてしまいましたからね。ちょうどよく大量の材料がやってきてくれたので、有効活用させていただきましょうか」


 彼の後ろから、二体のグールが這い出てくる。


「――まずはあなたたちから。良い素材になりそうです」


「――はっ、ただの人間だぁ?」


 それに口を開いたのはアネスだった。

 彼女はその手のひらを向けると、魔術を解き放つ。


閃光跳弾(ライトニングバレット)!」


 その手のひらから、無数の光の線が放たれた。

 三十を超える光の弾は、それぞれが独自の軌跡を描きながらグールたちを貫く。

 一瞬で二体のグールの体をバラバラな細切れに変えた後、アネスは笑った。


「残念だが、ここにいるのは王国でも最強クラスの冒険者たちだ。神だかなんだか知らねーけど、その高慢な自信ごと叩き潰してやるよ」


「……それはそれは」


 ラーグは微笑む。

 同時に、彼の周囲にグールの残骸が浮かび上がった。


「イキがいい素材です。……そのまま使うか繁殖に回すか、悩みますね」


 ラーグはそう言って笑う。

 千切れたグールの四肢の先がこちらへ向けられて、俺たちは武器を構えた。


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