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85 魔都カルティア

「進め! 傭兵隊が敵主力部隊を引きつけている間に、帝都を占領するぞ!」


 ヴァンルークの指示の下、冒険者と正規兵の混合部隊は帝都へと乗り込んでいた。

 ディルが囮となってバーサーカーと戦っている間にあわよくば帝都に侵入、拠点を確保しつつ占領を進める――ヴァンルークはそんな予定で軍を動かしていた。


「隊長! 先遣隊が門を開けました!」


「……大きな抵抗はなかったか」


「はい。ですが……その……」


「どうした?」


 街の門はすんなりと開いた。

 通常の(いくさ)であれば、この時点でほとんど勝敗は決まったようなもの。

 だがヴァンルークは兵の様子に違和感を感じる。

 兵はためらいがちに、聞いた情報をヴァンルークへと伝えた。


「街がおかしな物に包まれています。おそらくは魔導によるものかと」


「……魔導か」


「……隊長、どうしますか」


「俺が()く」


 部下にそう答えると、ヴァンルークは馬を走らせて帝都へ向かった。

 彼の雷鳴剣は魔術と剣技を合わせた魔法剣である。

 それを使う為には魔術の素養が必要だし、彼もまた師から魔術の知識を教わっていた。


 彼はすぐに門へと辿り着き、中へと入る。


 だがヴァンルークが見た光景は、以前見た帝都の景色とまるで違うものだった。


「――なんだこれは」


 ヴァンルークは一瞬、幻覚を見ているのかと思ったほどだった。


 帝都全体が、赤黒い肉塊に覆われていたからだ。

 まるで血管のように細長く伸びた肉の管は、鼓動しつつ石畳の隙間や家々の外壁に張り巡らせている。


 ヴァンルークが来たのを見て、先に調査を進めていた兵が声をかけた。


「隊長……! 街はどうやらどこまで行ってもこの管が伸びているようです。今のところ襲いかかってきたり、毒を吐いたりはしないようですが……どうにも不気味です」


「……ふむ。誰か触ったりした者はいるか?」


 ヴァンルークの言葉に、別の者が手を上げる。


「へい。まるで皮膚の無い人肌ですね。生温かくて、中に血が流れてる。切ると血を吹き出しながらビクビク痙攣するんですが、すぐに再生して元に戻ります」


「そうか。調査ご苦労」


 怖い物知らずの兵にヴァンルークはそう言って、馬から下りて街の中へと歩みを進めた。


「……こうまで変わっては、土地勘も役に立たぬか」


 ヴァンルークはそう呟いた。

 彼は間違いなく、今いる王国兵たちの隊の中では帝国の地理に一番詳しい存在だ。

 だが肉の触手に覆われた今の帝都では、いったいどんなことが起こるかわからない。

 建物に隠れようとしたら中が肉塊で埋まっていたり、逆に敵が身を潜める場所が増えている可能性もある。


 ヴァンルークは目の前の事態にどう対応したものか迷っていた。

 そんな時。


「――隊長! 敵です! まだ中に敵がいました!」


 そう言いながら隊の者が駆けてくる。

 見ればその後ろには何人もの人影を引き連れていた。


 すぐに周囲からも援護しようと兵たちが駆け寄ってくる。

 だが全員が敵の姿を見て顔を引きつらせた。


 敵はバーサーカーだ。

 その顔に張り付いた表情は狂気の形相をしている。


「――ああ、敵だ。貴様ら、剣を構えろ」


 ヴァンルークが言う。

 だが兵が聞き返した。


「ですが、あれは――市民です!」


 襲いかかってくるバーサーカーたちは手に武器を持っていなかった。

 それどころか、その身は鎧などではなく麻の服などの普段着ばかり。

 それは兵士が本来相手にすることはないはずの、ただの一般市民そのものだった。


「構えろ。でなければ死ぬぞ」


 ――相手に理屈は通じない。

 元より相手の親玉は人間をバーサーカーという兵器に改造する狂乱の存在だ。

 こんな事態は十分に考えられた事だった。


 兵たちは迷いながらも、剣を構える。

 バーサーカーの恐ろしさを、その身をもって知っていたからである。


「――雷鳴剣(さん)式」


 ヴァンルークは剣を構える。

 その剣に魔力が宿った。


(ざん)(どう)(いな)(びかり)!」


 雷光と共にその剣が駆け抜ける。

 以前は帝国市民だった者たちの残骸から、その首を切り落とした。


 ヴァンルークに続いて、兵たちもそれらに斬りかかっていく。


「……くそ! もう意思がないとはいえ、市民と戦わなくてはならないとは気分が悪い!」


「アンデッドよりタチが悪ぃぜ!」


 兵たちの言葉を背中に受けつつ、ヴァンルークはバーサーカーに斬りかかる。

 敵は武器をもっていない分、以前戦ったよりやりやすかったが、それが兵に与える心理的負担は大きい物だとヴァンルークは感じていた。


 彼とて完全に心を殺しきれているわけではない。

 帝国は彼の故郷だ。

 操られているとは言え、帝国市民を惨殺し続ける彼の手には肉を切る嫌な感触が残った。


 ヴァンルークは巨漢の女性の頭に剣を突き立てる。


「……許せ」


 彼は目を閉じ、黙祷を捧げた。

 ――だがその瞬間、声を聞く。


「――たはぁっ!」


 それにヴァンルークは素早く反応し、剣を振った。

 女性の腹部の服を破って、それが出てくる。


「――子供」


 ヴァンルークの手が止まる。

 それは服の中に潜んでいた五歳ほどの幼児だった。

 子供の口が大きく開いて、ヴァンルークの喉元へと迫る。


 ――不覚。

 ヴァンルークはその一瞬、覚悟が足りなかったと自らを恥じた。

 全てを捨て、鬼になる必要があったのだ――と。




 ――シュタン、と。


 風を切る音がヴァンルークの耳に聞こえた。

 同時に、子供の頭が弾かれるように飛んだ。


 ヴァンルークがそれを目で追うと、子供の頭には矢が突き刺さっていた。


「――ふむ、間に合ったようだな」


「……びびった! 手元が狂ったらどうしようかと思ったよ!」


 その声にヴァンルークは振り返る。

 するとそこには緑の肌をした隣人たちの姿があった。


「ボバブ族が戦士、バズ。盟約により助太刀致す」


「同じくガッガ。アネスさんの指示で来たよ!」


 二刀の剣を構えた屈強なゴブリンと、ショートボウを携えたスラリとした姿のゴブリン。

 そして大勢のゴブリンたちが彼らの後ろにいた。


 バズは剣を構えつつ、前へと出た。


「相手が同族となれば、やりづらかろう。ここは我々に任せよ」


「悪いけどオイラたちは手加減しないけど……それで恨んだりはしないでくれよな」


 ゴブリンたちの言葉に、ヴァンルークは軽く頭を下げた。


「――感謝する。助かった。お言葉に甘えて、我々は援護に回ろう。……少々この戦場は、我々には辛いようだ」


 ゴブリンたちはそれに応えるようにして、前へと出た。

 ヴァンルークは部下たちに指示を出す。


「無理に戦う必要はないが、彼らにばかり任せておくなよ! 敵は人を人と思わぬ非道の者! その手から市民たちを解放してやるのも、我々の使命だ!」


「――(おう)!」


 改めてヴァンルークの隊は陣形を組み直す。

 そうしてゴブリンたちと共に、市街地の殲滅戦が始まった。



 * * *




「――大丈夫、人の気配はなさそう。マフはどう?」


「ゴニャアァ」


「ごめん、わたしに言われてもわかんないや」


 帝国の宮殿の中、俺たちはロロとマフに周囲を警戒してもらいながら探索を進めていた。

 連れてきた冒険者には退路を確保してもらう為に残ってもらいつつ、俺たちは先へと進む。

 彼らを残してきたのにはもう一つの理由があった。

 なぜなら宮殿の中には人の気配らしきものがなかったからだ。

 大人数で動かない方が良いと判断した。


 ――静か過ぎる。


 それは以前の王宮と比べて、ありえないことではあった。

 アネスが周囲の肉の管に覆われた壁を見て、眉を潜める。


「こいつが街中に張られてたせいで探知魔法が上手く動かなかったのか」


「……マフちゃんによるとこれが邪魔になって、匂いも上手くわかんないみたいです」


 ユアルがマフの意思を翻訳する。

 ……どちらにせよ人の姿どころか痕跡もない以上、マフを隠す必要はなさそうだった。


 歩きながら横を見ると、ミュルニアをその顔を青ざめさせていた。


「どうしたミュルニア」


「……これさ」


 ミュルニアは肉の管を指で差す。


「ちょっとその……分析してみたんだけど」


 ミュルニアの得意とするのは分析魔術だ。

 彼女は宮殿に入ってすぐ、魔術を使ってから黙り続けていた。


「これ……人間なんだ」


「……は?」


 ミュルニアは力無くそう言った。

 俺は彼女に尋ねる。


「これの材料が人間……ってことか」


「ううん。そうじゃなくて……これ自体が人間っていうか。人間が何かの方法で改造された形がこれ……っていうか」


 ミュルニアはその肉の管から目を逸らした。


「これは今も、生きてるんだ。たぶん本人は、触られればその感触を感じるし、攻撃すれば痛みも感じると思う」


 よくみれば彼女はかすかに震えていた。


「この街全体が、たった一人の人間に覆われている……」


 ミュルニアの言葉にアネスは眉をひそめた。


「随分いい趣味してやがるな……。まあいいさ。魔力が集まっている中心地はこの奥だ。この状況を作り出したご本人に聞いてみようぜ」


 アネスはそう言って、正面の扉を見つめる。

 ――謁見の間。


 玉座のあるはずのその部屋。

 帝国兵だった頃にはほとんど縁遠かったその部屋の扉を、俺はゆっくりと押し開けた。


「やあ、これはこれは! 少々想定よりお早いお着きでしたが――」


 俺たちが中へと入ると、見知らぬ男が声をかけて来る。


「――ようこそ、我が親愛なる女皇帝の宮殿へ。歓迎しますよ、王国の方々」


 そこでは糸目の男が、玉座に腰をかけて笑っていた。

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