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84 帝都攻略作戦

「よーし、配置終わったな!? いい景色だぜ」


 帝国の首都の正面。

 都市を見据えるカルティア平原に、レギン王国軍の陣が築かれていた。


 左翼前方に配置されたのは傭兵部隊。

 それを指揮するのはジャッカル傭兵団頭目ディル。

 彼らは斥候の報告を待ちわびていた。


「リーダー! 斥候隊より連絡! 相手軍は武装して門から出ました! こちらに向かっているとのことです!」


「へっ、そりゃそうくるよな」


 ディルは相手が籠城するのではなく、打って出てくると踏んでいた。

 理由はいくつかあるが、その一つが敵兵の特徴にある。


 バーサーカーは人間を凶暴な獣に変えた姿と言える。

 だが獣は作戦を遂行できない。

 つまり攻めには向くが守るに向かない兵科だ。


 ならばこのように「今から攻めるぞ!」という姿を見せれば、相手は守備に回るのをを嫌ってこちらへと攻めてくる……それがディルの考えていた相手の行動だ。

 予想通り、敵はそのように動き出した。


「これから帝国様を終わらせてやる為の戦いだってのに、ヤケにぬるっと始まりやがったな……。まあいいが。――お前ら、相手を民兵と侮るなよ! 前に戦ったバーサーカーたちと一緒だ! 油断してたら喉笛噛み千切られるぞ!」


 アネスの話によれば、帝国軍の規模を考えるに残りの兵力は少ないはずだった。

 つまり今回敵として出てくる兵は、そのほとんどがバーサーカーに改造された一般市民ということだ。


 だがバーサーカーに兵の練度は関係ない。

 訓練も何もしていない一般市民であれ、バーサーカーとなれば一流の兵士なみの活躍ができるだろう。

 それゆえにディルは慎重だった。


「各員、防御に専念! ……一昨日(おととい)用意しておいた罠の場所まで、じっくりと引きつけて誘導しろ!」


 ディルは全隊に向けた指示を伝令に伝える。

 それによってディルの傭兵隊はほぼ全員が大盾を持ち、防御陣形を組んだ。


 そしてしばらくした後、そこに帝国のバーサーカーたちが押し寄せる。

 部隊の先頭が接敵したのを見て、彼は再び伝令を呼んだ。


「――各部隊、徐々に後退! 相手に悟られるなよ!」


 バーサーカー自身には知能がなくとも、それを操る者が何かの指示を出す可能性はある。

 よってディルは慎重な指示で軍を動かしていた。


 彼の指示通り、敵に押された傭兵隊はじわじわと後退していく。

 だが防御に専念している傭兵たちに、さほどの被害は出なかった。


 三十分ほどじんわりと後退を続けたあと、ディルは機を見て声をあげる。


「――よし! ここまでだ! 全軍防御して相手を押さえつけろ! 太陽が真上になる頃までは耐えるんだ!」


 そうして傭兵部隊は再び防御を始める。

 攻撃せずに防御する傭兵隊にバーサーカーは猛攻をかける。

 だが傭兵隊も歴戦の(つわもの)揃いだ。


 彼らはなんとかその場に踏みとどまった。

 だがその土地は足場が悪く、踏ん張るのも一苦労だ。


 そうしてそれから十五分ほど、多少の負傷者や戦闘不能者を出しつつも、傭兵隊はバーサーカーをその場に釘付けにすることに成功した。


「さて……そろそろか」


 ディルは頭上を見上げる。

 照りつけた太陽が地面を照らしていた。

 辺り一帯に生えた緑色の植物が、その光を一身に浴びている。


「――リーダー! 動き始めました!」


「よっしゃあ! 全軍撤退! 巻き込まれる前に逃げるぞ!」


 ディルの指示と共に、傭兵隊は盾を投げ捨てて退却を始める。

 バーサーカーは最初その動きに困惑する様子を見せたが、すぐに傭兵隊を追いかけた。

 しかし――。


「グォォ!」


「ガァッ!?」


 バーサーカーたちの軍の中、ところどころから声が上がった。

 それを遠目で見たディルが、笑みをこぼす。


「くく……ハーハッハ! 上手く行ったようだなぁ!」


 次々にバーサーカーたちの動きが止まっていく。

 一人、また一人と植物たちに拘束されていった。

 ディルは笑う。


「錬金術による品種改良で成長速度と拘束力に特化した豆科植物――! その名も、『ミュルニアちゃんビーンズ・マークⅢ』!!」


 ディルは声高らかにそう言った。

 周囲の部下の動きが止まり、口を開けて彼を見つめる。

 ディルは慌てて周りへと言い訳する。


「……お、俺が命名したわけじゃないぞ!? いいから前を見ろ! こっから反撃だ!」


 それに部下たちは「……お、おー!」と言うと正面に向き直った。


 見ればバーサーカーたちは地面から生えた緑のツタに拘束され、満足に動くことができなくなっている。

 ディルは気を取り直して、マントの下に無数に備え付けているナイフの一本を取りだす。

 それを握りしめると、正面の敵たちに向かってきっさきを突きつけた。


「さーてこっからはパーティだ! 俺も出るぜ!」


 そう言ってディルは地面を蹴る。

 味方の中を駆け抜けながら、盛大に声をあげた。


「――いくぞ野郎ども! この世界にジャッカルの爪痕を残してやれ!」


 周囲から「おおー!」と声が上がり、それがさらに周りへと伝染していく。

 巨大な突撃の怒号をあげながら、傭兵隊はバーサーカー部隊へと襲いかかるのだった。




 * * *




「誰もいないな」


 アネスの声が地下の下水道の中に響いた。


 俺たちが今いるのは、帝国の地下に張り巡らされた下水の中だった。

 この下水は前文明時代に作られ放棄されていたものをそのまま使っている物で、ちょっとしたダンジョンのようになっていた。


「誰かいたら困るだろ」


 俺の言葉にロロが笑う。


「そしたらエディンがどうにかしてくれるよ」


「それはどちらかというとロロの役割だろう」


「さあどうかな。わたしはか弱い乙女だから」


「言ってろ」


 暗闇の中で冗談を言い合う中、俺の足を止める声があった。


「――グァァ」


 それは俺たちの最後尾から発せられた声だ。

 狭い下水路を歩く、白いソードタイガーの鳴き声。


「マフちゃん、この先から人の匂いがするそうです」


「そうか。念の為ルートを変えておこう」


 俺はユアルの言葉にそう答えると、頭の中の地図の順路を修正した。


 狭い通路にも関わらずわざわざマフを連れて来たのは、少しでもバレないようマフの野生の感知能力を使う為だった。

 ユアルはなぜかマフの考えていることをかなり正確に察することができるようなので、二人揃っていればマフの身体機能を最大限に生かせる。


 アネスやミュルニアも魔術による探査はできるのだが、今は帝都全体がぼんやりと何かの魔力に覆われているようで、上手く機能しないとのことだった。


「……ねえお兄さん、マフちゃん出口通れるの?」


 未だにマフになれないミュルニアが、おっかなびっくりといった様子で俺にそう尋ねる。

 俺は頷いて彼女の問いに答えた。


「ああ。中庭に出る通路は使えないが、宮殿の地下には用水路の水門を操作する部屋がある。そこは水路から直接部屋に繋がっているから、マフでも侵入できるはずだ」


 もちろんマフは巨体なので、潜入後に隠れることはできない。

 状況によってはどこかで待機してもらう必要もあるだろう。


「……今頃は王子たちが上手くやってくれているはずだ」


 俺は王子、そしてディルやヴァンルークが作戦を成功させている事を祈った。

 彼らが無事帝都の攻略を進めてくれていれば、俺たちの潜入は容易になる。


「……うちらがついたらもう帝都攻め終わってたりして」


「それなら楽でいいんだがな」


 ミュルニアの言葉に俺は笑う。

 それにアネスがニヤリと笑った。


「そしたら国から出す報酬は半分でいいか?」


「あ、ダメですよアネスさん。うちはそんなに家計楽じゃないんですから!」


「……二人とも、静かにね」


 アネスとユアルの言葉に、ロロが注意をする。

 その様子に一緒に潜入している他の冒険者たちも苦笑しながら、俺たちは帝国の地下を進むのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここで豆のエピソードが活かされる訳ですね。 素晴らしい!
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