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83 帝都に繋がる道

 作戦会議を終えて俺はマルーカの役所を出る。

 すると声をかけられた。


「おーい、お師匠さん」


 聞き覚えのある声に振り向く。

 するとそこにはゴブリンたちの姿があった。


「バズ、ガッガ。来てたのか」


「友好国の一大事とあっては、拙者たちも助太刀せねばなるまい」


「そ、そうか。助かるよ」


 味方は多ければ多いほどいい。

 それにゴブリンの戦士たちは俺に恩義を感じてくれているせいか勇敢に戦ってくれるし、心強い援軍だった。

 ゴブリンと話している俺に、また別の方から声がかけられる。


「エディン、ちょっと待ってくれ」


 そう言って後ろから駆けてきたのはアネスだった。

 彼女は俺とバズとガッガの顔を見つつ、笑みを浮かべる。


「お前には頼みたい作戦があるんだ。……ゴブリンたち、お前らにもな」


 その言葉にバズとガッガは頷く。


「任せてよ。オイラたちだって強くなってんだ」


「頼もしい限りだ。お前らゴブリンは帝都を攻める際、然るべきときに活躍してもらう。指示を出すから、こいつを持っておいてくれ」


 彼女はバズへと一つの貝殻を渡した。


「こいつはわたしの魔力に反応して連絡ができるマジックアイテムだ。魔声管の応用でな。ただし一度しか使えないし、こちらからしか繋げられない。時間は持って三十秒ぐらいだ」


「わかった。長老は今回休んでるから、俺たちがみんなに伝えるよ」


「ああ、頼む。ちょっと対策しておきたい事があってな。ヴァンルーク隊の後ろにでもついてってもらい、戦力としては温存する予定だ」


「承服した」


 アネスの指示に頷くバズとガッガに、俺は声をかける。


「……俺からも一つ。死ぬなよ、二人とも」


「ああ! わかってるよお師匠さん!」


 元気よく答えるガッガに、俺は苦笑する。


「お前らにとってこの戦いは人間同士での戦いで、関係ない事かもしれない。だからそんな戦いで命を落とすなんてバカらしいことをするな。ゴブリンみんなに伝えとけ」


「ふ……。だがゴブリンみな酔狂ゆえ、従うかどうかはわからぬ」


「……ま、無理するなってことさ」


 俺がそう言って笑うと、二人は頷いた。

 ゴブリンへの話は終わったのか、アネスはこちらへと向き直る。


「それでエディン、今回お前にやってもらいたいことなんだが……」


「ああ、俺は何をすればいい? 雑用でもなんでもするぞ?」


 冗談めかして言う俺に、アネスはニヤリと笑った。


「お前にやってもらいたいのは、わたしの護衛さ」


「介護の間違いじゃなくてか?」


「人をなんだと思ってやがる、バカ」


 アネスはそう言うとむすっとした表情を浮かべた。


「いいか。相手の軍は人間だが人間じゃない。操られているわけだ。おそらくはマルーカのときと同じく、バーサーカーを指揮する小隊長がいて、さらにそれに指示を出している元凶の親玉がいる。でなけりゃバーサーカーをまとめて行動させることなんてできないはずだ」


 マルーカのときは親玉であるキメラグールを倒したことで、バーサーカーたちの統率は失われた。

 だがあのグール自体も知能が高いとは思えなかったし、あれに指示を出していた者がいると考えた方が納得がいく。


「そして両軍の戦力差としては、相手の残存兵がどれぐらいいるのかわからないので何とも言えないのが正直なところだ。正規軍はおそらくマルーカでの戦いで殲滅したのが最後だろう。だが――」


「……相手は兵士を作ることできる」


「そうだ」


 アネスは頷いた。


「奴らは人をさらっている。もしそれが頭に虫を埋め込んで洗脳する、兵隊造りの為だとしたら」


「……民間人全員が敵の戦力になるってことか」


 その数でいうと、こちらの全軍の比較にはならない数になる。

 アネスは俺の言葉に眉をひそめつつ、言葉を続けた。


「そうなっては正面からの戦いで勝つことは不可能だ。どうしても物量に押し返されてしまう。……そんな最悪の展開を考えたとき必要になってくるのが、敵司令部の奇襲――つまり部下のハチを操っている女王バチの暗殺だな」


 アネスは笑う。


「相手の正体がわからない以上、可能な限り大きな戦力をぶつけたい。だが秘密裏に侵入しなくてはいけないので大人数で向かうわけにはいかない。必要になるのは少数精鋭――となれば、わたしが直接乗り込むしかないんだ」


「……それで護衛が必要ってことか」


 俺の言葉にアネスが頷く。


「エディン、ユアル、ロロ、ついでに分析に長けたミュルニアも欲しいな。他にも冒険者の中から何人か見繕ってくれ」


「……わかった。無謀な作戦だが、やるしかなさそうだな」


 アネスはクク、と笑った。


「なに、成功させればいいのさ。それに案外、ふたを開けてみたら誰もいませんでした、なんてこともあるかもしれない」


「……そうなってくれるといいんだがな」


 俺はため息をつく。

 なんにせよ、危険な任務には違いない。


「……あとは侵入経路だな。都合良く街中に侵入できる隠し通路でもあればいいんだが、帝都のような城塞都市となればそう簡単には――」


「あるぞ」


「……は?」


 俺の言葉に驚き、アネスは聞き返す。

 俺はその反応に苦笑した。


「街の外から侵入できて、街中どころか王宮のど真ん中に繋がってる抜け道を、俺は都合良く知っているんだ」


「……おいおい、冗談だろ? そんなご都合主義なことが……」


「知っているんだからしょうがない」


「……どんな道だ?」


「下水道だ。増設されまくった影響で道は入り組んでいて、地図が頭に入ってるのは俺ぐらいだと思う。川の排水口から侵入できて、王宮の庭に繋がっている」


 俺の説明にアネスはぽかんと口を開ける。


「……なんでお前がそんなこと知ってるんだ? いくら元帝国の騎士とはいえ、そんな国の重要機密を……」


 アネスの言葉に俺はため息をつく。


 王宮の庭から繋がる下水道。

 まさか国を出るときに使った道を、もう一度使うことになるとは。


 俺はアネスに笑いかける。


「――雑用だからな」


 下水掃除に庭の掃除の経験がまた役に立つ日が来るなんて。

 俺の言葉に、アネスは呆れたように笑った。


「……もしかして帝国では何でも知ってるやつのことを『雑用』って呼ぶのか?」


「さあな。俺は元帝国騎士なのでよくわからん」


 そう言いながら、俺はさっそく作戦の準備に取りかかることにする。

 数ヶ月ぶりに帝都に戻る日が近いことを、改めて感じるのだった。

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