82 帝都侵攻作戦
「司令官殿、西区画の住居の仮修復終了しました!」
「へーい、ご苦労さん」
以前は帝国軍の捕虜だった俺の部下が報告をしに来る。
それに俺が返事をすると、彼は戸惑うように疑問を口にした。
「あの……司令官殿は休憩しないのですか?」
「ん? してるしてる。俺は適当にサボってるからな」
「しかし連日街の復旧指揮を執るだけでなく、自らもこうして復旧作業に勤しんでおられて……」
俺は今、街の中央の役所の窓を防ぐべく板を打ち付けているところだった。
彼の言葉に、俺は笑う。
「いいんだって。俺はこっちの方があってるし、それに今すぐできることもなければ、この先のことを考えたってしょうがない。なら体を動かしといた方がいい」
「そう……ですか。わかりました。何かあったらご連絡ください。こちらからも応援を出します」
「へいへい。よろしく~」
堅物そうな彼は俺の事を気遣いながら、持ち場へと戻っていった。
マルーカの街の戦闘が終わった後、王国軍が行ったのは街の復旧作業だった。
数千にもなる難民を王都に連れ帰っても、住む場所もなければどう扱っていいかにも困る。
最悪大量の民を無理矢理連れ出したとして、他国から批難を受ける可能性すらあった。
その為、王国軍は街を復旧して市民の住む場所を確保する方針に決定した。
さらにそこを王国軍の拠点とすることで、帝国に睨みを利かせることもできる。
幸いにも簡易砦を作る資材を用意して来たので、復旧作業は思ったよりもスムーズに進んだのだった。
「……エディンさん!」
声がかけられる。
振り返ると、腕に包帯を巻いたユアルがいた。
「ユアル、もういいのか?」
「はい! 前と同じ感じならあとちょっとで完治ですね」
彼女はそう言って包帯が巻かれた左腕をわきわきと握ってみせた。
咄嗟に利き腕である右腕を庇って魔法を発動したようだ。
……前回の怪我のときは、しばらく右手が使えなくなって俺やアネスが世話をしていたからな。
戦いより一週間ほどが経ち、ヴァンルークやユアルの怪我も治りつつある。
負傷兵も軽症の者の傷も癒えて来たし、王国軍の態勢は整いつつあった。
「何か用か、ユアル」
「はい、さきほど王国からの――」
「――エッディーン!」
「――ん?」
ユアルの話の途中だったが、大声で呼ばれたので声がした方を振り向く。
すると振り返ると同時に、強い衝撃が俺の腹部を襲った。
俺はその勢いに押されるまま後ろへと倒れる。
「ぐおお……! なんだ、いきなり――」
「――エディン! 久しぶりだな!」
俺に馬乗りになった状態で笑うのは、人形のように可愛らしい美少女。
「……アネス? お前、こっちに来てたのか」
「ああ、今着いたところだ」
「……それはいいんだが、なんていうかその……スキンシップが激しすぎないか」
こんなべったりくっついてくるようなヤツではなかった気がするが。
俺がそう言うと、彼女は眉間にしわを寄せた。
「ああ。これには深い事情があってな」
「いいからどいてくれないか」
「わたしの体は、死にかけた少女の体を使っているんだ」
「俺の腹の上で衝撃の告白をしないでくれ」
俺の言葉を無視してアネスは話を続けた。
「まあ聞け。この子は頭に大きな損傷した子でな。もう二度と目覚める事はないのはわかっていた。だがそのとき、わたしはちょうど暗殺を受けた直後で体が猛毒に犯されていた。どちらもこのままでは死ぬ――そこでわたしは考えたわけだ。二人を一つにしよう、と」
「そ、そんな壮絶な過去があったのか……。それはともかく、この姿勢で説明する話じゃなくないか?」
「――だが! 精神と肉体の間のズレは思わぬ副作用を生むことがある。そう……結婚適齢期となったこの体は、自然と男性に好意を抱く。だがわたしの精神は拒絶する……その葛藤に苦しんでいた」
「それ俺に関係ある話?」
「だがわたしは結論に至った! そう、これは愛や恋ではない――ただの友情なんだと!」
「一つ前の発言と矛盾してない?」
「気にするな。……つまりだ。こうして男同士でスキンシップを取るのはべつにいいことじゃないかな、って思うんだがどう思う?」
「そうはならんやろ」
俺は無理矢理アネスを引き剥がすと、その場に立ち上がった。
「ああん」
「残念そうな声を出すな」
「なんだよー、ひさびさに会えたんだからいいじゃんかよー」
口を尖らせて不満そうにするアネスの腕を、ユアルがつかむ。
「風紀を乱すのでアネスさんは離れましょうね?」
「や、やめろ。ユアルとわたしがくっつく方が倫理的にいろいろとヤバイ気がする」
アネスはそう言いながら俺たちから一歩距離を取った。
俺はため息をつきつつ、アネスに尋ねる。
「……で、そんなクソどうでもいいことを言いにこんなところまでやってきたのか?」
「まさか。援軍を連れてきたんじゃないか」
「……援軍か」
おおよその察しはついていた。
マルーカの街を占領した今、次に考えられる選択肢は二つ。
退くか、進むか。
そしてここで退いても、事態は解決しない。
アネスはその顔に不敵な笑みを浮かべる。
「帝都陥落に必要な援軍を……な」
* * *
王子やヴァンルークやロロたち主要メンバーを集めたマルーカの役所の会議室。
その中心にいるのはアネスだった。
「さて、話はだいたい聞いた。結論から言えば、わたしたち王国軍はこれから帝都に攻め入り、陥落させる必要がある」
アネスはそう言って周囲を見回す。
反論する者は誰もいない。
「ここ一月ばかりの間、わたしはリューセンから各地と連絡を取り合っていた。王国内も、王国外も含めてな」
そして彼女は傭兵団頭領のディルの方へと視線を向ける。
「そこの逆髪、お手柄だ。お前が調べた通り、帝国兵は何者かに操られていた。各地を襲った兵士もそうやって操られていたものだろう」
アネスの言葉にディルは「へへ」と照れる仕草を見せた。
「同じく帝国兵――バーサーカーと戦ったオルガス連邦にも使者を送り、密約を取り付けている。彼らもバーサーカーには痛い目を見せられたようで、協力まではしてくれないが不可侵と陥落後の分割統治・友好条約の締結はすでに内定済みだ。……つまり、横やりを入れてくるようなことは心配しなくていい。あっちにもそんな余裕はなさそうだしな」
オルガス連邦は帝国と並ぶほどの大国だ。
それが敵にならないのは、ひとまず安心といったところか。
「周辺国にも事情を説明し、援助を取り付けている。『女帝の乱心』といった筋書きだけどな。まあつまり、政治的な心配はしなくていい。思う存分帝国をボコれるぞ」
アネスはそう言って笑う。
そこにディルが「逆にこっちがボコられなきゃいいんですけどね」と茶々を入れた。
それにアネスは不敵に笑う。
「相手はただの人間じゃないからな。油断はできない。少なくとも直接バーサーカーたちを操ってるのは、厄介な生き物だ」
そう言ってアネスは、ディルが見つけた芋虫を机の上に置いた。
「ミュルニアに分析をしてもらったが、こいつは合成獣だ。……いろいろ混ざっているので詳細は省略するが、核となっているのはハチだな」
「……ハチって、あの蜂か? 花の蜜を集める……」
俺の質問に、アネスは頷く。
「そうだ。残念ながらこいつらが集めるのは、花の蜜じゃなくて人間の体みたいだがな」
アネスの言葉に周囲がざわついた。
「オルガス連邦からの情報によれば、バーサーカーたちは街を襲撃後、食料庫を襲い、さらに市民を連れ去るような動きを見せていたらしい。中には死体を山積みにして持ち帰っていたという情報もある」
「……食料と人……まさか人間を食ってるのか?」
俺の言葉に、アネスは首を振った。
「さあな。ただの食料にしては効率が悪い気もする。小麦でも育てた方が日持ちもするし栄養も充分だしな。……ともかく、やつらの襲撃の目的は食料と人間だ。放っておいたら周りの国に攻め入るのは確実。よってその前に帝都を占領し、この凶行を引き起こした犯人を突き止めて止めさせる」
アネスがそう言うと、王子が立ち上がった。
そして周囲を見回す。
「賢者サパイ=アネスの言葉は真実だ。そして帝国を止める為、王国全土より募った援軍も連れてきている。――敵は人間に寄生し操る、おぞましい魔物だ。王国、ひいては人類の命運を賭けた戦いになるかもしれない。各員、協力をお願いしたい!」
王子の言葉に呼応して、王国軍の将官たちが「おおー!」と声を上げる。
王国の指揮は決して低くない。
俺はそんな中、帝国の街並みのことを考えていた。
現状を考えるに、昔の平和だった頃の街が残っているとは考えにくい。
俺は窓から空を見上げる。
流れる雲の先に何があるのかは、今の俺にはわからなかった。




