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81 帝国に巣食う者

「被害状況を整理! 市民に生き残りがいないか調べよ!」


 王子が陣頭指揮を執り、兵に命令を下していた。

 ……王子の声がデカいの、戦場では一つの技能と言っていいほどに役立ってるな。


 俺はそんなことを思いながら、街の中央に座り込んでいた。




 相手の親玉とみられる騎士団長だったものを倒した後、敵の正気を失った兵士たちの動きは途端に悪くなった。

 てんでバラバラに破壊を繰り返し、中には同士討ちをする者まで出て来る始末。


 当然、瓦解した部隊がまがりなりにも統率が取れているこちらの部隊に勝てるはずもなく。

 一時間も経過した頃には、ほとんどの敵兵の殲滅に成功していた。


 こちらの被害はそこまで大きくないが、ヴァンルークやユアル、それにロロを始めとした冒険者隊などは怪我の治療などを受けている。

 俺も今は体を休め、休憩している最中だった。


 そんな俺に声がかかる。


「――おーう、兄貴。えらく上手くいきましたね」


「ディル、そっちはどうだった」


 俺に話しかけてきたのは、傭兵団のリーダーを務めるディルだった。

 彼は笑みを浮かべながら俺に近付いて来る。


「こっちは美味しいとこだけもらいましたからね。ほとんど被害は受けてません。兄貴が指揮官を討ってくれたおかげです」


「いやそんなことはないよ。お前たちが耐えてくれたおかげだ」


「へへ、兄貴は褒めるのがうめぇや」


 当初傭兵団は狂戦士たちの動きに圧倒されていたのだが、ディルは無謀に攻めたりせず防御に専念させていたようだ。

 それのおかげで相手の親玉を打倒した後、ディルたちの傭兵団が一気に攻め入り殲滅することができた。


 彼は含みのある笑みを見せると、声を潜める。


「……それで兄貴、ちょいと耳寄りな情報があるんですがね」


 どうやら人に聞かせられない話らしい。

 ディルはしゃがみ込み、俺に向かって顔を寄せた。


「うちにも元帝国兵のヤツがいて、そいつに倒した敵兵たちの確認をしてもらったんスよ」


「……ああ。こっちでもやってもらったよ」


 俺は捕虜となっていた者たちにも同じことをしてもらっていた。

 相手の素性を確かめる為だ。

 ディルは笑う。


「そりゃ話が早い。俺らはあいつらの事バーサーカーって呼んでたんですがね、あいつら人間離れしたような動きをしやがる」


 たしかにディルの言う通り、相手のバーサーカーたちはただの兵士にしては信じられないほどの手練れ揃いだった。

 冒険者でいえばC~Bランクほどの力量があるだろう。

 それ故に、最初こちらの兵士たちは押されていた。



「何より理性もないし、こりゃあおかしいってんであいつらが本物の帝国兵かって確認したんスよ」


「結果は……帝国兵だったろう」


「へい。間違いなく、あいつらは帝国兵でした。帝国にいた時知り合いだったってヤツもいました」


 それは捕虜たちに確かめてもらった結果も同じだった。

 彼らは本物の帝国兵で、自国の街をなんのためらいもなく襲っていたということになる。

 眉をひそめる俺に、ディルは人差し指を立てた。


「まあここまでは既に兄貴も知っていることだと思いますが……。それでおかしいなと思ったわけですよ」


「……おかしいっていうと?」


「帝国兵があんなに強いなんて、元帝国兵ですらも思わないわけです。あの強さは異常だ。それに一人残らず正気を失ってるなんて何かあるに違いない……。そういうわけでちょっと調べてみたんス」


「調べるって……どうやって」


「うちは見ての通りヤンチャな奴らが多いもんで、頭のネジの飛んだ奴もいるんすわ。ああもちろん、俺がちゃんと手綱は握ってますがね」


「そりゃいい。他人に迷惑さえかけなきゃ特に文句は言わないが」


「ええ、そこはバッチリです。……で、うちには人をバラすのが好きな、どうしようもねぇ変態医者がいましてね」


「……おいおい、お前まさか」


「へへ、そいつに帝国兵の()分けをさせてみたんですよ」


「マジかよ……」


 どうやらディルは勝手に、部下に敵の死体を解剖させていたらしい。

 もしバレたら尊厳がどうのこうので厄介なことになるぞ……。

 俺が顔を青ざめさせていると、ディルはクク、っと笑った。


「大丈夫です大丈夫です。兄貴には迷惑かけないよう、ちゃんとこっそりやってますから」


「……そういう問題でもない気がするが。それで、何かわかったのか?」


「ええ。コイツが出てきたんです」


 ディルが懐から取り出したのは、手のひらサイズの干からびた人参のような物だった。

 俺は茶色く細長いそれを手渡される。


「なんだこれ」


「今は乾いてますけどね、そいつは虫です。芋虫。そいつが頭の中に巣食ってやがったんですよ。死体の、脳みそを食い荒らすようにね」


「……おげぇ」


 俺はそれを改めて観察する。

 たしかに人参でいうヘタの部分は口のように見えた。

 こんなもんが頭の中にいるなんて、想像するだけで気持ち悪い。


 俺はそれを親指と人差し指で摘まみながら、ディルへと尋ねる。


「これが帝国兵を操ってたってことか……」


「たぶんそうでしょうね。……さて、兄貴」


 ディルは口の端を吊り上げて笑う。

 だがその笑みは、どこか引きつるような笑みだった。


「俺たちは、いったい何と戦わされてたんでしょうねぇ」


「……さあな」


 だがこんな手段を取る相手がまともな人間でないことは、考えるまでもなくわかるのだった――。

 


 * * *




 帝都の王城。

 声一つ聞こえないその中で、コツコツと廊下を歩く靴の音が響いていた。


 暗闇の中を一つの人影が歩いて行く。

 最奥の部屋の中へと辿り着くと、それは言葉を発した。


「おやおや、どうやらまだお元気のようですね。良かった良かった」


 男の声に合わせるように、激しい水音が辺りに響いた。

 同時に何かが地面に放り投げられる。


 それは白色の芋虫だった。

 虫の幼体としては珍しくない姿のその虫は、人間の手ぐらいあるその身を床の上でよじらせる。

 今まさに生まれ出た、幼い魔物。

 男はそれを愛おしそうに拾うと優しく撫でる。


「どうです? 元気なお子さんですよ。あなたにはまだまだ頑張ってもらわなくては困るんです」


 男の言葉と共に、もう一つ水音がした。

 男の視線の先にいるのは、手足が肉塊と化した少女。

 その顔にはわずかに人間だったときの面影が残っている。


 彼女はその口から虫を吐き出した後、男に向かって口を開いた。


「たすけ……て……」


 言い終えると同時に、彼女の空洞となっていた右目の眼窩からもう一匹虫が飛び出た。

 びちゃびちゃと音を立てて暴れる芋虫を見下ろしながら、男は呟く。


「うーん、すみません。不可能です。もう私にも、あなたの体はどうしようもありませんので」


「う……あ……」


「あなたはここで、人類の帝王となるのです。全ての人間を支配し、操り動かす女王に」


「こ……ろ……して……」


 また一つ、彼女の体から虫が生まれた。

 男はそれを見て笑う。


「永久に女王陛下としてここに君臨し続ける……どうです? 素敵でしょう」


 男はそう言うと、虫たちを拾って部屋を出た。

 足音が遠ざかっていく。


 部屋には際限なく虫を産み出し続ける、少女だったものだけが取り残された。

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