80 雑用騎士 VS 騎士団長
「って言っても、こんな巨大なグール相手にどうしろって話だけどな……うおっ!?」
俺は自分でそうツッコミを入れつつ、繰り出された相手の突進を避けた。
避けるのに集中すればその巨体相手に攻撃を受けることはない。
だがそれは逆に言えば、こちらからも迂闊に手を出せないということではあった。
「――思ったより速いなっ!」
突進を避けると、巨体のグールは振り向きざまに四本の腕による攻撃を放ってくる。
俺にそれを受け止める技量はないので、足にかけた風の魔法を解放してかわすが、そう何度も使えるほどには俺の魔力は高くない。
――このままでは追い詰められる。
そう思った俺は、一か八かユアルに声をかけた。
「……ユアル! 冷気だ! グールは地下遺跡で冷蘭草の冷気により冷凍保存されていた! だから冷気を与えればこいつも動きを止めるはずだ!」
「は、はい……!」
ユアルはステッキを取り出して、魔力を集中する。
その膨大な魔力は、周囲を包むほどの魔力光を発生させた。
ユアルの魔力ならきっとこのデカ物でも――!
そう思った瞬間、グールはユアルの方へと視線を向けた。
「――まずい! マフ! 下がれ!」
俺はそう言いながら巨大グールへと斬りかかる。
だがグールはそれをはね除け、マフがいた場所へと突進した。
「……ユアル! 大丈夫か!」
「はっ、はいぃ……!」
グールが跳ぶと同時に、マフもまた跳んでいた。
マフに乗っていたユアルは、突然のジャンプに目を回している。
……クソ、アイツ集中させない気か!
グールは俺の剣には目もくれず、マフとそれに乗るユアルがいる方へとのっしのっしと歩き始めた。
「くそっ……! 五秒でいいから動きを止められれば……!」
それだけあれば、アネスの工房で修行したユアルなら魔力を集中できるはずだ。
だがその五秒の時間が俺には確保できない。
「――五秒でいいんだな」
すると俺のすぐ後ろで、そう声がした。
「……ヴァンルーク!」
その名を呼んだ瞬間、彼は既に跳んでいた。
彼は巨大グールの後ろへと回り込むと、その剣を構える。
「雷鳴剣弐式――」
グールがそれに気付き、拳を向ける。
だがヴァンルークの方が速い。
「――神討光刃突!」
まるで雷を思わせるような速さの神速の突きが、グールの胸を貫いていた。
しかしグールはそれに気付くと、ヴァンルークに向かって拳を振り上げる。
「――ユアル今だ!」
「――氷冷破片!」
ユアルの持つ杖から、激しい氷雪が放たれる。
それがグールへと降り注いだ。
「――止まってぇぇぇ……!」
ユアルが声を振り絞って、魔法を維持する。
グールの表面が凍り付いていくが、その首はユアルを視界に収めようとするようにゆっくりと振り返っていった。
完全にユアルを視界に収めると同時に、彼女の魔法が収まる。
見れば彼女の手が反動で凍り付いていた。
――ここが限界か!
グールは全身の表面を凍り付かせながらも、ユアルに向かって体を動かす。
――だが。
「――俺の魔力、全て持っていけ!」
グールに剣を突き刺したままのヴァンルークが吠える。
幸い彼はグールの影となっており、ユアルの放つ冷気は受けずに済んでいた。
「雷鳴剣、零式! 放雷針!」
瞬間、バチバチと音を立ててその剣から魔力の雷が放たれる。
グールがその衝撃に、ガクガクと震えた。
――しかし。
「――グォオッ!!」
グールは声を上げながら、ヴァンルークをなぎ払う。
ヴァンルークはその拳に突き飛ばされた後、力無く地面に崩れ落ちた。
グールは怒りに震えるように咆哮しつつ、ユアルの方へと向き直る。
そして――頭上を見上げた。
「――受け取ったぞ、ヴァンルーク」
そこにはヴァンルークの放った雷の魔力が受け止めた俺がいた。
天高く振りかぶった剣の刀身が、雷をバチバチと放出しながら黄金に輝く。
「――斬り裂け! 雷鳴剣、普遍たる魔纏の刃っ!」
膨大なヴァンルークの魔力を宿して切れ味を増した魔剣が、凍り付き再生が止まったグールの頭頂から下腹部までを一刀のもとに両断する。
それはまるで、天からの落雷のようであった。
真っ二つになったグールは、左右の肉塊に分かれてそのまま倒れる。
傷口は再生しようとじゅるじゅると蠢くが、結合する相手がいないとわかると凍傷によりすぐに崩れていった。
そしてその肉は、部位毎に力を失ったように分離していく。
「……ふ……。よく、やった、な……」
それを見届けたヴァンルークが、倒れたままそう言った。
ユアルを乗せたマフと共に、俺は彼のもとへと駆け寄る。
「大丈夫か! ヴァンルーク!」
「俺に……構う、な。俺はもう、戦え……ぬ」
ヴァンルークは魔力を使い果たした上に、巨人の攻撃を何度か受けている。
彼は既に立つ事もできないようだった。
この状態ではマフに彼を乗せてこの場を離脱することも難しいだろう。
しかし周囲の狂戦士たちは、今にもこちらに襲いかかろうとするかのように様子を伺っていた。
「くそ……! せっかく相手の親玉を倒したっていうのに……!」
倒れたヴァンルークはもちろん、ユアルも酷い凍傷で戦うことはできないだろう。
どうにか俺一人で、この場を切り抜けなくては――!
そう思った瞬間。
「――帝国兵の意地を見せろ! 帝国の民は、我々が守る!」
「命に替えてもこの地を救うぞ! そうじゃなきゃ、永遠に帝国兵の名誉は地に落ちたままになるからな!」
その声は、俺が予備の装備を与えた帝国の捕虜たちのものだった。
彼らは狂戦士相手に一歩も引かずに戦い、こちらへと向かって突き進んでくる。
「――エディンさん! ご無事ですか!」
そのうちの一人が、傷を負いながらも俺の下へと到達する。
俺はそれに笑みを返した。
「――ああ、平気だ。あと少し遅かったらどうなっていたかはわからんが。……援護を頼む」
「了解っ!」
そう言いながら彼らは俺たちを守るように部隊を展開する。
その中心で、俺は横になったヴァンルークに笑みを向けた。
「……どうだ? たまにはお人好しなのも役に立つだろ?」
俺の言葉に、ヴァンルークは笑った。
「……ふ。そう、だな……。俺にはできないことだ」
「バカ言え。お前だってできるよ」
俺がそう言うと、また別の方向から声がした。
「――いたぞ! あそこだ! 隊長をお守りしろ!」
「ヴァンルーク隊長! ご無事ですか!」
見ればヴァンルークの隊の者たちが、必死になって狂戦士たちを切り伏せ、押しのけていた。
「く……あいつ、ら……」
倒れているヴァンルークがそれに気付いて、声をあげる。
俺はそれを見て笑った。
「ほら見ろ。俺みたいな雑用にだってできる事が、お前みたいな一流の騎士にできないなんてことはないよ」
「……ふ。そういうことにしておいてやろう」
俺の言葉に、ヴァンルークは笑みを浮かべつつため息をついた。
* * *
「ロロっち! 大丈夫――!? ……って」
マルーカの市街地戦。
市民が立てこもった教会より彼らを救出すべく、王国軍は急遽救出部隊を編成し援軍を向けていた。
本陣の防衛は充分と、治療もできる魔導師を引き連れながら教会へとやってきたミュルニア。
だが彼女が到着したとき、既に事態は終息していた。
「……ああ、ありがとう……ミュルニア。わたし一人じゃ……どうしようも、なくって……」
力無くそう言ったのは、教会の扉の前に立った剣聖ロロ。
その周囲には数百を超える死体の山が積み重なっていた。
ミュルニアは呆気にとられつつ、口を開く。
「えーと……わたしたち、救援部隊のつもりだったんだけどな」
「うん……積み過ぎて……扉開けられないから……。……じゃああとは……よろし、く……」
そう言って力尽きたロロは、その場で気を失う。
ミュルニアが駆け寄って彼女の脈拍を確認した。
「……極度の疲労と魔力切れだね。まあこれ以上は戦えなかったろうし、間に合って良かったか……」
ミュルニアはそう言って笑う。
部下に死体の山をどかす指示を出しながら、彼女はロロの手当を始める。
そうして教会に立てこもったマルーカの市民は、全員が傷一つ負わずに無事保護されたのだった。




