79 肉の巨人
俺はユアルと共にマフの背中に乗っていた。
街中のような障害物が多い場所では馬は役に立たない。
一方、ソードタイガーこと大きい猫であるマフでなら、障害物はただの足場でしかなかった。
「高い所から街を見渡したいな」
「……マフちゃん! 高い所だって!」
「ゴロニャアァ」
ユアルの呼びかけにマフは一鳴きして、建物の上へと飛び上がった。
屋根の上から、俺は「ちょっと見てくるー!」と自分の指揮する隊に声をかける。
するとマフが勢いよく飛び上がった。
「うおっ!?」
マフは数メートルの高さを一息で飛び上がり、着地する。
「……物見櫓か!」
マフが登ったのは、木で作られた櫓の上だった。
たしかにここなら街を見下ろすことができるだろう。
「あちこちから火の手が上がっているな……」
「……街が壊されているのは、あっちの方に少し偏ってますね」
ユアルが指を差す。
その方角には大きな建物があった。
「ありゃ食料庫かな。……となればもしかして食料が目的なのか?」
たしかに軍の維持には何より食料が必要だ。
それにしては自国領を襲うなんて非効率もいいところだが。
「なんにせよ、敵兵もあっちに密集してるみたいです」
「そうか……。もしかすると敵の密集地に指揮官もいるかもしれない」
「それじゃああっちに行ってみま――」
ユアルが言いかけたところで、体が傾いた。
見れば、マフの体重を支えきれずに櫓が傾きかけていた。
「うお……! マフ! 降りろ!」
「グォォ」
傾いた櫓からマフが跳躍する。
高く飛んだ先は、民家の屋根。
着地の衝撃でそこまた崩れ落ちる。
「フニャアッ!?」
慌ててマフはもう一度跳ねた。
次に着地したのは高さのある時計塔――なのだが。
「倒れる! マフ! 倒れる!」
着地した瞬間から既に傾く時計塔。
マフの体重を支えられるほど、建物は強く作られていないようだった。
辺りを見下ろすと、気付けば問題の食料庫の近くへと来ていた。
マフは一応、指示通りにこちらへと向かっていたらしい。
「エディンさんあれ!」
「なんだありゃ……ってヴァンルーク!?」
食料庫の前には、巨大な化物とそれに掴まっているヴァンルークが一人いた。
なぜ孤立しているかはわからないが、どうやらピンチらしい。
そして時計塔がギシギシと音を立てて傾いていく。
斜めになるのに合わせて、マフはこれまで以上に高く跳躍した。
「おい、そっちは――うおっ、うおおおお!」
幸いと言っていいのか、マフの跳んだ方向はヴァンルークのいる場所に近かった。
俺は何も考えず剣を抜く。
「――四重!」
炎の魔法を剣にかけながら、マフの背中から飛び降りる。
そして化物の腕めがけて、魔法剣を振り下ろした。
* * *
俺はヴァンルークの危機を救って、巨人に対峙する。
横目でヴァンルークに尋ねた。
「――で、あいつはなんだ? 見た所こいつらの親玉か?」
「おそらくな。正体はわからん」
「わからんって……まあ顔に見覚えはあるが」
「……ああ。奇遇だな。俺もだ」
俺とヴァンルークはその顔を確認する。
それは帝国騎士団の団長の顔だった。
既に人間離れした表情をしており頭は割れているが、その面影は残っている。
「ってことはやっぱりこいつらは帝国兵ってことか」
「だが様子がおかしい。誰もが正気を失っている。そうでもなければ帝国領を襲ったりはしないのだろうが……」
ヴァンルークの言葉に俺は頷く。
この戦場にいる帝国兵全てが狂戦士のように暴れ回っていた。
ヴァンルークは言葉を続ける。
「なんにせよ、あのデカブツに俺の一撃が通用しなかったのはたしかだ。……あいつは任せよう」
「……は!? おいおい、帝国一の剣士ですら敵わなかった相手に、俺が敵うわけないだろ!」
俺がそんな情けないことを言うと、ヴァンルークは不敵に笑った。
「お前ならできるさ。お前は俺にできないことをやれる男だ」
「……い、いやお前ができることの方が絶対多いだろ」
「そんなことはない。……だがたしかに、俺がお前にできない事ができるのも事実だ」
そう言うと、ヴァンルークはこちらに飛びかかってきた帝国兵に剣を向けた。
「――雷鳴剣参式、斬動稲光!」
ヴァンルークが刃を向けた方向へと跳ねる。
ほぼ水平に跳躍したヴァンルークの剣は、途中で進行方向を変えると続けざまに帝国兵を串刺しにした。
驚異的な突進力で三人の帝国兵を貫いたヴァンルークは、その体から剣を抜く。
「雑魚の相手ならいくらでもしてやろう。だからエディン、そっちを頼む」
「……俺にそいつらを相手にすることはできんが、あの巨人を相手にできるとは限らんぞ!?」
「だがこれが最善だ」
そう言ってヴァンルークは周囲の狂戦士たちを相手しだした。
――泣き言は言ってられないか。
「……ユアル! 援護してくれ!」
「は、はいっ! 頑張ります!」
ユアルに声をかけるが、かといって俺とユアルでどうにかなる相手なのかはわからない。
……っていうかこいつ何なんだ?
見た目は顔以外は皮膚がない肉の巨人だ。
胸からは謎の腕が生えている。
その表面はうごうごと蠢いて再生しようとしているが、腕が生えてくる様子はない。
三本目の腕……というよりは、隠し腕のようなものなのだろうか?
俺が頭の中でそう考えていると、巨人は声をあげた。
「き、さま……きさま……!」
「……意識があるのか? こいつ」
俺の言葉に巨人は殴りかかってくる。
……防ぐのは無理そうだな!
俺は自分の足に向かって風の呪文を発動する。
「――二重!」
すんでの所で巨人の拳をかわして、後ろへと下がる。
回避に専念すれば避けられないほどではないようだ。
俺はその巨体に声をかけた。
「……おーい俺の事、覚えてるか? 団長!」
「ぐ……ぐぐ……!」
「忘れたか? 俺だよ俺! ……団長! 返事しろ!」
今度は俺から斬りかかる。
だがその刃はあっさりとその手に止められた。
見れば刃通った部分は肉が盛り上がり、既に再生を初めているようだ。
……俺の剣じゃあ、魔力を纏わせないと通らないか。
だがそうそう何度も使えるほど、俺の魔力は高くない。
確実に一撃を入れられる状態なら……。
俺がそんなことを考えていると、巨人は声をあげた。
「おれ……おれだよ……おれ……!」
「……お前は詐欺師かっ!」
思わずツッコミを入れてしまう。
それは以前、帝国で流行った詐欺の決まり文句に似ていた。
旅人相手に知り合いと偽って高い物を売りつける手法の手口だった。
もちろん戦闘中に相手が詐欺を仕掛けてきたわけではないだろう。
俺は剣を引いて、後ろへと飛ぶ。
そして落ち着いて相手を観察した。
「さぎし……さぎし……」
巨人は言葉をぶつぶつと連呼している。
……なるほど、わかったぞ。
「……ミュルニアを呼ぶまでもなさそうだな」
相手のこれまでの情報を統合して、点と点が一つの線で繋がる。
騎士団長に既に意識はない。
あの巨人は、ただこちらの言葉をオウム返しのように返しているだけだ。
……そしてそんな魔物に、俺は心当たりがあった。
「お前の正体、見破った」
俺は巨人に向けて剣の切っ先を向ける。
「人に擬態しようとしたり、隠し腕を仕込むような改造ができたり、皮膚がなかったり……」
すべて、以前出会ったことがある魔物の特徴だった。
そしてもう一つ、渓谷の森で戦った帝国の兵器ゴルゴーンを思い出す。
あいつは合成獣だった。
――ならば、こいつも合成獣という可能性が考えられるだろう。
錬金術に詳しくない俺でも、それぐらいの想像はできた。
――つまりは。
「……お前、騎士団長の頭を材料に使った改造屍獣だろ。なんでも付け足しすりゃいいってもんじゃないって、制作者に伝えておいてくれ」
俺は巨人に向かって言い放つ。
俺の言葉に呼応するように、肉の巨人は吠える。
するとその背中から、追加で二本の腕がめきめきと生えだした。
切り落とされた胸の腕と合わせて計五本の腕を生やした歪な姿の巨人は、こちらを睨み付けた。




