78 雷鳴のヴァンルーク
帝国騎士団だった頃から紆余曲折を経てその立場を変えて、今は王国軍の最前線で戦うヴァンルーク。
彼はマルーカの街の食料庫の前で、帝国軍の兵を相手に奮戦していた。
彼の剣に迷いはない。
次々と理性を失ったかのように襲いかかる狂戦士たちをなぎ払う。
そんな彼の後ろで、冒険者たちが声をあげる。
「た、隊長! 突出しすぎです!」
「俺たちじゃこいつら相手にフォローしきれませんよ!」
そんな部下たちに向かって、ヴァンルークはチラリと振り向いて言葉を放った。
「俺に構うな。お前たちは自分たちの命を守ることを優先しろ」
それだけ伝えて、より一層敵陣の奥へと彼は突き進んでいく。
だが彼の隊の部下もまた腕に自信のある冒険者たちだ。
なんとか置いていかれないよう周りの敵兵を打ち倒しつつ、その背中に追いすがった。
「あれが帝国一の剣士――! 俺たちじゃ追いつくのがやっとだ」
「だからこそ一人にするなよ! 隊長がやられたら俺らじゃこいつらを抑え切れん! 援護しろ援護!」
だがそんな言葉もヴァンルークは気にせず、ひたすらに斬り進む。
一歩進んで一太刀を浴びせ、敵の攻撃をかわしてさらに一撃。
速さに任せ相手が攻撃を打つ前に切り伏せるロロの太刀筋とは違う、純粋な剣技と呼吸の読み合いの積み重ねがそこにあった。
「――貴様らを帝国兵などとは認めん」
ヴァンルークの剣が敵兵の首を胴体から切り離す。
これまでの人生を騎士道に捧げてきた彼にとって、目の前の蛮行を行う兵士たちは許容しがたい存在だった。
そうしてヴァンルークは敵陣の奥深くへと切り進む。
相手の軍はまともな統率などないような動きを見せてはいたが、バラバラに暴れ回るように見えた帝国兵も前に進むに連れて密度が増していることにヴァンルークは勘づいていた。
――近い。
それが何を意味するのかはわからない。
だが何かがある。
直感にも似たそのヴァンルークの推理は当たっていた。
一際大きな帝国兵。
――いや、それはもうすでに帝国兵とは言えるようなものではなかった。
「――そうか、貴様がこいつらの親玉か」
それは肉で出来たゴーレムのようだった。
肉体が膨張し、皮膚らしき物は見当たらない。
全身は三メートルを優に超え、人間とは思えない姿だ。
しかしそれが元は人間であったということを、ヴァンルークは知っている。
なぜならその顔に見覚えがあったからだ。
「騎士団長――あるいは俺があのとき残っていれば、こうなる前に止められていたのか」
そこには彼が愛想を尽かした男の顔があった。
目は白眼を剥き、口からは泡を吹いている。
既に正気が残っているとは思えない姿だった。
「――また引けない理由ができたな。責任は取ろう」
ヴァンルークは剣を構える。
そして地面を蹴った。
姿勢を低く周囲の狂戦士たちの合間を縫うようにして、敵の親玉へと急接近する。
「雷鳴剣壱式――」
そして彼は高く飛ぶ。
人並み外れた跳躍力。
それが彼の二つ名の理由。
「骸塵衝!」
声と共に剣に雷の魔力が宿り、巨人の脳天に叩き付けられる。
雷鳴の如く頭上から振り下ろされる一撃必殺の剣撃。
その得意技が故に、彼は雷鳴のヴァンルークと呼ばれていた。
剣は巨人の頭に深々と突き刺さる。
ヴァンルークは思う。
――これで滅びたミルトアーズの街の無念も晴らせよう。
しかしそう思った瞬間、巨人の胸から肉が盛り上がるのが彼の目に入った。
「――何っ!?」
すぐに身を捻るも、間に合わない。
胸から生えた三本目の腕が、ヴァンルークの胴体を掴んだ。
「ぐおっ……! 貴様……1」
ヴァンルークの骨が軋む。
彼は力を入れるも、その腕は引き剥がせそうになかった。
巨人がヴァンルークを見つめる。
「お、おお……き、さま……きさ、ま……!」
「……ぐっ!? 意識が……あるのか……!」
既に人ならざる者と化したと思った騎士団長。
だがその声に、ヴァンルークは少なからず動揺してしまう。
「この俺が、憎いか……! 貴様を……この国を見捨てたこの俺が……!」
ヴァンルークは相手の顔を睨み付けながらも声を絞り出す。
「……だが!」
ヴァンルークは力を振り絞り、剣をその腕に突き立てた。
「俺は……そしてエディンは! 正しき道を歩んだ! たとえ俺が死んだところで――俺たちが歩んだ道の正しさは否定できん!」
ヴァンルークは剣に魔力を込める。
たとえ魔力が尽き命を燃やし尽くしてでも、最後まで戦い続ける。
それが彼の選んだ道だった。
しかしそう彼が決めた瞬間、声が聞こえた。
「……おい、そっちは……!」
遠くの声。
木か何かの折れる音。
そしてそれはすぐに近付いてくる。
「うおっ――うおおおおお!!」
ヴァンルークは振り向く。
白い獣。
白い毛をした虎だ。
その虎が空を飛んでくる。
いや、高く飛び跳ねている――?
周りの狂戦士たちを一跳びで飛び越えて、それはこちらへと迫ってくる。
その背中に乗った二つの影のうち、一つが空中で飛び降りた。
剣を構えたその男は、ヴァンルークを掴む巨人の手めがけてその刃を振り下ろす。
「――解放!」
途端、剣から炎が吹き上がったと思うと剣はその刃を赤黒い色へと変えた。
炎熱の魔剣が巨人の手を切り落とす。
「……ぐがっ!」
ヴァンルークは地面に落ちて、握る力がなくなった巨人の腕から解放された。
彼は咳き込みつつも、剣を杖代わりにして立ち上がる。
「……指揮官がこんな最前線まで来てどうする。だから貴様は甘いんだ。騎士団で雑用をやっていた頃から、何も変わっちゃいない」
息を整えながら再び剣を構えるヴァンルークの言葉に、その男は苦笑する。
「助けてもらっといてそんな口叩けるなら、体は問題なさそうだな」
彼もまたヴァンルークと肩を並べるようにして剣を構えた。
一方で、白い虎の背中に乗ったままの黒髪の少女は周囲をキョロキョロと見回す。
「えーっと……これって結構ヤバい状況ですよね?」
「ああ。状況の分析はバッチリだなユアル。副官として戦場を見ていた経験が生きてる」
「言ってる場合ですか、エディンさん!」
無数の狂戦士たちとその親玉たる巨人を前にして、三人と一匹は武器を構える。
敵の巨人は彼らを威嚇するように、雄叫びをあげた。




