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77 マルーカ救出戦

「おお、来たかエディン」


 ユアルとディルを連れて王子の元へ走ると、既に王子は事態を把握しているようだった。


「保護したマルーカの市民の話によれば、やはり帝国軍に襲われているらしい。こちらが軍を率いていたので、何かあったときの援軍かと思ったようだ。……ただ」


 王子は眉をひそめる。


「どうも帝国首都とはしばらく前から連絡が取れなくなっていたらしい。馬車の定期便や調べに行ったものも戻らないということで、不審がっていた矢先の出来事ということだ」


 王子の説明に、俺の後ろに控えていたディルが口を挟んだ。


「……話するのはいいんですが、そんな事してる悠長な時間あるんすかね」


 ディルの皮肉めいた言葉に王子は頷く。


「その通りだ、時間がない。いま既にマルーカの市内は乱戦状態になっている。一刻も早く市民を保護しよう。話はそれからだ。機動力のある傭兵隊は、街を迂回して敵部隊を後ろから叩いて欲しい。街の中で挟み撃ちにする」


「へいよ、話がわかる総大将で良かった」


 そう言うとディルは一足先に馬を走らせ、先頭集団へと向かっていく。

 傭兵隊は彼に任せた方がいいだろう。

 俺は王子に問いかける。


「冒険者隊は先行しつつ、市中の敵を排除します。その間に正規軍は市民の保護と護衛をしてもらえれば」


「うむ……危険な任務となるが頼むぞ」


 俺は一つ頷くと、軍の先頭側へと走り出す。

 マフに乗ったユアルが併走した。


「ユアル、冒険者隊に伝令を。マルーカ北門より侵入後、暴れている帝国兵を抑える。市民の保護を最優先してくれ」


「はいっ! わかりました!」


「街中の様子も知りたいので俺も出る。ユアルは――」


「行きます!」


 ……後ろで状況を判断していて欲しいと言いたかったのだが、ついてきたいらしい。

 まあ狭い街中では馬に乗れない分、身軽なマフが活躍できるはずだ。


「……わかった。情報の伝達係として、ミュルニアの魔導隊は王子のいる本陣の防衛にあたらせてくれ。ヴァンルーク隊は先行して露払いと敵の引きつけを。ロロ隊は挟撃に気を付けつつ、市民保護と状況の把握を優先してくれ」


「はい! 伝えてきます!」


「準備ができたら俺のところに。……マフがいるから大丈夫だとは思うが、あまり俺から離れるんじゃないぞ」


「任せてくださいっ」


 ユアルはそう言って笑みを浮かべる。

 ……若干不安ではあるが、ユアルも冒険者の姿が板についてきたと言えるだろう。


 そうして俺はユアルに伝令を任せた。

 そして俺が隊列の中で元の位置に戻ってくると、すぐに周りから声をかけられた。


「な、なあエディンさん! 頼みがあるんだ!」


 俺に声をかけてきたのは帝国の捕虜たちだった。

 彼らは不安げな顔をこちらに向ける。


「……俺たちにも武器をくれないか!」


「あの街が故郷のヤツもいるんだ!」


「いくら命令でも帝国兵がマルーカを襲うなんて考えられん! 俺たちに帝国兵として街を守らせてくれ!」


 彼らは口々にそう言った。

 相手が普通の帝国兵との戦いなら、捕虜に武器を与えるなんて到底考えられない事だ。

 ……だが。


「……帝国兵に刃を向けるなら、反逆と取られるかもしれんぞ」


「ああ、覚悟の上だ!」


「エディンさんだってそうしたんだろ!」


「マルーカは帝国領だ! 帝国を攻撃している以上、奴らは帝国軍でも何でもない!」


 彼らの言葉に俺は目を閉じる。

 少しだけ考えてから、周囲の冒険者に声をかけた。


「……わかった。誰か、予備の装備を持ってきているから、彼らに配ってやってくれ」


 周りの冒険者が頷き、装備が積まれた荷車へと駆けていく。

 俺の言葉を聞いた捕虜たちの表情が明るくなった。


「ありがとう、エディンさん!」


「命令には従う! 俺たちを好きに使ってくれ!」


 帝国兵たちの言葉に、俺は頷いた。


「無理はするなよ。相手は本当に帝国兵なのかどうかもわからんし、精鋭だという噂だ」


「ああ! そっちの方が思う存分戦えるってもんだ!」


「農作業をやってたおかげで体もなまってないぜ!」


 帝国兵の捕虜たちは準備運動を始める。

 ……彼らとはリューセンの街にいる間、ずっと一人一人話を聞いて来ていた。

 それぞれ別々の事情を持ってはいるが、背中を預けられないヤツは誰一人としていない。


「……よし、それなら俺は元帝国兵部隊を率いる。冒険者隊は各小隊長の指示で、俺の後に続け!」


 周囲から声が上がる。

 戦いの前の士気は上々だ。


 俺は前方に見えるマルーカの街を見据える。

 街の至るところからは、黒煙がもくもくと上がっていた。



 * * *




 街の中へと入ったロロは、街で唯一の教会の前にいた。

 帝国は国教の普及に力を入れてはいない。

 その建物は、熱心な信者たちが長く地道な活動を続けた結果、市民の手により建てられた建造物だった。


 そんな教会の前に陣取るロロに向かって、十を超える獣が迫っていた。


 獣――ロロにはそれが一番相応しい表現であると感じる。

 それは帝国兵の姿をした獣だった。


「ぐぉぉぉ……!」


 彼らは両手に斧を持ち、唸り声をあげる。

 そして自分たち以外の動く者全てに襲いかかった。

 敵だろうと、女子供だろうと容赦はない。

 ただ殺す。

 破壊し、殺戮を繰り返すだけの獣。


 それはまるで伝承にある理性を持たぬ戦士、狂戦士(バーサーカー)のようであった。


「近付くなら手加減はしないよ」


 ロロは何度目かの呼びかけを試みる。

 だが彼らは呼びかけにも応じず、意味ある言葉も使わない。

 それが彼らと何度か切り結んでわかったことだ。


 故に獣。

 無駄とわかりつつもロロが声をかけるのは、自分は彼らのような獣ではないと確かめる儀式のようなものだった。


 後ろには市民が立てこもる教会がある。

 中には今、五十人近くのマルーカの市民が避難していた。

 だがレギン王国軍の本隊がある北門までは遠すぎて、彼らを移動させようとしても途中でこのバーサーカーたちに襲われれば守り切れないだろう。

 ――自分の隊で援軍を呼び、市民が逃げる血路を開くまでの時間を稼ぐ。


 それがロロが自らに課した使命だった。


「ぐががぁぁ――うああぁ!」


 三つの影がロロに飛びかかる。

 ロロはその剣先を振るい、自身の周囲に円を描いた。


(おのの)け死線――!」


 同時に影がロロに近付き、その周囲に描かれた線を踏み超えた。

 ロロは剣に込めた魔力を放つ。


「吠えろ! 絶体制止防衛線(ラインカタル)!」


 一閃。

 ただ一撃の一振りが、別方向から来た三つの体を同時に断ち切る。


 それは彼女の持つ剣、ラインカタルの本来想定された使い方。

 自身を不可侵の要塞と化し、一歩も動かずにラインを越えた侵入者を切り伏せる守りの魔剣。


 ロロは普段、それに魔力と自身の技量を乗せる事で動く移動要塞と化す使い方をしている。

 だが守るべき場所がある今、剣としては本来の使い方をした方が効率が良く隙がなかった。


「――待ちは性分に合わないのだけど」


 ロロは姿勢を低くしたまま、敵を見据えた。

 対するバーサーカーの数は、一人また一人と増えていく。

 だがロロは引かない。

 引くときは、自分が死ぬ時だと既に決めた。


「寄らば、斬る」


 ――彼女の持久戦が始まる。

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