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76 王国の進軍

 晴れた日の昼下がり。

 太陽の光を浴びながら、俺は馬に乗っていた。


「あー平和だなぁ……これが続けばいいんだが」


 願望を口にする。

 できればそうなって欲しいのは本心からの願いだった。

 しかしそうなる確率が高くないことも知っていた。


 俺は今、レギン王国軍の隊列の中にいる。

 王国正規軍を率いるのはフォルト王子。

 部隊はレギン帝国の北側に位置する都市――マルーカへと向かっていた。


 そんな中、俺は非正規の雇われ軍の統括軍団長という大仰な役職を与えられていた。

 ……最初はやはり断るか悩んだのだが、周りに支えられて何とか問題なくこなしている。

 大きな功労者はヴァンルークだろう。


 ――あれは一週間ほど前の事だ。




 ヴァンルークは余程復讐に燃えているのか、何も言わずとも軍の配置や兵科の割り振りなどの案を持ってきてくれていた。

 彼は剣の腕だけでなく戦術家としての知識もあるのか、非常に効率的な配置だった。


「……よく考えられてるな。左右に機動力の高い部隊が集中している。これなら奇襲を受けても戦線を維持しながら柔軟に対応できそうだ」


 俺がアネスの受け売りの兵法を思い出しながらそう伝えると、ヴァンルークは無言で頷いた。

 しかし俺は一つ気になったことがあり、彼の持って来た羊皮紙の一点を指差す。


「……ここの隊とこっちの傭兵部隊は扱いに注意した方がいいかもしれない。この前街中で乱闘騒ぎを起こしてたはずだ。一応その場は収めたが、遺恨は残っているかもしれない」


「そんなことがあったのか……。わかった、二つの隊は距離を持たせておこう」


「ああ、それがいい。だが見える位置に置いとくと、相手に負けないようやる気を出してくれるかもしれん」


 俺の言葉にヴァンルークは感心した様子を見せる。


「人の心の機微まで考えているのだな……お前は」


「まあなあ。人は物じゃないから、どうしたってやる気で成果が変わってくるんだよ。俺も嫌な雑用を押し付けられてたときはやっぱり、上手くいかなかったからな」


 俺の言葉にヴァンルークは少し考えた後、ぽつりと呟いた。


「……ぬるま湯に浸かっていたのは俺の方なのかもしれんな」


「ん? どういうことだ?」


「なんでもない」


 ヴァンルークはそう言うと、すぐに席を立つ。


「……すぐに計画を修正する。こっちは任せてくれ、エディン」




 ……と、そんなことがあったのだった。


 以前、冒険者隊を率いたときと比べると俺の率いる部隊は10倍ほどの規模に膨れ上がっている。

 だが俺の仕事量が大して増えていないのは、ユアルたちが仕事に慣れてきたのもあるが、ヴァンルークたち新たな仲間が協力してくれるおかげなのかもしれなかった。


 そんなことを考えていると、噂の新しい仲間のうちの一人が馬に乗って併走してくる。


「兄貴、そろそろ目的地ですかね」


「……前から言おうと思ってたが、いつから俺はお前の兄貴になったんだ?」


 俺は話しかけてきた逆立った髪の男にそう返した。

 彼は困ったような表情を浮かべる。


「そんなぁ、あんまりですぜ兄貴! 俺なんかじゃ弟分にふさわしくないって言うんですかい」


「いや……というか確かに今回は立場として俺が上だが、べつに軍属でもないんだから部下ってわけでもないんだぞ」


「そんなことありませんぜ兄貴。俺はあんたに惚れ込んでんだ。最初こそ頼りないとは思ってたが、あんたは本物だよ。お人好し過ぎるのが玉に瑕だけどな」


 男はそう言って笑った。

 彼の名前はディル。今回、王国内から集まった非正規軍の中で一番大きな集団・ジャッカル傭兵団の頭領だ。ジャッカル傭兵団は全員合わせればで800人を越えており、一大勢力となっている。


 ……そして理由はわからないのだが、彼は初めて会ったときからなぜかずっと俺を慕っていてくれていた。

 それだけ礼儀や上下関係を重んじる性格なのかもしれない。


 どちらにせよ彼は信頼のおける人物だったし、そうでなくても傭兵団のリーダーとしての才覚は本物だった。

 彼に従うジャッカル傭兵団はもちろん、他のバラバラだった傭兵部隊に一定のルールを敷き従わせたのは彼だ。

 元はならず者だったようだが、それもあって気性の荒い連中相手に機嫌を損ねず交渉するのは得意なようだった。

 彼は腕っ節だけで傭兵団の頭領になっているわけではないという事だろう。


 彼は馬の歩調を合わせつつ、進行方向の前方を見据える。


「今回は長期戦で、騙し撃ちになるんでしょう? あいつらには事前に言ってありますが、捕虜たちは大丈夫ですかね」


「……何かあったときの為に、信頼できる相手を何人か抱き込んでる。まあ反抗でもされたら、それはそのときさ」


 俺は肩をすくめつつそう答えた。

 今回は帝国の捕虜を連れて来ている。

 捕虜の返却が表向きの理由で、裏の目的は敵情の視察と、簡易砦の建設にあった。


 帝国とは現在和平交渉を進めているわけだが、ヴァンルークからの報告にあったように不穏な動きがある。

 よってそれを確かめ、そして同時にこちらの軍で威圧し牽制することで、相手の出方を窺おうとしていた。


 さらにもしこの先、帝国の首都カルティアに攻め入る事になった場合は、王国と首都の間に位置する都市マルーカの占領が必要不可欠となる。

 そこで捕虜を引き渡すと同時にこっそりと簡易砦を建設して、マルーカ攻めの拠点とするつもりだった。


 これはアネスの提案した策だった。

 ただしアネス自身はリューセンの魔導防衛システムの都合上、リューセンに留守番をしている。

 そんな目的があって、現在レギン王国軍7000は捕虜の返却を名目に帝国の都市マルーカへと向かっていたのだった。



「……それに騙し討ちなんて言い方は良くない。もし捕虜たちの耳に入ったら怖がらせてしまう。あくまでもあっちがこちらを攻めようとしていたときの話だ。問題なく和平が進むならそれでいい」


「へいへい了解ですよ。指揮官殿の仰せのままに。……だけどこいつは傭兵の勘ってヤツですが、今回はそうそう上手くいかない気がしますぜ」


 彼はそう忠告する。

 ……傭兵の勘か。

 間違いなく俺よりもディルの方が多くの死線をくぐり抜けてきている。

 そうでなくても、慎重になるに越したことはないだろう。


「わかった。気を付けるよ、ディル。お前の言う事は信頼している」


「……ああ、ありがたい。兄貴は本当にやりやすいわ。貴族どもは高慢ちきで、いくら忠告してやっても聞きやしねぇんですから。こっちは親切心で言ってやってるっていうのに、やれ臆病だの、騙そうとしているだの、いい加減にしろっての」


「あはは。わかるわかる。俺も元々騎士だったからなぁ」


 そんな貴族の悪口話に花を咲かせていると、前方から馬が駆けてくるのが見えた。

 それは前方で小隊を任せていたヴァンルークの姿だった。

 ――ヴァンルークは貴族の家の生まれだったっけ。

 まずいまずい、とディルに口を閉じるよう指示を出していると、ヴァンルークが近くへと馬を寄せてくる。


「エディン、先を行く斥候隊から報告だ」


「……何があった?」


 その口調から深刻な事態が起こっていることを察する。

 ヴァンルークは声を抑えつつ、真剣な表情で口を開いた。


「マルーカの街から火の手が上がっている。どうやら戦いが起きているようだ」


「……まさか」


 俺の問いに、ヴァンルークは頷いた。


「帝国軍は……自国の街を攻撃しているらしい」


 ヴァンルークの言葉に、俺は唇を噛んだ。


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