75 ジャッカル傭兵団
リューセンの酒場。
そこには今、王国全土より集められた傭兵の中でも特に荒くれ者たちがいるジャッカル傭兵団の姿があった。
中には以前、野盗として活動していた者の姿もある。
しかし彼らが街の住人に狼藉を働くようなことはなかった。
理由は一つ。
彼らの頭領がにらみを利かせていたからであった。
「ボス、今回はたんまり報酬がもらえそうですぜ」
「はっ……! そりゃそうさ。何せ王家直接の命令だからな。ようやく俺たちが正式な傭兵として認められたってことだ」
大柄な男に話しかけられ、髪を逆立てた男が酒を煽る。
彼の名前はディル。
二十代も半ばとまだ若い彼ではあるが、その体に残る無数の傷跡が彼の過酷な人生を表していた。
「もう俺の事をただのこそドロだなんて言わせねぇ。……それはお前らに対してもだ。お前らはこれから俺の下で、ジャッカル傭兵団の英雄として世界に名を轟かせることになる。先祖にも子孫にも胸張れるような、立派な偉業を成し遂げさせてやるぜ」
彼の言葉に部下たちが声をあげる。
ただの食うに困ったならず者たちをまとめ上げ、傭兵団としたのは彼の功績だ。
その実力はもちろん、統率力もまた本物だった。
「しかし……大丈夫ですかね」
「何がだ」
部下の言葉に彼は尋ね返す。
大柄な部下は、不安そうな顔をして心情を語った。
「俺らに命令を出すのは偉そうな貴族どもなんでしょう? 使い捨てられるんじゃねーかと皆不安がってますよ」
「はっ。肝っ玉の小さいヤツだ。俺らは負けねぇ。どんな相手にもな。それに……」
ディルはニヤリと笑う。
「……そんなふざけた命令を出しやがったときは、指揮官の首を持って寝返りゃあいいんだ。恩義なんて感じる必要はねぇ」
彼の言葉に部下たちは笑う。
だがそのうちの一人が声をあげた。
「だけどよぉ。聞くところに俺らの上につくのはこの街の冒険者らしいぜ」
「何ぃ? 冒険者だ? 冒険者なんかに指揮官なんて務まるのかよ」
眉を寄せるディルに、その部下は言葉を続ける。
「なんでもスゲェやつらしいぜ。Sランク冒険者だとか。名前はエディンっていうらしい」
「Sランク……? なんだそりゃあ、聞いた事がねぇな。この街の最強の冒険者といえば、Aランク冒険者の剣聖ロロじゃねーのか?」
「聞くところによれば、その剣聖ロロに認められたって話だ」
「……マジか」
ディルは部下の言葉にぽつりとそう漏らした。
剣聖ロロと言えば、レギン王国中に名前を馳せる剣姫のことである。
銀色の残像が駆けた戦場では、敵はその姿を視認することすらできずに絶命する。
ついたあだ名が神速の剣聖。
ここ最近はリューセンの冒険者となって大人しくしているようだが、一年ほど前には「出会ったら必ず死ぬ死神」として盗賊たちからは恐れられていた。
それもあって、リューセンの付近では盗賊が一人残らず逃げ出したという噂すらある。
この酒場にいる彼の部下たちは元々盗賊をしていたりと、みな何か後ろ暗い過去があるような者たちばかりなので、当然全員が剣聖ロロの名を知っていた。
「剣聖ロロに認められた、それ以上の強さの冒険者か……。なるほど、腕っ節じゃ到底俺たちじゃあ敵いそうにないってことだな」
「そ、そんな兄貴……! 弱気になってどうすんですか」
「バカ野郎! 無謀と勇気を履き違えるんじゃねぇ!」
ディルは部下を叱咤する。
「いいか。俺らは泣く子も黙るジャッカル傭兵団だ。だが上には上がいるし、俺より強いヤツだっている。……決して誰かに引けを取るつもりはねぇ。だけど俺たちには俺たちのやり方ってもんもある。たとえば一対一なら勝てなくても、俺たち全員でかかれば剣聖ロロにだって勝てる可能性はあるだろ。相手の戦力を分析するってのは、最後に勝つ為に必要なことなんだよ」
ディルの言葉に部下たちは「なるほど……」「そりゃそうか」と口々に納得する。
ディルはそれに満足そうに笑った。
「俺たちは学はねぇがバカじゃねぇ。噛みつく相手を間違えんなってことさ。……それにしても、エディンか。いったいどんな猛者がこの街の冒険者の顔をやってんのかねぇ。体格の良い大男か、それとも……」
ディルは戦闘では機動性を重視する為もあって、無駄な筋肉を付けないようにしている。
必ずしも強い者が筋骨隆々の大男に限らないことを彼は知っていた。
彼は手元の酒に口を付ける。
すると一人の魔導師風の部下が口を開いた。
「……俺が聞いた噂だと……この街の冒険者のトップは、あの賢者サパイ=アネスの一番弟子らしいぞ」
「……はぁ? サパイ=アネスって……あの伝説の賢者か?」
ディルは半笑いでそう言った。
別の部下が首を傾げる。
「なんだその……サパイなんちゃらってのは……」
「おいおい、お前知らねーのかよ。もしかして魔制管使ったことねーのか?」
また別の部下が声をあげた。
バカにされた男はムッとした表情を浮かべる。
「俺を田舎者だと思って舐めてんのか? 魔制管ぐらい使ったことあるわ。たまに故郷の妹にかけてるしな」
「それを王国中に張り巡らせたヤツだよ」
魔制管とは遠方の地と地を繋ぎ、会話をすることができる魔力網のことだ。
街の主要施設に設置されており、いくらかの金額を払えば庶民でも利用することができる。
傭兵団の団員は、もう一人の団員へと賢者のことを説明する。
「賢者サパイ=アネスは他にもいろいろな魔導機を作ったりしてレギン王国を田舎の辺境国から周囲の国々と対等になるまで育て上げた救国の英雄なんだよ。親から習わなかったのか?」
「そ、そうかよ……。親なんて俺は見たこともねぇんだからしょうがねぇだろ」
ディルはそんな騒ぐ部下たちを尻目に、眉を潜めた。
「……だがサパイ=アネスは二十年ぐらい前に暗殺されたって話だ。なんでも王権争いに巻き込まれたとかで」
「それがこっそり生きてて、山奥に隠れ住んでたらしいッスよ。……噂だけど」
「……それが本当なら、とんでもないヤツが俺らの頭になるってことか」
ディルは笑みを浮かべる。
「賢者サパイ=アネスに鍛えられ、剣聖ロロに認められた男……こいつはチャンスかもしれねぇぞ。そんな凄いヤツの下なら、武勲を得る機会なんてゴロゴロ転がってるはずだ」
「で、でもよリーダー!」
また別の部下が声をあげた。
「そいつなんでも……あのソードタイガーを常に従えている頭のおかしいヤツらしいぜ」
「なっ……! あのソードタイガーをか!?」
ディルは驚きの声をあげた。
剣聖ロロや伝説の賢者は、彼にとって噂に聞くだけの雲の上の存在である。
だがソードタイガーとなればそれはもっと身近な脅威だった。
なぜならディルは、以前に傭兵としてソードタイガーの群れと戦ったことがある。
そのときは部下の半数を失うほどの死闘を繰り広げた。
彼の体の傷の多くも、そのときに付けられた物である。
「あんな災害指定級の化物を引き連れている男……。こいつはもしかすると、刃向かわない方が長生きできるタイプの恐ろしい男なのかもしれんな」
ディルの言葉に、周りの部下たちはいっせいに頷く。
ディルのグラスを握る手が震えていた。
「……なに、何があってもお前らの命だけは俺が守る。安心しろ。それにチャンスなのは変わりない。少しでも取り入って、俺らの名声を響き渡せる為に利用してやろう」
部下たちはそれがディルの虚勢であるというのはわかっていた。
だが何も言わない。
彼らはディルを信頼し、ディルと運命を共にすることを願っているからだ。
そんな中、酒場の入り口の扉が開く。
扉からは、どこにでもいそうな冴えない男が顔を覗かせた。
恰好からして冒険者風の、腰に剣をさした男であった。
男は酒場の様子を見回すと口を開いた。
「ありゃ……今日は盛況だな。座るとこなさそうだ」
「あ、本当ですね」
彼の後ろから黒髪の少女が顔を出す。
「……まあべつにここじゃなくてもいいけど」
「わたしはもう歩くのやだぞ」
銀髪の女剣士に、亜麻色の髪の幼い少女が続けて顔を覗かせる。
それを見たディルが部下たちに声をかけた。
「……おい、席を空けてやんな。堅気に迷惑かけちゃならねぇ」
「へい」
ディルの言葉に部下たちが彼ら一団体の席を空けると、先頭の男が「あ、すみません」と姿勢を低くして中へ入って席に着く。
彼らは多少重苦しくなっている傭兵団の空気など知らぬままに、店員を呼んで注文を始めた。
「たまには外食もいいよなー」
「べつにわたしは毎日作ってもいいんですけどね。あ、ロロさんお酒飲むんですか?」
「今日はいいや。エディンは?」
「俺もいい」
彼らの言葉に、ディルは耳ざとく反応する。
……ロロ?
ディルは改めて一団に目を向けた。
そこには銀髪の女剣士。
珍しい名前だし、同じ特徴の女性が街に何人もいるわけはないだろう。
そして聞き逃せなかったもう一つの名前。
……エディン。
ディルはそう呼ばれた男を凝視する。
噂によると、それがこの街のSランク冒険者の名前である。
同じ考えに至ったのか、周囲の部下たちにざわめきが広がる。
――あの男が、まさか……?
知らず注目を集めるエディンたちが、注文した品を待ちつつ会話を始めた。
「それにしても混んでますね~。今は各地からいろんな人達が集まってるんでしたっけ」
「ああ。俺も挨拶回りにいかなきゃな。問題が起こる前に、その芽は摘まなきゃならん」
――問題の芽を摘む。
ディルはその言葉に思考を巡らせた。
それはつまり……反抗の意思を持つ者を黙らせるということだろう。
間違いない。噂が本当ならそれぐらいはする男のはずだ。
なぜなら彼はこの街一番のSランク冒険者エディン。
剣聖ロロに一目置かれ、賢者サパイ=アネスの一番弟子で、そして街中でソードタイガーを連れ歩く狂人……。
ディルはそこまで思い当たり、さきほど自分が不用意に言った言葉を思い返す。
――ふざけた命令を出しやがったときは、指揮官の首を持って寝返りゃあいいんだ。
ディルはその発言を後悔した。
その言葉は部下達はもちろん、店の店員にも聞かれているだろう。
部下達を信頼してはいるが、もしも誰かが告げ口でもしたら――。
ディルの背中に嫌な汗が流れる。
そして立ち上がった。
失敗をしてしまったとき、彼は常に迅速に対処してきた。
それが彼をここまで生かしてきた処世術でもある。
ディルはエディンの座るテーブルの前に立つ。
エディンはそれに気付き声をあげた。
「へ……? あれ、何か――」
「――お疲れ様でぇえっす!!」
ディルは地面に膝を付き、頭を下げる。
エディンは口を開けたまま固まった。
「わたくし、ジャッカル傭兵団のカシラを務めさせていただいております! ディルと申します! この度は北の地より馳せ参じました! 誠心誠意尽くしますので、よろしくお願いしますっ!!」
恥も外聞もなく、ディルはそう叫んだ。
そして後ろの部下たちにも声をかける。
「――オラてめぇら! 何してやがる! てめぇらも挨拶しろ!!」
「「よ……よろしくお願いします!!」」
店にいた傭兵団の一同が頭を下げる。
それを受けたエディンは
「……は、はい……よろしく、お願いします……」
と若干ヒキぎみにそう答えた。




